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ミシュナ『Gittin』法理研究 第3回:申命記24章とレビ記19章のGezera Shava(類推解釈)、getの掟の奴隷解放文書へ準用(1章4節)

【学術研究免責】本稿における「奴隷」に関する記述は、古代ユダヤ社会の法制度および文献を対象とした純然たる歴史的・学術的研究であり、現代の差別や人権侵害を肯定・助長する意図は一切ありません。

 本稿は口伝律法ミシュナ第3部『Nashim(ナシーム)』に属する『Gittin(ギッティン)』の第3回目の解説である。

 今回は『Gittin』1章4節の法理研究である。離婚のための離縁状(get)と奴隷解放文書の間に存在する並行関係について、申命記24章1節とレビ記19章20節における共通の単語に基づく「Gezera Shava(ゲゼラ・シャヴァ:類推解釈)」の観点から演繹的に検証する。

 また歴史的背景に留意しつつ、新約聖書『フィレモンへの手紙』に見られるフィレモンとオネシモの関係性を考察。最後に解放文書の有効性が確定しない奴隷が直面する「ハラハー(ユダヤ法)上の身分空白・婚姻不可」という重大な不利益を回避するため、ミシュナが構築した「1人代理人」による証言免除の緩和措置とそのハラハー的妥当性を徹底的に追究する。


前回の振り返り:聖地国内におけるgetの証言免除要件と異議申立に関する法理(1章3節)

 前回は「Gittin」1章3節を取り上げた。主な内容は以下の通りである。

【1】聖地国内(Eretz Yisrael:エレツ・イスラエル)における証言の免除

 海外からの離縁状(get)持参とは異なり、聖地の内側から持参する代理人は、「私の目の前で書かれ、署名された」という宣言をする必要がない。

①理由

 聖地国内では人々の往来が盛んで署名の真正性を確認しやすかったこと、および「特定の女性のために作成する(lishma)」という規則が普遍的に守られていた為である。

②例外措置

 国内の代理人があえてこの特別な証言を行った場合、その証言は有効とされ、海外からのgetと同様に、後から夫が有効性に異議を唱えることは出来なくなる。

【2】「異議を唱える者」を巡る解釈論争

 ミシュナ1章3節における、getを偽造と主張する「異議を唱える者」の解釈について、2つの主要な見解がある。

①Tosafot(トサフォート)の見解

 夫だけでなく、夫の土地を買い取った第三取得者も含まれる。これは、女性がgetに基づいて土地からketubahを回収しようとする際、第三取得者がgetの検証を要求する権利を持つという事である。

②Ran(ラン)の見解

 異議を唱えられるのは夫のみであるとする。ミシュナが「異議を唱える者」と複数形を用いているのは、夫1人の異議であっても、証人2人に匹敵する特別な法的権限(証拠力)があることを強調するためと解釈する。

【3】代理人の事後的な障害と検証法理

 海外からの代理人が、getを手渡した直後に聴覚や言語障害に陥り、「精神的無能力者(mentally incompetent)」と見なされる状態になった場合の救済措置が定められている。

①原則

 本来、証言出来ない海外からのgetは認められないが、手渡し直後の障害という特殊な状況では、例外が認められる。証言直前まで理性・判断能力を保持していたからである。

②解決策

 代理人の口頭証言の代わりに、getに署名している複数の証人の署名によって、その真正性を確認する。

【4】証言の「時間的即時性」の基準

 タルムードのGemaraおよびマイモニデス(Maimonides)によると、代理人が証言を行うタイミングには基準がある。

①3語の基準

 getを手渡してから、「ラビ、あなたに平安があるように(Shalom aleicha rabbi)」という3語を話すのにかかる時間内に証言を始めれば、手渡しと同時になされたものと見なされる。

 なお、この時間制限を過ぎてから証言した場合や、渡す前に証言した場合の有効性については、議論の余地が残されている。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Gittin』法理研究 第2回:聖地国内における代理人の証言免除、「異議を唱える者」の解釈論争、および手渡しの「即時性」の基準(1章3節)

https://note.com/mishnah/n/n11a5db822672

ミシュナ『Gittin』1章4節: getと奴隷解放文書の法理的対応


 今回はその続きで口伝律法ミシュナ「Gittin」1章4節である。まずは本文を引用する。

 gittinも奴隷解放の文書も、聖地からなのか海外からなのかに対応する。この点において、gittinと奴隷解放は対応している。

(Gittin 1:4)

 ユダヤ教徒には非ユダヤ人の奴隷の所有が許されている。トーラには次のように書かれている。

 あなたの男女の奴隷が、周辺の国々から得た者である場合は、それを奴隷として買うことができる。

(レビ25:44)

 奴隷が解放される手段は幾つかある。解放金を支払うことや、主人から障害を負わせられた時等である。主人から障害を負わせられた時については、トーラに次のように書かれている。

 26人が自分の男奴隷あるいは女奴隷の目を打って、目がつぶれた場合、その目の償いとして、その者を自由にして去らせねばならない。 27もし、自分の男奴隷あるいは女奴隷の歯を折った場合、その歯の償いとして、その者を自由に去らせねばならない。

