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ミシュナ『Gittin』法理研究 第9回:制限行為能力者、目の見えない人、異邦人の代理行為――代理権の受任時、中間期、get交付時の状態と有効性の有無(2章5節後半~6節)

【学術的免責】本稿で扱う「cheresh(耳や喉が不自由な人)」や「精神的無能力者(事理弁識能力を欠く状態の者)」等の表現は、2000年前の口伝律法ミシュナ(およびタルムード法体系)における「法的な行為能力の有無およびその境界線」を検証するための歴史的・法理学的専門用語であり、現代の特定の社会的グループに対する差別や排斥を意図するものではない。

 本稿は口伝律法ミシュナ第3部『Nashim(ナシーム)』に属する『Gittin(ギッティン)』の第9回目の解説である。

 今回は『Gittin』2章5節後半〜6節を法理的に解説。離縁状(get)交付における代理人としての行為能力(成人・目の見えない人・cheresh・精神的無能力者・異邦人)の境界線を論考。「始めと終わりに問題が無い者は有効」とする時間的連続性の一般原則と例外を解明。


前回の振り返り:行為能力制限者・異邦人・奴隷におけるget(離縁状)作成適格の二層構造(torefとtofes)

 前回は『Gittin』2章5節に基づき、行為能力の制限された者や異邦人による離縁状(get)作成の可否について、および夫による領収証作成、妻によるget作成と、これらの場合における署名の法理について解説した。

 主な内容は以下の通りである。

【1】耳・喉の不自由な人[cheresh]、精神的無能力者、未成年者のget作成適格(2章5節)

 行為能力制限者のget作成適格について、耳・喉の不自由な人[cheresh]、精神的無能力者、未成年者は、成人したユダヤ人の監督があれば、getの定型部分である「tofes(トフェス)」を特定の意図(特定の男女のため)をもって作成することが出来る。

 ただし、日付や夫婦の名など根本的な情報を指す「toref(トレフ)」は、律法(トーラ)の次元で特定の意図が求められるため、これらの者が作成することは出来ない。

【2】異邦人および奴隷のget作成適格

①異邦人

 成人ユダヤ人の監督があっても、異邦人はユダヤ人の意思に従わないと見なされるため、原則としてtofesを書くことも出来ない。

②奴隷

 評価が分かれている。Ravは「奴隷はユダヤ教徒の結婚に関わらないため書くことが出来ない」とするが、マイモニデスらは「tofesの作成に自由なユダヤ人としての結婚資格は不要であるので、書くことが可能である」と主張する。

 ただし、行為能力が制限されている者、異邦人、奴隷が書いたgetであっても、事後に有効とされる場合がある。

【3】妻によるget作成と夫によるketubahの領収書作成

 通常とは「作成者」の役割が以下のように異なるケースについて論じられている。

①妻によるget作成

 本来は夫が作成すべきgetであるが、妻自らが作成したものであっても、有効に離婚が成立する。

 なぜなら夫が内容を確認した上で証人が署名した瞬間に、その文書は夫の意志を体現したget(=夫の所有物)へと法的に変化するからである。

②夫による領収書作成

 離婚に伴い夫が妻に支払うketubahの領収書は、本来支払を受ける妻が書くべきものであるが、夫が作成した場合も認められる。

 なぜなら妻が内容を確認した上で証人が署名した瞬間に、その文書は妻の意志を体現した領収証(=妻の所有物)へと法的に変化するからである。

 以上のように、変則的な作成でも有効な文書として認められるのは、「文書の有効性は、そこに署名した証人に依存している」という原則があるからである。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Gittin』法理研究 第8回:cheresh(聴覚・言語障害者)・精神障害者・未成年者のget作成適格と、tofesにおける特定の意図

https://note.com/mishnah/n/n663170ec5893

ミシュナ『Gittin』2章5節の法理:行為能力が制限された者、目の見えない人、異邦人の代理行為


 今回は口伝律法ミシュナ「Gittin」2章5節の続きからである。まずは本文を引用する。

 誰でもgetを持って行くことが出来る。ただし耳や喉が不自由な人、精神的に不安定な者、未成年、目が見えない人、異邦人は除く。

(Gittin 2:5)

 この箇所で列挙されている人たちは、夫の代理人としてgetを持って来ることが出来ない。なぜなら法的な行為能力が制限されている人たちであるからである。

目が見えない人における代理人適格:国外(海外)と国内(Eretz Yisrael)における目撃証言義務の有無


 目が見えない人は法的に能力があると見なされるが、外国からgetを持ち込む代理人になることは出来ない。なぜなら代理人は、証書の作成と署名を目撃したことを証言しなければならないからである。この事は「Gittin」1章1節を扱った以前の記事で解説した。

