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【振り返りの振り返り!?】立ち直った! 私は「9月1日企画」の自己嫌悪にどう対応した?【補足記事】


昨日アップした「9月1日企画」の企画自体の振り返り。

私はそれをアップした昨晩、自己嫌悪にうなされながら眠りました。

自分の情けなさに、思い詰めるというほどでもなくても、
悔しさが込み上げてきたのです。
暗くならないように気をつけながら、この記事で補足します。



こんにちは、こんばんは。ミトシです。
前挨拶をすっ飛ばします。

昨日、こんな記事をアップしました。

中身はざっと言うと、自分で発案してやってきた記事募集の個人イベント、
「#9月1日がこわいあなたへ2025 」の総振り返りです。

反省点の主な部分は私の企画主としての甘さを認め、
これから気をつける部分や、お願いしていくことを記事にしています。

しかし、一旦完成して記事をアップしてから、
私は自己嫌悪の感情が湧いてきたことに気づいたのです。

それを深掘り・補足します。


【この記事を読んで得られる効果】
🌟 記事を投稿した後の自己嫌悪への向き合い方のひとつの答えがある。
🌟 ミトシのことが心配なあなたに安堵させられる。
🌟 「他責/自責」の感情との決着のつけ方がわかる。

(当記事総文字数:約3200字)




🌟 先にめんばーしっぷ会員さん応援コーナー



さて、なんでそんな自己嫌悪していたのか、仔細に渡り考えましょう。


自己嫌悪の原因:「許してほしい」と「他責になっていないか」

記事内には、自分の運営の甘さを認める部分が多数あります。
説明の不足や、条件設定の緩さ、対応の不完全さなど、
人間だからこそ完全には防げなかったケアレスミスについて振り返っています。

しかし、その記事の存在が、
「人によっては、この記事によって“ヒューマンエラーだから仕方ない”と、
 無理やり納得させられたと感じないか?」

という疑念に気づいてしまったのです。

そして、免罪符として発行された記事の内容的に、
「自責のように見せた他責の言葉になっていないか?」
という矛盾にも気づいてしまいました。

そうやって、記事を出した後にXやスマホで打った記事に書いたように、
ミトシは夜「ぐおおお……!!」と自分の情けなさに唸っていたのです。

(自己嫌悪はしましたが、今朝はちゃんと起きられたことや、
 朝散歩ののちにしっかり気づきを得て、今は安定して書いています。)


結論:そんな「白黒思考」にとらわれなくて良いんじゃないかね?

もう結論を出します。

「そんなこと、企画に関わってくれた人たちが望んでいるわけじゃない」
そして
「あまりに責任をゼロヒャク・白黒思考してしまっているじゃないか」。


まず、企画に関わってくれた皆さんの望むこと。
それこそが今回の企画の意義であり、本質です。

それは「自分たちの“9月1日”へのこわさを、乗り越えること」だったり、
「当事者の苦しみや、自分たちの悩み・モヤモヤが昇華できること」です。

そんなわけで、関係者各位は「ミトシが自己嫌悪で唸っている」こと自体、
望んでもいなければ、どうでもいいし、うざったいかもまであるのです。

(そういう責任感の強さが、私の強みであり、弱みですね。)


加えて、「責任というものは、実際の現実において0/100、白黒では割れない」
という事実も、忘れていたのです。

白黒思考は、うつ感情への入り口のひとつです。
人を「良くない」という固執に至らせる、麻薬になり得ます。

そうやって自己嫌悪に酔っていても、何も事態は良くはならない(かもしれない)。

曖昧な部分があって、世界は成り立っています。
そうやって平和なところがある。
曖昧を許せなくて、戦闘になることもある。


どちらにしても、私が自己嫌悪に鈍麻することは、
何も企画として前向きな効果が生まれない状態です。


確かに、自分の責任が大きく、受け止めるのが大変だ。

今回の2回目の「9月1日企画」の反省点は、
かなり私の責任が大きい部分で存在しています。

でも、それを糧にして、次はより良い企画にしていこうじゃないか、
と思えるように締めくくったはずです。

「責任を受け止める」。
それはなかなか大変な感情処理です。

それに向き合うには、一旦ネガティブな気持ちにも向き合って、
自分のミスや至らなさを認める必要があります。

その「責任を受け止める」ために、あの記事を書いたのです。

もしかしたら、今回の企画運営上、仕方ないけどモヤっとした瞬間が、
関係者各位にあったかもしれない。

それを「ミトシが一旦受け止めます」という、
そのために打ち出した振り返りnoteです。

責任は0/100ではないとはいえ、
ミトシに少なくとも80%以上は確実にあるので、それで決着します。
(他の20%は、日本語表現の難しさかな?)


