温故知新(48)神皇産霊尊(神産巣日神 神魂命 天鈿女命) 音羽古墳群 猿田彦命 神武天皇 神八井耳命 聖徳太子 天足彦国押人命(天照皇大神) クサール・ヌアイラ 備前車塚古墳 雨の宮古墳群 生石神社 伊吹山 デーノタメ遺跡 アブ・シンベル神殿 椿大神社 皇産霊神社 オリンポス山 ロータル遺跡
音羽古墳群、猿田彦神社、豊受大神宮
クサール・ヌアイラと猿田彦神社(三重県伊勢市)を結ぶライン(図4)は、音羽古墳群(滋賀県高島市)(図1)、白鬚神社(滋賀県高島市)、沙沙貴神社(滋賀県近江八幡市)、豊受大神宮(伊勢神宮 外宮)の近くを通ります。音羽古墳群に見られる、奥壁に棺台が置かれて屍体を奥壁に平行に安置する形式は、聖徳太子墓の三骨一廟形式につながる葬法として興味深いとの見方があるようです。また、音羽古墳群の玄室からは、フリュギア人の武具や隼人の楯に見られるような渦巻文や双渦巻文の刻まれた太刀が見つかっています(図2)(滋賀文化財だより No.91 1984.9.30 124 . 音羽古墳群調査顛末記 高島町・音羽)。川崎真治氏によると、「音羽」という名前は、ウル語、シュメール語の「太陽を見る」に由来するとされます。音羽古墳群は、猿田彦命と関係があるかもしれません。



音羽古墳群と神産巣日神(神皇産霊尊)
音羽古墳群と丹生都比売神社を結ぶラインは、豊受大神宮(外宮)とフィラエ神殿を結ぶラインとほぼ直角に交差し、観音寺(普賢寺)(京都府京田辺市)の近くを通ります(図4)。豊受大神宮(外宮)とフィラエ神殿を結ぶラインの近くには、能勢妙見山(大阪府豊能郡能勢町)、生野銀山(兵庫県朝来市)、不動院岩屋堂(鳥取県八頭郡若桜町)、売沼神社(鳥取市河原町)、伯耆一ノ宮 倭文神社(鳥取県東伯郡湯梨浜町)があります(図4)。

若狭彦神社と若狭姫神社は「近畿五芒星」の中心線上にあることが知られています。若狭彦神社(福井県小浜市)の「境外社」の白石神社の祭神は、丹生氏と関係があると推定される「遠敷明神」で、若狭彦神(彦火火出見尊 山幸彦)や若狭姫神(豊玉姫命)と同一神といわれます。オリンポス山と音羽古墳群を結ぶラインの近くに若狭彦神社があり、音羽古墳群とパレルモを結ぶラインの近くに若狭姫神社(小浜市遠敷)があります(図5)。

スカラ・ブレイは、オリンポス山、サントリーニ島、ラス・ダシャン山ともレイラインでつながっています。橘寺と備前車塚古墳と音羽古墳群をラインで結び三角形を描くと、備前車塚古墳と音羽古墳群を結ぶラインは、橘寺とスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図6)。備前車塚古墳と音羽古墳群をラインの近くには、兵庫県西脇市の産霊神社(うぶすなじんじゃ)、福徳寺(京都市右京区)があり、橘寺とスカラ・ブレイを結ぶラインの近くには法起寺(奈良県生駒郡斑鳩町)と金峰神社(弥仙山 奥宮)があります(図6)。十一面観音を本尊とする法起寺は、奈良県生駒郡斑鳩町岡本にあり、この地は聖徳太子が法華経を講じた「岡本宮」の跡地といわれています。産霊神社(西脇市)は木花開耶姫命を祀っていますが、元は神産巣日神を祀っていたのではないかと思われます。

音羽古墳群と平出遺跡、生石神社、沖の白石
音羽古墳群は、諏訪地方にある縄文時代の平出遺跡と生石神社を結ぶラインの近くにあり、このラインは、開化天皇と関係があると推定される船木三ッ石とも呼ばれる沖の白石とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図7)。「船木」が「フェニキア」と関係があるとすると、音羽古墳群はフェニキア人と関係があると推定されます。沖の白石と平出遺跡を結ぶラインの近くには伊吹山や、金山巨石群(岩屋岩蔭遺跡)(岐阜県下呂市)があります(図7)。生石神社の御神体の「石の宝殿」は、伝承によると聖徳太子の時代に物部守屋が作った石とされることから、音羽古墳群は物部氏とも関係があると推定されます。

