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ミシュナ『Gittin』法理研究 第10回:憎悪を仮定される女性たちの死亡証言の適格性、海外からgetを持参する代理人としての適格性(2章7節)

【学術的免責】本稿は、古代イスラエルのモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナにおける婚姻法および裁判手続きを、歴史学的・律法学的視点から解析する研究である。記述に含まれる性に関わる表現は、すべて一次資料の法定義を正確に論じるための学術的用語であり、性的好奇心を喚起する意図は一切含まれない。

 本稿は口伝律法ミシュナ第3部『Nashim(ナシーム)』に属する『Gittin(ギッティン)』の第10回目の解説である。

 今回は『Gittin』2章7節を徹底解説。夫の死亡報告では信頼性を否定される姑や共同の妻等の女性たちが、なぜ離縁状(get)の海外持参代理人としては法的に容認されるのか。証拠文書の効力、聖地内交付を巡るマイモニデスとラシュバの決定的な解釈対立、妻自身が代理人を兼ねる特殊事案まで網羅する。


前回の振り返り:『Gittin』2章5節後半〜6節における制限行為能力者等の代理権

 前回は『Gittin』第2章5節後半〜6節を取り上げ、離縁状(get)を交付する代理人の資格と、代理権授与から交付までの間に代理人の状態が変化した場合の、getの法的有効性について解説した。

 主な内容は以下の通りである。

【1】代理人としての適格性と排除の法理(2章5節後半)

①代理資格を持たない者

 法的行為能力が制限されている「耳や喉が不自由な人(cheresh:ヘレシュ)」、「精神的無能力者」、「未成年」は夫の代理人として get を届けることが出来ない。

 「異邦人」は、自身がユダヤ教の結婚・離婚の律法に関与していないため(自ら行える行為しか代理できないという法理に基づき)代理人から排除される。

②目の見えない人の制限

 目の見えない人は法的な能力自体は認められるが、国外から get を持ち込む代理人にはなれない。これは、国外からの持込時に必要な「証書の作成と署名を目撃した」という証言が出来ない為である。

 ただし、証言義務のない国内での交付や、証人によって署名が確認される場合であれば代理人になれる。

【2】任命時・交付時における状態変化と有効性(2章6節)

 代理権を授与された時(任命時)、中間期、get交付時における代理人の状態変化により、その代理行為の有効性が判断される。

①任命時に資格がなく、交付時に回復した場合(無効)

 getを受け取った時点で未成年、cheresh、精神的無能力者、異邦人などであった場合、交付するまでに能力を回復(成人、治癒、改宗など)したとしても、代理行為は無効となる。

 目の見えない人については証人により署名が確認されれば有効になる場合もある。

②途中で一時的に資格を喪失し、交付時に回復した場合(有効)

 通常時に get を受け取り、途中で一時的に cheresh や精神的無能力、視力喪失状態になったものの、交付する前に回復した場合は、代理行為は有効となる。

【3】「始めと終わり」の一般原則と特殊性

①一般原則

 代理権の授与時(始め)と get の交付時(終わり)に精神的・法的な行為能力があれば、その代理行為は有効と見なされる(chereshや精神的無能力者に適用されるルール)。

②目の見えない人の特殊性

 目の見えない人は精神的無能力者とは異なる。getが作成・署名された時に視力があり、その目撃証言ができる状態であったならば、その後に視力を失って回復しなかったとしても、代理人として有効に get を交付することが出来る。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Gittin』法理研究 第9回:制限行為能力者、目の見えない人、異邦人の代理行為――代理権の受任時、中間期、get交付時の状態と有効性の有無(2章5節後半~6節)

https://note.com/mishnah/n/nf94dd8b1be43

ミシュナ『Gittin』2章7節:証言不適格な女性におけるget持参代理の法理


 今回はその続きで口伝律法ミシュナ「Gittin」2章7節に入る。まずは本文を引用する。

 「彼女の夫は死んだ」と言う証言に信頼がおけない女性たちであっても、getを持って来ることが出来る。

(Gittin 2:7)

死亡報告の単独証言論理と『Yevamot』10章1節の罰則規定


 証言は通常2名で行うものである。しかしある男性が死亡したことを証言し、それによってその妻が再婚することを許可するためには、たとえ1人の証人であっても証言が信用される。

