ミシュナ『Me'ilah』研究 第7回:『Me'ilah』2章9節における、聖なる献げ物の Kedushat HaGuf(本質的聖性)獲得から「マティル(許可するもの)」の法理構造、および灰の場所(beit hadeshen)に到るme'ilahの適用境界とpiggul・nosar・tameiの有責性閾値
*本稿は口伝律法ミシュナ第5部『Kodashim(コダシーム)』に属する『Me'ilah』の第7回目の解説である。
今回は『Me'ilah』2章9節を取り上げ、穀物の献げ物(minchah)や香(ketoret)がkli shareitを介して本質的聖性(Kedushat HaGuf)を帯びる機序、および「許可するもの(matir:マティル)」の有無がpiggul、nosar、tameiの有責性に与える法理的影響を論理的に解明する。
前回の振り返り:minchah(穀物の献げ物)の聖別プロセスと非対称的me'ilah解放のタイムライン
前回は、ミシュナ『Me'ilah』第2章8節を取り上げ、穀物の献げ物(minchah:ミンハー)における聖別から、不適格化の条件、そしてme'ilahの禁止から解放されるタイムラインについて解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】minchahの聖別と「本質的な聖性」の獲得
穀物の献げ物が「神のもの」としての法的ステータスを深めていくプロセスが示された。
①me'ilahの開始
口頭での聖別宣言が行われた瞬間から、その穀物はme'ilahの対象となる。
②kli shareitに入れること
穀物が奉仕の器(kli shareit)に入れられると、それは「本質的な聖性(Kedushat HaGuf:クドゥシャット・ハグフ)」を持つようになる。
③不適格化
kli shareitに入れた後、tevul yomやmechussar kippurimとの接触、あるいは規定の時間を経過すること(linah)によって、いけにえとして不適格(失格)になる法的性質を帯びる。
【2】minchahの奉仕と家畜のいけにえの奉仕の類似性
minchahに関する奉仕の工程は、家畜のいけにえにおける「血の奉仕」と構造的に対応している。
①kemitzah(一掴み分をすくう)
家畜の屠殺(shechitah)に相当する。
②haktarah(祭壇で焼くこと)
一掴み分(kometz)を祭壇で焼く行為は、家畜の血を祭壇に振りかけるzerikahに相当する。
【3】me'ilah解放のタイムラインと非対称的適用
kometz(一掴み分)が祭壇で焼かれると、献げ物の各部分でステータスが分かれる。
①祭司の取り分(残りの部分)
kometzが焼かれる(=zerikahに相当)ことで、祭司が食べることが許可され、この瞬間「祭司の取り分」はme'ilahから解放される。一方で、不適切な意図(piggul)や残り物(nosar)などの有責性が生じる。
②kometz
祭壇で焼かれたkometz(およびその灰)は、依然として神のものであり、エルサレム城壁外の「灰の場所(Beit HaDeshen)」に運ばれるまで、me'ilahの対象であり続ける。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Me'ilah』研究 第6回:minchah(穀物の献げ物)の法理構造――kli shareitによる聖別からkometz(コメツ:一掴み分)のhaktarah(ハクタラー:焼くこと)、及び灰の場所(Beit HaDeshen)に到るまでのme'ilahの適用と解放のタイムライン
https://note.com/mishnah/n/n4eb2d416eae2
ミシュナ『Me'ilah』2章9節のテキストと各項目の定義
今回はその続きで、口伝律法ミシュナ「Me'ilah」2章9節を扱う。最初に本文を引用する。
kometz、levonah、ketoret、祭司のminchah、大祭司のminchah、nesachimのminchahは聖別してからme'ilahに従う。一端kli shareitで聖別されると、tevul yom、mechussar kippurim、時間の経過によって不適格になるものとなる。kometzが祭壇の上に置かれると、それらはnosar、tameiの為に有責になるが、piggulについてはそうではない。
順番に確認する。
「kometz」はminchahにおいて、kemitzahで取られた一掴みのことである。
「levonah」はminchahの上に置かれる乳香で、kometzと共に祭壇で焼かれる。
「ketoret(ケトレット)」は毎日2回聖所で献げる香のことである。トーラには次のように書かれている。
7アロンはその祭壇で香草の香をたく。すなわち、毎朝ともし火を整えるとき、 8また夕暮れに、ともし火をともすときに、香をたき、代々にわたって主の御前に香りの献げ物を絶やさぬようにする。
つまり、聖所の金の祭壇で用いた香のことである。
「祭司のminchah」については、トーラには次のように書かれている。
祭司自身の穀物の献げ物はすべて完全に燃やし尽くすべきであり、それを食べることは許されない。
祭司のminchahは全て祭壇で焼く。祭司であっても食べてはならない。
「大祭司のminchah」については、次のように書かれている。
アロンが油注がれて職に任ぜられる日、アロンとその子らが主にささげる献げ物は次のとおりである。上等の小麦粉十分の一エファを日ごとの穀物の献げ物とし、半分を朝、残り半分を夕方にささげる。
トーラ本文を文字通りに読むと、献げる主体があいまいに見えるが、次の2つの立場の者になる。
①大祭司
②普通の祭司