音羽古墳群と気比の松原、伊吹山
気比の松原は、継体天皇と関係があると推定される大虫神社と、神功皇后の陵墓と推定される富雄丸山古墳を結ぶライン上にあります(図8)。気比の松原と音羽古墳群と伊吹山は、ほぼ正三角形の位置にあります(図8)。伊吹山には、植物の固有種が多くあることが知られていますが、伊吹山に多く分布する「イブキジャコウソウ」は、ヨーロッパ原産の「タイム」の1種です。伊吹山や気比の松原は、レイラインで女神アルテミスに捧げられたブラウロンの遺跡とつながっているので、もしかすると、ブラウロンを出たケーペウス(ケフェウス)の乗ったアルゴー船が気比の松原に漂着して、一部の乗組員が住みつき、 伊吹山で薬草を栽培し、音羽古墳群に墓をつくったのかもしれません。そして、彼らのルーツがクサール・ヌアイラだったのかもしれません。

気比の松原と音羽古墳群と伊吹山をラインで結び三角形を描き、気比の松原と伊吹山を結ぶラインと直角になるように、音羽古墳群からラインを引くとオリンポス山やマラケシュとレイラインでつながっている大湯環状列石に到達します(図9)。伊吹山と気比の松原を結ぶラインの延長線上にあるブラウロンの遺跡は、レイラインで大湯環状列石とほぼ同緯度にあるオリンポス山とつながっています。また、気比の松原と音羽古墳群を結ぶラインと直角になるように、伊吹山からラインを引くとモン・サン・ミシェルとレイラインでつながっている天橋立に到達します(図10)。


滋賀県愛知郡愛荘町の金剛輪寺(滋賀県愛知郡愛荘町)と音羽古墳群、伊吹山を頂点とする三角形を描くと、音羽古墳群と伊吹山を結ぶラインは、金剛輪寺とスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差し、このラインは、気比の松原の近くを通ります(図11)。

大湯環状列石(北緯40度16分)は、オリンポス山(北緯40度05分)と近い緯度にあります。伊弉諾命の黄泉国訪問の神話は、ニュージーランドのマオリ族のあいだに伝わる神話に似ているといわれますが、ギリシャのオルペウス伝説との類似性のほうがいっそう著しいといわれています1)。オルペウスは、アルゴナウタイにも加わっています。アルゴナウタイが渡来したとすると、出雲建(品陀真若王)がディオニュソスと見なされたり、古墳時代初期の甲冑が西洋式に近いことの説明もつきます。
東大の研究グループが、親から子にだけ感染して受け継がれる「JCウイルス」のDNAを解析して、日本人のルーツを調べた結果、「ヨーロッパ人やトルコ人などに特有の型」(EU型)が、とくに東北の日本海側に住む日本人において、約1~2割も見つかったようです2)。東大グループはこの結果から、かつて白人の大きな集団が日本に渡来して住みついたことが考えられる、としています2)。
音羽古墳群と神武天皇、神八井耳命
初代神武天皇の皇子(第2代綏靖天皇の同母兄)で、多臣(多氏)及びその同族の祖とされる神八井耳命の墓は不詳ですが、『日本書紀』では、神八井耳命は「畝傍山北」に葬られたと記され、畝傍山の北に所在する八幡神社(奈良県橿原市山本町)の社伝では、同社は神八井耳命の墓の所在地であるといい、古くは「八井神社」と称されたとしています。神武天皇陵と音羽古墳群を結ぶラインの近くには、帯解寺(奈良市今市町)、東大寺(奈良市雑司町)、弘法大師 南都草庵 空海寺(奈良市雑司町)、蛭子神社(奈良市川上町)、吉田三大神社(滋賀県草津市)があり、音羽古墳群と八幡神社(八井神社)を結ぶラインの近くには、猿丸神社(京都府綴喜郡宇治田原町)、般若寺(奈良市般若寺町)、興福寺(奈良市登大路町)、元興寺(奈良市中院町)、御霊神社(奈良市薬師堂町)、唐古・鍵遺跡史跡公園があります(図12、13、14)。



