ミシュナ『Rosh HaShanah』法理研究 第2回:三大祭りの誓願遅延禁止法理とmaaser beheimahの基準日(1章1節②)
本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Rosh HaShanah(ローシュ・ハシャナー)』の第2回目の解説である。
今回は『Rosh HaShanah』1章1節の続きを厳密に解釈。誓願遅延の禁止命令の猶予期間、動物の繁殖サイクルに基づくエルールの1日(家畜の十分の一税:maaser beheimah)の基準日、ティシュレの1日が司る世界創造と神の裁きの法理を、タルムードのゲマラおよび中世権威者の議論を交えて考察する。
前回の振り返り:4つの新年と王の治世年数を巡る法理
前回は『Rosh HaShanah(ローシュ・ハシャナー)』第1章1節を取り上げ、各月の名称や王の治世年数を巡る法理について扱った。
主な内容は以下の通りである。
【1】複数の「新年」という概念
ユダヤ暦には、現代社会の会計年度や新学期のように、目的別に4つの新年が存在する。例えば、一般的に新年とされるティシュレの月の1日は「人の創造の日」とされているが、これについてはラビ・エリエゼル(ティシュレ説)とラビ・ヨシュア(ニサン説)の間で論争がある。
【2】暦の変遷と名称の意義
ユダヤ暦の月の名称は、時代によって変遷している。
①数字による呼称
「第1の月」などの呼び方は、出エジプトの奇跡を記憶するためのものである。
②バビロン式の名称
ニサンやティシュレといった名称は、バビロン捕囚からの帰還という奇跡を記憶させるために導入された。
【3】「王の為の新年」としてのニサンの月
ミシュナによれば、ニサンの月の1日は「ユダヤ人の王の為の新年」である。王がいつ即位したとしても、ニサンの1日が来れば治世2年目としてカウントされる。この規定は、ユダヤ人の主権の始まりである「出エジプト」を全ての王に意識させるという思想的背景を持っている。
【4】厳格な法的ロジックとラビの論争
王の治世年数は、金銭貸借証書における先取特権(抵当権)の整合性を判断するために極めて重要である。
①時系列の重要性
証書の日付に誤記があると、担保権の実行に不都合が生じるため、文書が無効になる場合がある。
②中世ラビの対立
王が実際に即位した日を基準に書かれた文書の有効性を巡り、Rashi(無効とする)と、TosafotやMeiri(有効とする)の間で法理的な見解の相違が見られる。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Rosh HaShanah』法理研究 第1回:4つの新年と王の治世年数を巡る法理(1章1節①)
https://note.com/mishnah/n/n046770514f93
今回は口伝律法ミシュナ「Rosh HaShanah」1章1節の続きである。まずは本文を引用する。
ニサンの1日と「祭日の基準」:三大祭りの順序と法的意義
(ニサンの月の1日は)また、祭日の為の日である。
この箇所に関しては、トーラには次のように書かれている。
男子はすべて、年に三度、すなわち除酵祭、七週祭、仮庵祭に、あなたの神、主の御前、主の選ばれる場所に出ねばならない。
三大祭りの時系列(Pesah、Shavuot、Succot)と誓願の遅延禁止命令、猶予期間の変動法理
1年の内1番最初に来るのはPesahであり、2番目にShavuot、3番目にSuccotが来なくてはならない。ニサンの月が祭日を考える上で、「1年の内最初の月」であることが前提になっている。
「Pesah、Shavuot、Succot」という並び方は、次の誓いを遅らせてはならない戒めにも関わっている。
22あなたの神、主に誓願を立てる場合は、遅らせることなく、それを果たしなさい。あなたの神、主は必ずそれをあなたに求め、あなたの罪とされるからである。
どの程度誓いの実行を遅らせた場合、禁止命令に触れるのかが問題になるが、誓った日から3つの祭りが過ぎるまでの期間と解釈されている。ただ、誓願を立てる時期の違いによって、禁止命令に触れる期間の長さは大きく異なる。
具体的に説明すると、以下の通りになる。