ただし普通の祭司は任職の日だけ献げる。それに対して、大祭司は任職後も毎日献げる。
「nesachimのminchah」とは、焼き尽くす献げ物(olah)と和解の献げ物(shelamim)に伴うぶどう酒とminchahである。
ぶどう酒は祭壇に注がれ、minchahは祭壇上で完全に焼かれる。分量の内訳は民数記15章1~16節に書かれている。
以上の6つ、すなわちkometz、levonah、ketoret、祭司のminchah、大祭司のminchah、nesachimのminchahについては、口頭で宣言した時に聖別される。
また、これらのものは祭壇の上で完全に焼き尽くされ、その灰がその後エルサレムの外の灰捨て場に移されるまで、me'ilahの対象であり続ける。
香(ketoret)の灰における空間的例外性とme'ilah解放の閾値
ただし、ketoretの灰は、エルサレムの外の灰捨て場には運ばれない。聖所の中の金の祭壇の上で灰になった後、神殿の中庭(azarah:アザラー)の床の指定された場所に置かれる。
読者はその場所を既に学んでいる。terumat hadeshenを置く場所である。不確かな方は下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第3回:祭司の奉仕の順序と「灰(tapuach:タプアフ)」の神学的構造(1章4節~2章4節)
https://note.com/mishnah/n/n5774ea79964d
ketoretはterumat hadeshenを置く場所、すなわち祭壇スロープの東側に置かれた時点で、それに関する全ての掟が完了したと見なされる。従ってこの時、me'ilahの対象から外れる。
kli shareit(奉仕の器)によるKedushat HaGuf(本質的聖性)の獲得機序
これらのもの、すなわちkometz、levonah、ketoret、祭司のminchah、大祭司のminchah、nesachimのminchahはkli shareitに入れると聖別される。そしてtevul yom、mechussar kippurim、あるいは linah(規定時間の超過)によって失格となる準備が整う。
ketoret(香)およびkometz(一掴み分)における聖別プロセスの構造分析
この点に関して確認を要することが2つある。
1つはketoretである。kli shareitというと、minchahで用いて、minchahを聖別するイメージであるが、ketoret(香)を入れると、ketoretはKedushat HaGufの性質を帯びる。
この時、例えばtevul yomがketoretに触れるなら、ketoretは神殿奉仕に使えないものとなる。
もう1つ注意を要するのは、このリストの中にkometzが含まれていることである。というのも、kometzはkli shareitの中にあるものから、一掴み取り出したものであるから。
「kometzはkli shareitで聖別される」と言うと、kometzにしてから再びkli shareitに入れない限り、聖別されないかのように聞こえてしまう。
しかしそれは正しくない。kometzとして分離される前に、既にminchahがkli shareitに入れられた時点でKedushat HaGufを帯びており、聖別されている。ここでkometzが列挙されているのは、その他の点で他の項目と共通するので、記されているに過ぎない。
先に進む。「kometzが祭壇の上に置かれると、それらはnosar、tameiの為に有責になるが、piggulについてはそうではない」と書かれている。
そもそもここに列挙されたものは、どれも食べてはならない。従って「規定された時間を越えて食べる意図を表明する」piggulについては問題になり得ない。
ただし規定された時間内に扱うという意味で、nosarは問題になる。
また、これらのものは食べてはならないものであるが、仮に汚れた状態で食べたなら、「汚れた状態で食べた」責任を問われる。
続きには次のように書かれている。
これが一般的なルールである。如何なる献げ物であれ、許可するものがあるなら、許可するものが献げられるまで、piggul、nosar、tameiの為に有責にならない。許可するものがない如何なる献げ物についても、kli shareitで聖別されるや否や、nosarまたはtameiについて有責になる。しかしpiggulは適用されない。
この箇所は、ここまで学んできた「Me'ilah」2章をまとめる内容になっている。
まず「如何なる献げ物であれ、許可するものがあるなら、許可するものが献げられるまで、piggul、nosar、tameiの為に有責にならない」と書かれている。
この「許可するもの」(matir:マティル)とは、その奉仕を起点として、祭司や所有者が規定されたものを食べてよいとされる奉仕を指している。例えば和解の献げ物におけるzerikahである。
献げ物が食べてよい段階に至った時、piggul、nosar、tameiが問題になる。逆に言うと、分岐点となる奉仕を行わない限り、piggul、nosar、tameiは問題にならない。
他方で祭司のminchahなど、全てを祭壇で燃やすものの場合、「許可するもの(matir)」となる奉仕は存在しない。そこでpiggulは適用されず、nosarとtameiのみ問題になる。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Me'ilah』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n8ab1e0588261
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