吉田三大神社は、元は伊富伎神社だったようです。御霊神社は、桓武天皇の勅命により御霊を慰めるために創祀された神社です。レイライン上に藤原氏の寺があるのも同様な意味があると思われます。これらのことから、八幡神社(八井神社)には神八井耳命の墓があり、音羽古墳群は、神武天皇や神八井耳命と関係があると推定されます。
音羽古墳群と聖徳太子、神功皇后
聖徳太子(厩戸皇子)の生誕の地とされている橘寺(奈良県高市郡明日香村)と音羽古墳群を結ぶラインの近くには大和神社(奈良県天理市)、石上神宮(天理市)、浄瑠璃寺(京都府木津川市)があります(図15)。

また、音羽古墳群と法隆寺を結ぶラインの近くには、神功皇后の陵墓と推定される富雄丸山古墳があります(図16)。音羽古墳群は、聖徳太子、神功皇后、物部氏と関係があると推定されます。

音羽古墳群と聖徳太子(厩戸皇子)の上宮(かみつみや)である可能性が高いとされる上之宮遺跡 (奈良県桜井市)を結ぶラインは、檜原神社や大神神社(三輪明神)を通ります(図17)。このレイラインは、上之宮遺跡が聖徳太子(厩戸皇子)と関係があることを示していると推定されます。

丹生都比売神社とハドソン湾を結ぶラインの近くには、聖徳太子磯長墓(叡福寺北古墳)、龍王社(奈良県生駒市)、浮御堂(滋賀県大津市)、音羽古墳群、善隆寺(滋賀県長浜市)、白山神社(福井県越前市)、永平寺(福井県吉田郡永平寺町)、和珥氏の墓と推定される雨の宮古墳群があります(図18)。これは、紀元前9,600年以前の北極点(ハドソン湾)を指標にしたレイラインと推定されます。

音羽古墳群は、丹生氏や和珥氏と関係があると推定され、音羽古墳群には、丹生氏系図の最初にある神皇産霊尊(神産巣日神)の墓があると推定されます。「音羽」は、神八井耳命を祖とする丹羽氏の「丹羽」と関係があるのではないかと思われます。「羽」は、天女の「羽衣」と関係があるかもしれません。
音羽古墳群と和珥氏、猿田彦命
音羽古墳群と雨の宮古墳群を結ぶラインの近くには、十一面観音立像のある善隆寺(滋賀県長浜市)、弁財天白龍王大権現(福井県吉田郡永平寺町)、鹿島神宮やデーノタメ遺跡や諏訪大社とつながっている天照皇大神社(石川県加賀市山中温泉真砂町)、尾山神社(金沢市)、白山神社(かほく市)、鷹王山 長楽寺(鹿島郡中能登町)などがあります(図19)。和珥氏の祖は、天足彦国押人命(天押帯日子命、彦五瀬命、天照皇大神と推定)とされるので、天照皇大神社には、天足彦国押人命が祀られていたと思われます。

天照皇大神社(加賀市)と天足彦国押人命の墓と推定される纒向石塚古墳(奈良県桜井市)を結ぶラインは、吉峰寺(福井県吉田郡永平寺町)、須波阿湏疑神社(今立郡池田町)、有漏神社(滋賀県長浜市)、沖の白石、長命寺(近江八幡市)の近くを通ります(図20)。須波阿湏疑神社(すわあずきじんじゃ)は、諏訪大社の御分霊(建御名方神)を勧請したのが始まりとされています。このラインは、天足彦国押人命が天照皇大神と推定されることと整合します。

天足彦国押人命を祖とする和珥氏の枝氏の小野氏は、近江国滋賀郡小野村(現在の滋賀県大津市内)周辺を本拠としていました。滋賀県大津市にある天足彦国押人命を祀る小野神社とハドソン湾を結ぶラインの近くには、音羽古墳群、小野神社がある海津天神社(滋賀県高島市)、天照皇大神社(加賀市)、氣多大社(石川県羽咋市)があります(図21)。

猿田彦命と関係があると推定されるデーノタメ遺跡とアブ・シンベル神殿を結ぶラインは、雨の宮古墳群を通り、このラインは音羽古墳群と雨の宮古墳群を結ぶラインと直角に交わります(図22、23)。このラインは、和珥氏の一族の姥津媛(台与と推定)が女神イシスと見なされたと推定されることと整合し、神皇産霊尊の墓があると推定される音羽古墳群は、猿田彦命と関係があると推定されます。