①Pesahの直前に誓願を立てた場合
例えばニサンの月の1日に誓願を立てた場合、三大祭りは「Pesah、Shavuot、Succot」の順番で過ぎる。そこで誓願を立てた者は、Succotが終わるまで誓いの内容を実行しなくてはならない。
②Succotの直前に誓願を立てた場合
例えばティシュレの月の1日に誓願を立てた場合、三大祭りは「Succot、Pesah、Shavuot、Succot」の順番に過ぎ去る。
「Succot、Pesah、Shavuot」で三大祭りが過ぎたと見なし、Shavuotの終わりまでに誓いを果たすべきと考えるかもしれないが、Tanna Kammaの見解によると、そうではない。
実際はSuccotの終わりまでに果たせばよい。なぜなら「Pesah、Shavuot、Succot」の順番で過ぎる時までに誓いを果たさなくてはならないからである。
従ってこのケースでは、1番目のケースよりも「SuccotからPesahまでの約半年間」誓いを果たさなくてはならない期間が長いことになる。
この見解は匿名で示されているが、ゲマラによるとラビ・シモンの見解であるとされている。
しかし専門家の中には「Pesah、Shavuot、Succot」の順番で過ぎる必要はないとする見解もある。RambamやRavは「順序にかかわらず3つの祭りが過ぎれば違反」とする説をハラハーとして採用している。
ただ、Tanna Kammaの見解も支持している専門家もおり、最終的な結論は出ていると言えない。
ゲマラに見る、その他のニサンの1日の基準
さて、ニサンの月の1日に関するミシュナ本文は下の通りである。
ニサンの月の1日は、ユダヤ人の王の為の日である。また、祭日の為の日である。
王の為の新年であることが先に書かれており、後に祭日の為の基準であることが書かれている。
この内、王の為の新年であることはラビの規定によるものだが、祭日の基準になることはトーラの次元の定めである。それでも王の為の新年であることが先に書かれているのは、王の為の新年がニサンの月の1日であるのに対して、Pesahはニサンの月の15日からであることによる。ミシュナの記述は時系列に従っていることになる。
タルムードのゲマラ(Gemara)には、ニサンの月の1日が基準となるその他の項目について列挙している。
①13番目の月を追加するかどうかの期限
13番目の月を追加することによって、太陽暦とのズレを補正する「閏年」にするかどうかの最終的な決定は、ニサンの月の1日が始まる前にしなくてはならない。
②銀半シェケルの納付
全てニサンの月の1日以降の共同体の献げ物の費用は、新しい年の半シェケルで購入しなくてはならない。これについては以前の記事で詳しく扱った。
◉イエスはなぜ「免税」を主張したのか?――ミシュナ『Shekalim(シェカリーム)』が明かす神殿税徴収の裏側と祭司の論理
https://note.com/mishnah/n/nd1b34bf6d620
③家の賃貸
もし特定の期限を明示せず、「今年家をあなたに貸す」という契約を結んだなら、その期限はニサンの月の1日の開始で満了すると解釈される。
以上で口伝律法ミシュナ「Rosh HaShanah」1章1節の内、ニサンの月の1日についての解説を終えた。
エルールの1日と家畜の十分の一税(maaser beheimah)
次はエルールの1日についてである。まずは本文を引用する。
エルールの1日は家畜のmaaserの為である。
この箇所について、トーラには次のように書かれている。
牛や羊の群れの十分の一については、牧者の杖の下をくぐる十頭目のものはすべて、聖なるもので主に属する。
ミシュナによると、エルール(第6の月)の1日は家畜の十分の一(maaser beheimah:マアセル・ベヘマー)を計算するための基準日(新年)である。
タルムードにおいては、ある年に生まれた家畜と別の年に生まれた家畜を混ぜて、maaser beheimahの義務を果たすことは出来ないと定めている。
例えばある人が10頭の家畜を所有していても、そのうち5頭がエルールの前に生まれ、残りの5頭がエルールの後に生まれた場合、同じ「年度」に10頭が生まれたことにはならない。そのため、この10頭からmaaser beheimahを献げる義務は生じない。