 しかし、そのような証言が不要な場合、例えば、イスラエル国内(Eretz Yisrael)でgetを交付する場合や、証人によって署名が確認され、交付するだけの場合なら、目が見えない人でも代理人になることが出来る。

異邦人における代理人適格の排除原則:自己の資格に基づく代理行為


 異邦人については、ユダヤ教の結婚と離婚の律法に関与していないので、getを届ける代理人になることが出来ない。これは代理人になることが出来るのは、自らそれを行うことが出来る事項に限られるという法理に基づいている。

 以上でミシュナ「Gittin」2章5節の解説を終えた。

ミシュナ『Gittin』2章6節の法理:任命時と交付時における代理人の地位・状態の変化


 続いて「Gittin」2章6節に入る。まずは本文を引用する。

 もし未成年者が受け取り、成人したら、耳や喉が不自由な人が聞こえるようになったら、目が見えない人が見えるようになったら、精神的に無能力な人が正常になったら、異邦人が改宗者になったら、彼は有効ではない。

(Gittin 2:6)

任命時無資格・交付時資格回復ケースの検証


 この箇所では、海外でgetの代理人に任命された時と、getを交付する時で、代理人の律法上の地位が変化している場合である。順番に見て行くことにする。

 「未成年者」については、夫からgetを預かった時には未成年であったが、getを渡す前に成人した場合である。

 同様に「耳や喉が不自由な人」は夫からgetを預かった時には耳や喉が不自由な人(cheresh)であったが、getを渡す前に回復した場合である。

 「目が見えない人」」は夫からgetを預かった時には目が不自由な人であったが、getを渡す前に回復した場合である。

 「精神的に無能力な人」は夫からgetを預かった時には理性的に判断する能力を失っていたが、getを渡す前に事理弁識能力を回復した場合である。

 「異邦人」は夫からgetを預かった時には異教徒であったが、getを渡す前に改宗した場合である。

 これらの者たちは夫からgetを受け取った時点では代理権を持っていない。従ってその代理行為は無効である。

 この内、目の見えない人については、もし2人の証人によって署名の真実性が確認されるなら、その代理行為は有効になる。

任命時有資格・中間期資格喪失・交付時資格回復ケースの検証:一時的な能力喪失における代理行為の有効性


 続きには次のように書かれている。

 しかし聞こえる人が受け取って、耳と喉が不自由になり、その後聞こえるようになったら、目の見える人が見えなくなり、その後視力を回復したら、気持ちの安定した人が精神的無能力者になり、その後回復したら、彼は有効である。

(Gittin 2:6)

 この箇所では、getを受け取ってから渡す前に、一時的に問題のある状態になった事例を扱っている。順番に確認する。

 最初の「聞こえる人が受け取って、耳と喉が不自由になり、その後聞こえるようになったら」とは、海外で夫からgetを受け取った時には普通の状態であったが、その後chereshになり、getを交付する前に回復した状況である。

 同様に「目の見える人が見えなくなり、その後視力を回復したら」とは、海外で夫からgetを受け取った時には目が見えていたが、その後見えなくなり、getを交付する前に視力が回復した状況である。

 「気持ちの安定した人が精神的無能力者になり、その後回復したら」とは、海外で夫からgetを受け取った時には理性的に判断する能力があったが、その後精神的無能力者になり、getを交付する前に回復した状況である。

 ミシュナは上記の場合、「彼は有効である」と述べている。続きには以下のようにその理由が書かれている。

「始めと終わりに問題が無い者」の一般原則と、目の見えない人の特殊性

 これが一般的なルールである。誰でも始めと終わりに精神的に問題が無い者は有効である。

(Gittin 2:6)

 chereshは耳と喉が不自由であり、精神的無能力者と同様に法的に有効な行為が出来ない。精神的無能力者は法的に有効な行為が出来ない。

 ここで示された一般的な原則は、この2者のことを指している。代理権を授与された時、またgetを交付する時に行為能力が制限されない状態なら、その代理行為は有効と見なされる。

 これに対して「目の見えない人」は精神的無能力者ではない。

 getが作成された時点で見ることが出来、getの作成と署名の目撃について証言出来るなら、たとえその後視力を失い、回復することがなかったとしても、代理人として有効にgetを渡すことが出来る。

 ミシュナにおいて、目の見えない人についても「その後交付する回復したら」という条件で扱ったのは、chereshと精神的無能力者の文脈に適合させたものに過ぎない。

 目の見えない人の法的な行為能力に問題はなく、get作成時と署名する時の視力だけが問題になるからである。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Gittin』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n0d4cf29d22b8

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.3】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.301〜No.400)

https://note.com/mishnah/n/n88e9e10a3364


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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