 しかし本節の後に出て来る、姑はじめ一定の立場の女性たちの証言は信用されない。なぜなら彼女たちは妻に対して敵意を抱いていると仮定されるからである。彼女たちは妻が再婚するように仕向けるために、夫の死の知らせを捏造したのではないかと疑われる。

 一般的に、もし死んだと証言された元の夫が彼女の元に戻ってきた場合、妻は元の夫及びその後結婚した再婚相手双方との関係を禁じられ、「Yevamot」10章1節に規定されている全ての罰則の対象となる。

 「Yevamot」10章1節の冒頭には次のように書かれている。

 夫が異国に行って、証人が来て彼女に「あなたの夫は死んだ」と言い、彼女が再婚し、その後に夫が戻って来るなら、―彼女は2人から去らなくてはならない。彼女は両者から離縁状を求める。彼女はどちらからもketubahを受けることはなく、・・(後略)・・

(Yevamot 10:1)

 まず彼女は前夫、後夫どちらの男性とも婚姻関係を継続することが出来ない。彼女は双方の夫からgetを交付されることになるが、通常の離縁において、妻が要求出来る権利を行使出来ない。その代表的なものはketubahである。

 しかし今回は姑をはじめ一定の立場の女性が、彼女に対して憎悪の感情を抱いており、他の男性と再婚させる為、夫の死を偽って証言する可能性を理解することが話の筋として大事なので、彼女が要求出来ない他の経済的な権利については、ここでは触れず、別の機会に譲る。

海外持参における「証拠文書(書面)」の優位性と信頼性仮定


 本箇所のミシュナは、姑をはじめこの憎悪の可能性を見込まれる立場の女性であっても、夫の代理人として海外からgetを持って来ることが出来ることを言っている。

 この時妻に対する陰謀を企てているという懸念はない。なぜなら、「Gittin」1章1節で見た通り、代理人が「私の前で作成され、署名された」と証言した場合、夫が後からgetを送ったことを否定しても信用されず、彼女は新しい夫と婚姻関係を継続することが出来るからである。

 また、婚姻中の他の男性との性行為は、姦淫としてトーラで極めて厳格に禁止されている。Meiriによると、夫が生きていることを知りながら、その死を偽って証言し、妻に姦淫を起こさせる程の激しい憎悪は通常想定されないものである。

Eretz Yisrael(聖地内)持参を巡るマイモニデスとラシュバの論争


 以上は海外から一定の立場の女性が代理人としてgetを持って来る場合であるが、イスラエル国内(Eretz Yisrael:エレツ・イスラエル)からgetを持って来る場合については、ラビたちの間で議論されている。

 マイモニデス(Maimonides)によると、姑などの女性のいずれかがイスラエルの国内からgetを持って来て、それが自分の目の前で書かれ、署名されたと証言した場合、原則通り夫はgetに異議を唱えることが出来なくなるので、彼女たちの証言は結果的に信用される。

 一方、Rashbaは、Eretz Yisraelで代理人としての証言をした場合、夫の異議申し立てが無視されるようになることを彼女たちが認識していない可能性がある点を重視する。

 この場合、女性たちは以下の流れを期待し、偽りの代理行為を行使している恐れがある。

①代理人の証言を信頼し、妻は再婚する。

②夫が帰って来て、getが偽造であると主張する。

③妻は前夫と後夫双方とも離縁しなくてはならない。

④妻はketubahを始めとする経済的な支えも得られない。

 Rashbaは、姑など一定の立場の女性が以上のストーリーを期待している可能性がある以上、Eretz Yisraelから持って来た彼女たちの証言「私の目の前で書かれ、署名された」は、信用されず、受理してはならないと主張する。

嫁・妻に憎悪の感情が仮定される「5種の女性」の経済的・法理的背景


 続きには、妻に憎悪の感情を仮定する立場の女性が列挙されている。次のように書かれている。

 姑、姑の娘、共同の妻、夫の兄弟の妻、彼女の夫の娘。

(Gittin 2:7)

 順番に確認する。

姑・姑の娘・共同の妻(tzarah)における利害対立の構造


 最初に姑についてである。姑について、嫁に対する悪感情の可能性が見込まれるのは、息子の財産を嫁が分かち合うことになるためである。息子の財産の中には、父親から相続した財産が含まれる。しかし息子が得た父親からの相続財産の中には、かつて姑が実家から持って来た財産も含まれる。よって姑は息子の死について証言することは出来ない。