自己嫌悪への対応策:ミトシ、復活の儀。

「いや、それは良いけど、
 結局どうやって自己嫌悪と闘って決着がつけられたの?」

それを待ってこの記事を読んでいる人もいるかもしれないので。

私が実際に自己嫌悪に決着をつけるためにしたことも、
共有しておきます。
何かの参考にしてください。


自己嫌悪への対応①:まずはとことん、悔しさを味わう。

対応策①は、
「自己嫌悪をありのまま、“悔しい”という言い換えをして受け止める」。

この言い換えって、大事です。
自己嫌悪という強いネガティブワードに、本質の正体の名前をつける。

自己嫌悪して良いことってあんまりないですが、
悔しいことは「より良い結果を生みたい」という将来性につなげられます。

こういうのは心理学や精神医学でも、重要な対応策のひとつと言われています。

まずは「悔しいぃィィィイイイイイイ!!!」と受け止める。

アスリートになった気分でどうぞ。
世界陸上、アツいですよね、まさに今。


自己嫌悪への対応②:一旦冷静に考えられるまで、寝る。

対応策②、「寝逃げ」。

えっ?
大事なことですよ。

寝ると、脳内のストレス物質を処理しやすくなります。
つまり「冷静に物事を観察できる状態になる」のです。

ここで注意したいのが、「最適は寝逃げ」という部分です。

アルコールや自傷他害、八つ当たりは結局自分にストレスが跳ね返ってきます。
少し気は楽になる瞬間があるかもしれませんが、
ストレスが消えるわけではありません。

八つ当たりを完全否定するわけではなく、
「実際には寝逃げがいちばん良いよね〜」ということだけ言っています。

私も一瞬「こういう時に酒に逃げたくなるよね〜!!」と、
思わずにはいられませんでしたよ。


自己嫌悪への対応③:一旦環境を離れる。歩く。

そして今日起床し、一旦昨日から始めたばかりの「朝散歩」をしました。

部屋にいても煮詰まりますし、
一回外の空気を吸いながら、歩いて「思考から離れた」のです。

歩いている間は、特に何か考えなくて良いです。
とりあえず朝日を浴びて、新鮮な空気を取り込み、
自分が「今、ここにいる」ことを思い出す。

そうすると、自然に感情に「いい子いい子」と、
受け止めてあげることができました。

そうだね、私は責任感が強いからね。
思い余って悔しさに身を捩ったんだね。
とりあえず、それは何にも良いことにつながらないよ〜???(鬼詰め)

(……最後の鬼詰めは、参考にしないでください。)


とりあえず、大事なのは皆さんの課題の本質的解決。

大いに「言い訳」をしていると感じたかもしれませんね。
ええ、もう言い訳でしかないっす。

でも大事なのは、先述した通り、
『皆さん自身の課題が解決するように繋げること』です。

うるさくしてすみません。
でもちゃんと、自分の中で処理をして、次に繋げようと決意しています。


課題が全部解決することは、ないかもしれません。

私には、何の力にもなれないことがあるかもしれません。

それでも、今回の私のように、
一旦ここまで頑張ってきた自分を認めてあげることも、
大切なプロセスになると思います。

企画参加者さん、読者さん、この記事を読んでくださったあなた。
ありがとうございます。

ミトシは現在、元気にこの文章を打っています。


次に、必ずつなげますので、
またよろしくお願いいたします。




今回もご精読、ありがとうございました。

またお会いしましょうね。
イラストレーター兼ライターの、ミトシでした!!



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