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本当は、辞めたくなかったんじゃないの?|14年続けた仕事を手放した今

こんにちは、いとです。
「無理しない働き方」を目指している、30代の主婦です。

世間はお盆休み中でしょうか?

私にはもう関係なく、今日もeラーニングで職業訓練を受講しています。
画面の向こうではWebデザインの基礎が流れているけれど、ふと手が止まる。

新卒から14年続けてきた仕事を辞めて、数ヶ月。
退職の翌月から職業訓練に通っている。

ハローワークの申込みから入校日まで、息をつく間もなかった。

ふと我に返って思う。
私は、なんでここまで必死なんだ?


本当に、辞めてよかった?


14年続けた仕事を、自ら手放した。
ワーママを続けていくことに限界を感じたからだ。

こんな未来が来るとは、思いもしなかった。

だけど、退職した今、「仕事を続けられなかった」という事実だけが残った。

以前の私は「もっと早く辞めてもよかったかもしれない」とnoteに書いた。

辞めたことは、後悔していない。

でも、辞めたという事実は、ときに惨めな気持ちにさせる。


矛盾しているようで、全部本音


辞めなくていいなら、辞めたくなかった。
でも、その時は心身ともに限界だった。

家事や子どもの看病を外注すれば、続けられたかもしれない。しかし、「そこまでして働く意味は?」という問いが止まらなかった。

辞めたことで体も心も回復した。

よく眠れるようになったし、食べることが「作業」から「楽しみ」になった。仕事のストレスで鈍っていた感覚が、少しずつ戻ってきている。

それでも時々、「本当は辞めたくなかったのかもしれない」と思う。

もう会社とは関係ないのに、「今ごろお盆休みか」と思ってしまう。長年の生活リズムは、簡単には抜けないらしい。

気持ちが矛盾してるように見えるかもしれない。
でも、これは全部、私の気持ちだ。

そのときどきで、違う答えが顔を出す。


必死さの正体


改めて考えると、この必死さはひとつの感情からだけじゃない。

  • キャリアを中断したくなかった

  • 空白期間を最小限にしたかった

  • “女性の社会進出”が自己責任で終わる現状への違和感

  • 立ち止まるより、走るほうが自分には合っている感覚


前職では、正社員以外の選択肢がなかった。
業務委託やパートに変更できないのか?
フルリモートは?
そんな制度は、そもそも存在していなかった。

続けたくても続けられなかった。
「このまま続ける」か「辞める」か。

柔軟な制度がある会社で働く人を見るたびに、羨ましさと悔しさがこみ上げる。
本当は、慣れた会社の中でそのまま働いていたかった。

これらが全部混ざって、退職直後でも動き出すことが当たり前に思えた。

怒りと悔しさは、推進力にもなる。


職業訓練という選択


退職すると決めたあと、すぐに情報を集めて、手続きして、面接して、退職の翌月から入校できるように準備を進めた。

正直、手続きは面倒だった。

でも、失業保険を延長しながら無料で学べる。生活リズムも保てるし、空白期間も作らずに済む。

表向きは「学びたい」と言いながら、内側では悔しさと惨めさと意地がうずまいていた。

だからこそ、この制度を使い倒して、「学べることは全部学んでやる」と思った。


今、思うこと


この必死さは「失いたくない」だけじゃなく、「もう一度走りたい」という気持ちでもあった。

別に、全員が退職翌月に動く必要はないと思う。

でも私は、止まることがどうしてもできなかった。怒りも悔しさも、推進力に変えられる。
そうやって、私は転んだ場所からまた走り出している。

30代半ばを過ぎてからの再スタートは、楽しいけれど、不安もある。

正直、私はどこに向かっているんだろうという気持ちもある。

表面上は「後悔してない」と思えていても、心の奥ではまだ整理が終わっていないのかもしれない。

「長年続けた仕事を手放す」ということは、解放感と喪失感が同居しているような感覚だ。

「辞めてスッキリ」というわけにもいかないようだ。

でも、動き続けているうちに、「今はこの選択をしてよかった」と思える日が増えてきた。

それでも、ふとした瞬間に別の気持ちが顔を出す。

あの日の私と、今の私。
どちらも本音で、どちらも私だ。




▼ 「もっと早く辞めてもよかったかも」と言ってた私

▼ 詰んだ私が思うこと


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