47歳、才能がないと分かった日の話|先生は1時間、私は1ヶ月だった(47歳、エレクトーンに人生を振り回される)
うん。
もう、いっか。
なんか、
どうでもよくなった。
私は、
そう思ってしまったのだ。
これは、
「音楽になった」と思えた日から、
少し経った頃の話である。
無事(?)
先生から合格をもらい、
私は次の曲へ進んでいた。
その頃の私は、
「ハウルの動く城」のメドレーに、
絶賛ボコボコにされていた。
いや、
本当に難しかった。
1ヶ月以上やっているのに、
まだ全然完成しない。
しかも、
普通に人へ聴かせられる状態ではない。
右手は迷子。
左手も迷子。
左足にいたっては、
もはや別の人生を歩み始めていた。
私は、
かなりうっぷんが溜まっていた。
だから、
なんとか自分を慰めたかった。
そんな気持ちで、
先生に聞いた。
「先生なら、この曲、
どれくらいで仕上げられますか?」
そう。
私の中では、
答えは決まっていた。
「いや〜、これは難しいですね〜」
とか。
「結構かかりますよ〜」
とか。
そういう言葉を、
期待していたのである。
だって私は、
1ヶ月も苦しんでいたのだ。
きっと先生でも大変なはず。
そうですよね?
……ですよね?
しかし。
現実は、
あまりにも無慈悲だった。
先生は少し考えて、
こう言った。
「うーん。
集中すれば……
1時間くらいかな」
ん?
今、
なんて言いました?
1週間?
いや、
違う。
1時間だった。
認められなかった。
私は1ヶ月やって、
まだ半分も来ていない。
先生は、
1時間。
なんだその世界。
その瞬間。
「あ、自分、
才能ないんだな」
と、
かなりハッキリ思った。
なんか、
今まで積み上げてきた気になってたものが、
一気に崩れた気がした。
でもまぁ、
47年も生きているので。
表面上は、
なんとか平静を保っていたと思う。
「うわ〜!
すごいですね〜😊」
とか言いながら。
心の中は、
普通にぐちゃぐちゃだったけど。
……たぶん、
顔もちょっと死んでいたと思う。
こうして私は、
「もう、いっか」
と思ってしまったのである。
音を届けたいとか。
音楽がどうとか。
なんか、
かっこいいことを言っていたのに。
このざまである。
どうぞ、笑ってください(ヤケクソ
いやもう、
正直ちょっと、
絶望を通り越していた。
レッスン帰り。
どうやって帰ったのか、
正直あまり覚えていない。
それくらい、
ショックだった。
その日から、
エレクトーンを見るのもイヤになった。
でも、
私は自分でも、
かなり浅ましいなぁと思う。
エレクトーンを買って。
レッスン費も払って。
まぁ、
そこそこお金も使ってきた。
さらに、
めちゃくちゃ時間も使っている。
……やめる?
うん。
それはそれで、
普通にもったいない。
でも、
やる気はまったくない。
どうしたもんかなぁ……
「あ〜あ。
聞くんじゃなかった」
私は本気で後悔した。
人を試すような質問は、
二度としないようにしよう。
そう誓ったのである。
……まぁ、
どうせまた忘れるんだけど。
それからしばらく、
私はほとんどエレクトーンを弾かなかった。
そんな時。
少しだけ、
流れが変わる出来事が起きた。
(次回へ続く)
👉 47歳、絶望の中で見つけたもの
※この話は
『47歳、エレクトーンに人生を振り回される』
シリーズ#19です。
👉すべてはここから始まりました。
→ 29年ぶりに人生が動いた日|椿大神社で決まった“再挑戦”
👉ここまでの流れを、ひとつにまとめました。
→47歳からやり直して、やっと気づいたこと。
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