(出21:26~27)

 その他奴隷を解放する文書によっても、奴隷は解放される。これに関しては新約聖書の「フィレモンへの手紙」で若干の暗示を見ることが出来る。自らの所へ逃げてきた奴隷オネシモを、主人であるフィレモンの元へ送り返すパウロは、フィレモンに対して次のように書いている。

 15恐らく彼がしばらくあなたのもとから引き離されていたのは、あなたが彼をいつまでも自分のもとに置くためであったかもしれません。 16その場合、もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、つまり愛する兄弟としてです。

(フィレ15~16)

 17わたしを仲間と見なしてくれるのでしたら、オネシモをわたしと思って迎え入れてください。 18彼があなたに何か損害を与えたり、負債を負ったりしていたら、それはわたしの借りにしておいてください。 19わたしパウロが自筆で書いています。わたしが自分で支払いましょう。

(フィレ17~19)

 これらの点から直接的には要求していないが、回心し、洗礼を受けたオネシモを解放するように促していると解釈することが出来る。これについて「もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、つまり愛する兄弟として」と書かれている。

 ただし、フィレモン自身は異邦人キリスト教徒であった可能性が高く、パウロの記述をそのままトーラやミシュナの法理的文脈へと全面的に還元・適用することには慎重なパラダイムを要する点に留意したい。

 話を文書によって奴隷を解放することに戻す。「Gittin」1章4節には「gittinも奴隷解放の文書も、聖地からなのか海外からなのかに対応する」とある。これは代理人が海外から解放文書を持参してくる場合、getを持参する場合と同様の証言を要することを言っている。

 すなわち海外から奴隷の解放文書を持参する代理人は「これは私の目の前で書かれ、署名された」と証言しなくてはならない。

申命記24章とレビ記19章の共通の単語によるGezera Shava(ゲゼラ・シャヴァ:類推解釈)


 getと奴隷解放の文書の並行関係は、トーラから演繹されている。

 人が妻をめとり、その夫となってから、妻に何か恥ずべきことを見いだし、気に入らなくなったときは、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせる。

(申24:1)

 翻訳では「離縁状を書いて」とされているが、原文を直訳するとこの部分は「彼女の為に離縁状を書いて」である。「彼女の為に」のヘブライ語は下の通りである。

לה

 他方でレビ記19章には次のように書かれている。

 20もし、男が女奴隷と寝た場合、その女が別の男の奴隷になるはずでありながら、まだ金も支払われておらず、自由の身にもなっていないならば、男は、損害賠償金を支払わねばならない。しかし、二人の行為は死罪には当たらない。彼女は自由の身ではなかったからである。

(レビ19:20)

 翻訳には反映されていないが「自由の身にもなっていないならば」の部分の直訳は「彼女に自由が与えられていないなら」である。ここでは2つのことに注目する。1つは「自由を与える」という言い方をしている事である。これは解放文書があったことを踏まえた表現と解釈される。

 もう1つ注目するべきは「彼女に」という単語が使われていることである。そのヘブライ語は下の通りである。

לה

 つまり申命記24章のgetの箇所と、レビ記19章の奴隷解放文書の箇所と、どちらにおいても同じ単語(彼女の為に[彼女に対して]」が用いられている。そこで、奴隷解放文書については、getの掟が準用されることが演繹される。

lishma(個別具体的意図)の奴隷解放文書への法理的準用


 離縁状(get)の場合、以前解説した通り、個別具体的な離婚の意図を持って作成されている必要がある。海外からgetを持参する代理人は、その意図を保証する役割がある。この要件をlishma(リシュマー)と呼んだ。

 ただ海外から2人の代理人が保証として来るのは厳しい要件であり、離縁が成立しないと妻が再婚出来ない障害もあるので、1人の代理人による手渡しが認められている。

 奴隷解放の文書についても、getの掟が準用されるので、海外から持参する場合は、lishma(リシュマー)の要件が課せられる。この時、1人による代理人の証言も認められる。

 なぜなら、もしも1人の代理人による証言を認めるという緩和措置を施さないなら、奴隷は以下のような不具合を被るからである。

1人代理人制の緩和措置と、奴隷が被る「身分空白・婚姻不可」のハラハー的ジレンマ


 すなわち奴隷は「完全な自由人(ユダヤ人)」である可能性と、依然として「奴隷」である可能性がある。これについては少し説明を要する。

 奴隷は主人の財産であるので、解放という単独行為によって奴隷解放は実現する。しかしここでは奴隷解放文書の有効性が問題になる。従って奴隷が解放されているのか、あるいは解放されていないのか、宙ぶらりんの状態になるのである。

 その上、ユダヤ教徒は異邦人と結婚することが出来ない。また異邦人はユダヤ人と結婚することが出来ない。問題の奴隷は解放されているのかいないのか、はっきりしない状態であるので、結局誰とも結婚出来ない状態になっている。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Gittin』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n0d4cf29d22b8

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)

https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e

 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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