なぜエルールの月がmaaser beheimahについての基準日になるのか、動物の繁殖サイクルに基づいた解説がされている。
家畜の多くはアヴの月(第5の月:エルールの直前)に出産を終える。そのため、その年の「収穫(誕生)」が完了するタイミングであるエルールの1日が、区切りとして適切であると考えられたものである。
羊や山羊が交尾する時期はアダルの月(第12の月)であり、妊娠期間が5ヶ月であるので、出産はアヴの月になる。牛の妊娠期間は9ヶ月であるが、交尾する時期が早く、出産はやはりアヴの月になる。
ハラハーの対立:Tanna Kammaとラビ・エルアザル/ラビ・シモン(ティシュレ1日説)
続きには次のように書かれている。
ラビ・エルアザルとラビ・シモンは言う。「ティシュレの1日である。」
ラビ・エルアザル(Rabbi Elazar)とラビ・シモン(Rabbi Shimon)はmaaser beheimahについて、エルールの1日ではなく、ティシュレの1日であるとする。
maaser beheimahの基準日がエルールの1日であるのか、ティシュレの1日であるのか、最終的なハラハーについて権威者の間でも議論になっている。
Maimonidesはラビ・エルアザルとラビ・シモンの見解を支持しているが、RavやMeiriはTanna Kammaの見解を支持している。
異なる意見の総体としての律法(ハラハー)の特質
「律法」というと新約聖書から、厳格に適用される杓子定規の規則であるというイメージになりがちであるが、実際は結論の出ていないテーマ及び異なった意見を収録し、それらの総体が律法的な遺産であるという側面がここにも表れている。
以上でmaaser beheimahの基準日についての解説を終えた。
ティシュレの1日:年数を数える基準と神の裁き
続きには次のように書かれている。
ティシュレの1日は年数を数える為であり、・・
既にユダヤ人の王の治世に関しては、ニサンの月の1日が基準になることを解説した。これに対してティシュレの1日は、異邦人の王の治世の基準日になる。
Gemaraはネヘミヤ記1章1節、2章1節から、ニサンの月が異邦人の王の基準日になり得ないことを演繹している。本文を引用する。
第二十年のキスレウの月、わたしが首都スサにいたときのことである。
アルタクセルクセス王の第二十年、ニサンの月のことであった。
キスレウの月(第9の月)からニサンの月(第1の月)になっても年号が更新されていない。異邦人の王の治世はニサンの月が転換点にはなっていないのである。
しかしこの箇所のミシュナ「Rosh HaShanah」本文は「ティシュレの1日は年数を数える為」とだけ書かれており、「異邦人の治世」については記述されていない。そこで別の解釈も存在する。
Maimonidesによる世界創造紀元の加算解釈、Rabbi Nachman bar Yitzchakの新年の裁き
これに関して、Maimonides(マイモニデス)はティシュレの1日に神の創造の業が行われたことを指していると解釈する。法的文書において「世界創造から〇〇年」と記す場合、その年数が加算されるのはこの日(ティシュレの1日)になる。
また、ラビ・ナフマン・バル・イツハク(Rabbi Nachman bar Yitzchak)は、ティシュレの1日に新年の為の裁きを行うことを指していると解釈する。
過去の行いの為に裁きを行うのが一般的な法感情であり、この1年の為の裁きを行うというのは異様に感じる。この点彼らは、ティシュレの1日において、神が世界を新しく創造し、自分たちの運命を書き換えてくれる日としての位置付けを見ているらしい。
次回、ティシュレの1日が基準日となる他の項目について扱うところから始める。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Rosh HaShanah』法理研究
https://note.com/mishnah/n/nfbeb416fd084
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