図23の音羽古墳群とデーノタメ遺跡を結ぶラインを1辺とし、利尻山(利尻富士)を対頂点とする三角形を描くと、音羽古墳群と利尻山を結ぶラインは、デーノタメ遺跡とアブ・シンベル神殿を結ぶラインとほぼ直角に交差し、交点付近に雨の宮古墳群があります(図24)。利尻山とデーノタメ遺跡を結ぶラインの近くには、フゴッペ洞窟や亀ヶ岡石器時代遺跡があります(図24)。

猿田彦命を祀る白髭神社(滋賀県高島市)とスカラ・ブレイを結ぶラインの近くに、音羽古墳群と闇見神社(福井県三方上中郡若狭町)があります(図25)。闇見神社は、創建以後一千年余といわれ、祭礼日には、頭渡しの儀・王の舞・獅子舞・地搗の神事等があって、神輿渡御が行われるようです。白髭神社、棚畑遺跡、備中松山城(岡山県高梁市)を頂点とする三角形のラインを描くと、備中松山城と棚畑遺跡を結ぶラインは、白髭神社とスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図25)。備中松山城と棚畑遺跡を結ぶラインの近くに岩屋岩蔭遺跡があり、棚畑遺跡と白髭神社を結ぶラインの近くに伊吹山があります(図25)。備中松山城は、鎌倉時代に大松山に最初の砦を築いたのが始まりとされていますが、古代から山城があったと思われます。

音羽古墳群と高皇産巣日神、神産巣日神を主祭神とする皇産霊神社(兵庫県尼崎市瓦宮)を結ぶラインの近くに上賀茂神社(京都市北区)、梅宮大社(京都市右京区)、金蔵寺(京都市西京区)があります。また、皇産霊神社と椿大神社を結ぶラインに近くに垂水神社(大阪府吹田市)、田村神社(滋賀県甲賀市)があり、椿大神社(三重県鈴鹿市)とオリンポス山を結ぶラインの近くに日吉神社(滋賀県高島市勝野2763)があります(図26)。椿大神社とオリンポス山を結ぶラインは、皇産霊神社と音羽古墳群を結ぶラインの延長線とほぼ直角に交差します(図26)。

椿大神社、皇産霊神社(兵庫県尼崎市瓦宮)、白龍神社(福井県大野市)を頂点とする三角形を描くと、皇産霊神社と白龍神社を結ぶラインは、椿大神社とオリンポス山を結ぶラインとほぼ直角に交差し、交点付近に音羽古墳群があります(図27)。白龍神社と椿大神社を結ぶラインの近くには美濃國一宮 南宮大社があります(図27)。

これらのレイラインから、音羽古墳群の被葬者と推定される神皇産霊尊は、猿田彦命と関係があると推定され、猿田彦命と結婚した天鈿女命かもしれません。神皇産霊尊(神産巣日神)は、『出雲国風土記』では土地神たちの御祖の「神魂命」の名で書かれ、母系社会の系譜上の母神として存在したと考えられています。
音羽古墳群とロータル遺跡、夏王朝
ロータル遺跡にあるロータル博物館と音羽古墳群を結ぶラインは、二里頭遺跡(夏王朝)や出雲大社の近くを通ります(図28)。もしかすると、ロータルを出港したフェニキア人と神皇産霊尊は関係があるかもしれません。

このラインは、徐福村のある金山鎮(江蘇省 連雲港市)の近くも通るので、彼らは夏王朝や徐福ともつながっていると思われます。沖の白石と蓬莱山(滋賀県大津市)を結ぶラインは、長命寺(滋賀県近江八幡市)とスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図29)。長命寺とスカラ・ブレイを結ぶラインは、白髭神社、音羽古墳群、闇見神社の近くを通ります(図29)。長命寺は、千手観音を本尊とし、開基は聖徳太子と伝えられているので、音羽古墳群が聖徳太子と関係があると推定されることと整合します。また、ハドソン湾と長命寺を結ぶラインは、沖の白石(船木三ツ石)の近くを通るので、図12から、音羽古墳群が、開化天皇やフェニキア人と関係があると推定されることと整合します(図29)。

文献
1)吉田敦彦 2007 「日本神話の源流」 講談社学術文庫
2)ケン・ジョセフ Sr.&Jr. 2024 「隠された十字架の国・日本」 徳間書店
