リズム地獄③|合ってるのにズレる人へ。原因は“技術じゃなかった”(47歳、エレクトーンに人生を振り回される)
ちゃんと弾いている。音も合っている。
それなのに——なぜかズレる。
何度やっても、気持ち悪い。
「リズム感がないのかもしれない」
そう思っていた。
でも、違った。
原因はもっとシンプルで、もっと厄介だった。
——私は、見ている場所を間違えていた。
私はずっと、自分にはリズム感があると思っていた。
29年前。高校生の頃。
発表会のトリで弾いたあの曲。
拍手。達成感。あの“乗れていた感覚”。
あれを、もう一度取り戻したかった。
でも現実は——
まったく弾けない。
自分で作ったリズムに、演奏を乗せる。
たったそれだけのことが、できない。
合わせようとする。ズレる。
ズレるから焦る。修正しようとして、さらに崩れる。
完全にパニックだった。
途中で、逃げた。
リズムなんて気にしなくていい曲に。
自分のペースで弾ける曲に。
それは気持ちよかった。
動画も撮った。アップもした。
でも、伸びない。
「まぁ、こんなもんか」
そうやって、自分を納得させていた。
——でも本当は、わかっていた。
逃げているだけだと。
そんなある日。
仕事中、ふと目に入った同僚。
周りとズレて、一人で空回りしている。
「なんで気づかないんだ?」
そう思った。
流れがあるのに、そこを見ていない。
帰り道。
その違和感が、頭から離れなかった。
あれ?
私も、同じことしてないか?
家に帰って、エレクトーンの前に座る。
作ったリズムを流す。
弾かない。
何もしない。
ただ、聞く。
気づいたら、体が揺れていた。
リズムを取っていた。
そのまま弾いてみた。
——合っている。
完璧じゃない。
でも、今までとは明らかに違う。
あぁ、そうか。
そのとき、やっとわかった。
私はずっと、
リズムに合わせようとしていなかった。
見ていたのは、
次の音。
間違えないこと。
自分の都合。
つまり——
自分にリズムを合わせようとしていた。
リズムは、
「合わせるもの」じゃない。
流れの中で、
“今どこにいるか”を感じて、
乗っていくものだった。
ズレていたのは、技術じゃない。
リズム感でもない。
見ている場所だった。
頑張っていたのに。
ちゃんとやっているつもりだったのに。
最初から、ズレていた。
でも逆に言えば——
見る場所が変われば、すべてが変わる。
これって、
エレクトーンだけの話じゃないのかもしれない。
👉 次回
リズム地獄④|気づいたのに、できない。ここからが本当の地獄だった
※この話は『47歳、エレクトーンに人生を振り回される』シリーズ#11です
👉すべてはここから始まりました。
→ 29年ぶりに人生が動いた日|椿大神社で決まった“再挑戦”
👉ここまでの流れを、ひとつにまとめました。
→47歳からやり直して、やっと気づいたこと。
いいなと思ったら応援しよう!
できない、悔しい、それでもやめない。
そんな毎日を記録しています。
「わかる」と思っていただけたら、それが一番の励みです。
もしよければ、チップという形でも応援していただけると、もう少しだけ前に進めます。
いただいた応援は、この挑戦を続ける力に使わせていただきます。