 同じことは嫁と舅の間にも言える。嫁は舅(義父)の死について証言することは出来ない。なぜなら、彼女は義母に対して敵意を抱いていると仮定されるからである。嫁は舅の死について証言出来ない。

 次に姑の娘についてである。姑の娘にとって、嫁は最終的に自分の両親の富を相続することになる存在である。というのは、両親の財産は兄弟が相続し、その財産を嫁に与えるからである。

 次に「共同の妻」について、聖書において、男性は複数の妻を持つことが出来る。その場合、それぞれの妻は互いにとって「共同の妻」(tzarah:ツァラー)と呼ばれる。

 それぞれの共同の妻は、夫の愛情を奪い合うことについて、互いに憎み合っている。

夫の兄弟の妻におけるyibumの潜在的発生確率と姉妹婚姻禁忌、継子である娘


 次に「夫の兄弟の妻」である。夫の兄弟の妻同士も互いに憎み合っていると仮定される。なぜなら、それぞれが「もし自分の夫が死ねば、夫の兄弟がyibumを行う可能性があり、自分たちが共同の妻(tzarah)になるかもしれない」と認識しているからである。

 これは、実際にそれが起こる前であっても憎しみを生み出す原因となり得る。このルールは、以下のyibumを行うことが出来ない状況であっても適用される。

①その2人の女性が実の姉妹である場合

 この場合、どちらかの夫が子供を残さないで死んだとしても、残った兄弟はyibumすることは出来ない。なぜなら姉妹と婚姻状態であることはkaretを伴う罰則で禁止されているからである。

 トーラには次のように書かれている。

 あなたは妻の存命中に、その姉妹をめとってこれを犯し、妻を苦しめてはならない。

(レビ18:18)

②子供がいてyibumを行う状況でない場合

 yibumを行うのは子供を残さないで夫が死んだ場合に限る。

 ラビたちは上記①と②の2つの場合であっても、憎悪の可能性を仮定し、「彼女の夫は死んだ」と証言出来ないと規定している。

 もう一つの解釈としては、子供がいる義理の姉妹であっても、その子供たちが将来亡くなってレビラト婚の対象となる可能性が考慮される。従って互いに憎み合う可能性がある。

 次に「彼女の夫の娘」、つまり継子である。継子である娘は、義理の母は実母の位置にいると考え、自らの収益の利得を得る存在であるとも考える。

 以上の女性たちは、夫の死については証言することは出来ないが、海外から夫の代理人としてgetを持参出来る立場として記されている。

 続きには次のように書かれている。

 getと死亡の報告との違いは何であろうか?書かれた文書が証拠であるという事である。

(Gittin 2:7)

 上に列挙された立場の女性たちは、夫の死亡については証言が信用されないが、代理人として海外からgetを持参することが出来る。このミシュナは、その理由を問題にしている。

 ミシュナはこの違いは、getは証拠文書になるので、彼女たちの信頼性を高め、彼女たちが真実を述べていると仮定することが出来るとしている。

特殊事案:女性(妻)自身が自身のgetの持参代理人を務める条件付き交付の法理


 「Gittin」2章7節の最後の箇所である。

 女性自身が自分のgetを持って来ることが出来る。彼女は言わなくてはならない。「これは私の目の前で書かれ、署名された。」

(Gittin 2:7)

 これは若干複雑な事案である。

 夫が、次のような条件を付して妻にgetを渡している。「あなた(妻)は、特定の場所にある法廷にgetを届けるための代理人となって下さい。その後、法廷が別の代理人を任命して、その代理人があなた(妻)にgetを手渡すことで離婚を成立させる」という条件である。

 この場合、妻はgetを法廷に持参する夫の代理人であり、離婚は成立していない。妻は法廷にgetを持参する他のいかなる持参代理人とも同様の扱いとなり、getが作成され、署名されるのを目撃したことを証言しなければならない。

 この箇所のミシュナの意味は以上の通りである。

 しかし、もし女性が手にgetを持って法廷に現れ、「自分はgetを受け取り、離婚した」と主張する場合、その書面作成や署名を目撃したという証言をしなくとも、完全に信用される。

 彼女がこの件について嘘をついているとは疑われない。なぜなら、もし彼女が正式に離婚していないのに嘘をつき、その後再婚したならば、彼女自身が姦淫という重大な律法違反を犯すことになるからである。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Gittin』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n0d4cf29d22b8


 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.3】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.301〜No.400)

https://note.com/mishnah/n/n88e9e10a3364

 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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