本能寺の変1582 重要Point 通し ◎P11~20 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
重要Point 通し ◎P11~20
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◎P11 ◎第11話 4 光秀の苦悩 4粛清の怖れ 3/7
時代の風潮 粛清 不意討ち 謀叛 裏切り 戦国時代
叔父、織田信光 不慮の死、暗殺
弟、織田信勝 仮病、殺害 信勝は、油断した。
重臣追放 佐久間信盛 油断 信盛の不意を衝いた。
光秀と秀吉。
信長は、二人の器量人を見事に使いこなした。
発掘、登用、抜擢。
そして、やがて、この二人に、裏切られる。
戦国時代とは、この様な時代だった。
信長の人物像 粛清の人 不意を衝く
叔父、織田信光 不慮の死 暗殺
弟、織田信勝 仮病、殺害
重臣追放
佐久間信盛 消極的 コミュニケーションの拙さ 油断
恐ろしい男 激しい気性 折檻状 激怒
絶対専制君主 報告重視
信長の性格 執念深い 忍耐強い
長い間、我慢していた。
光秀の人物像 出来る男 器量人
信長は、光秀の積極的な姿勢を誰よりも高く評価していた。
織田家中の牽引者 先駆け 出世頭
家臣らの手本
光秀は、実に、好ましい存在だった。
織田家中に、大きな刺激を与えた。
信長は、光秀を基準にして、家臣らを評価した。
洞察力 報告能力 信長の性格を知悉
信長は、光秀の報告のあり方に満足していた。
光秀の苦悩 光秀は、粛清を怖れていた。
秀吉の人物像 出来る男 器量人 同じ穴の狢 同類 油断できぬ相手
洞察力 信長を知悉
秀吉は、粛清を怖れていた。
◎P12 ◎第12話 4 光秀の苦悩 4粛清の怖れ 4/7
信長の人物像 保守的 年功序列主義 臨機応変
佐久間信盛は、別格の存在だった。
信盛は、七ヶ国の大軍勢を率いていた。
視野が広い
信長は、重臣の子供たちへも注目していた。
佐久間信盛の息子 信栄の茶狂い
光秀の子らのことも、よく知っていた。
細川藤孝、然り。荒木村重、同。
信長の性格 忍耐強い 誇り高い男 執念深い
朝倉破軍の刻
◎P13 ◎第13話 4 光秀の苦悩 4粛清の怖れ 5/7
信長の人物像 合理主義者 鋭い人物眼の持ち主 役に立つ者立たぬ者
重臣たちへ。絶えず、目を光らせていた。
信長の性格 信長は、猜疑心が強い。佐久間信盛は、油断した。
信長の性格を、よくわかっていない。
その上、執念深いのである。
信長は、誇り高い男。面目を潰された。三方ヶ原の合戦。
激しやすい 短気
最早、打つ手無し。信長は、止まらない。
戦国武将 武士道精神 武篇道たらはず候によつて
信長の年齢 信長は、四十九歳。
光秀の人物像 出来る男
信長は、光秀に、一目置いていた。
脳裏にあるのは、明智光秀。
信長は、光秀を見習えと言っている。
日向守が働き、天下の面目をほどこし侯
洞察力 光秀は、信長のことを知悉していた。
先見力 光秀には、先が見えた。
明智の再興、成る。 織田家最高位の重臣の一人
最早、かつての明智にあらず。家中、一、二の大身。
多くの家臣たちがいた。順風満帆。武士の鑑。憧れの存在。
光秀の性格 猜疑心が強い 信長を信用せず
光秀の年齢 光秀は、五十九 ± 四歳。
二人の間には、大きな年齢差があった。
光秀の後継者 嫡男光慶 十三歳 あまりにも若すぎた。
光秀の苦悩 光秀は、猜疑心が強い。光秀は、信長を信用していない。
二人の間には、大きな年齢差があった。
後継者光慶は、あまりにも若すぎた。十三歳 。
光秀は、信長より、確実に、先に死ぬ。
光秀は、かつて、大病を患ったことがあった。
体力的に、それ程、頑健ではなかった。
「老い」の問題。
「人生五十年」の時代。老い先は、そう、長くはない。
いつ、死んでも、おかしくない年代だった。
未熟な光慶を一人残して、・・・・・。
光秀は、信長の気性・性格を知悉していた。
役に立たねば捨てられる。
光秀は、粛清を怖れていた。
「天下布武」が成った後。
その時、自分は生きているのだろうか、・・・・・。
残された時間は、あまりにも短い。
光秀の、いない明智氏。信長は、生きている。
光秀は、不安だった。
明智の将来は、暗い。明智に、危機が迫っていた。
◎P14 ◎第14話 4 光秀の苦悩 4粛清の怖れ 6/7
時代の風潮 粛清、不意討ち、佐久間信盛。
信長は、信盛を切り捨てた。信盛は、不意を衝かれた。
そして、追放。信盛は、全てを失った。
地位も、名誉も、所領も、家臣も、財産も。
信盛は、粛清された。
信長の人物像 信長は、粛清の人。不意を衝く。恐ろしい男なのである。
信長は、絶対専制君主。
誇り高く、執念深い。口答えなど、以ての外なのである。
抑も、天下を申しつくる信長に、口答申す輩(ともがら)、
光秀の人物像 光秀は、典型的な戦国武将。
洞察力に優れていた。
光秀には、先が見えた。
粛清の怖れ 光秀は、この光景を目の当たりにした。
光秀は、大きな衝撃をうけた。
「狡兎死して、走狗煮らる」 用が済めば、捨てられる。
「明日は、我が身」 身につまされる思いであった。
光秀は、粛清を怖れていた。
光秀の苦悩 光秀は、粛清を怖れていた。
光秀には、先が見えた。
「天下布武」の成った後、・・・・・。
「その時は」、必ず、やって来る。
ならば、・・・・・。
時間的に、まだ、余裕があった。
◎P15 ◎第15話 4 光秀の苦悩 4粛清の怖れ 7/7
信長の人物像 信長は、執念深い。
最後まで、信盛を赦さなかった。
信長は、苛烈だった。しかも、徹底していた。
信盛は、逐電した。落ちぶれ果てた哀れな姿であった。
紀伊州熊野の奥、足に任せて逐電なり。
信盛は、失意のうちに亡くなった。大和十津川にて、没す。
享年、五十五という。佐久間、十津川の湯にて死ぬにつき、
これが、織田家重臣筆頭者の末路である。
信長は、命に逆らう者を容赦しない。
信長は、絶対専制君主。誰よりも、誇り高い男なのである。
本願寺を、屈服させた男。恐ろしい男なのである。
高野滅亡、時刻到来か。
「摂津伊丹の牢人ども」 高野山は、抗戦の姿勢を見せた。
高野聖を成敗。その数、何と、数百人。
信長の性格 執念深い 苛烈 厳しく、激しい 徹底 誇り高い
光秀の人物像 光秀は、歴とした戦国武将。不撓不屈の男。
強靭な精神力、強固な意志、実行力を合わせ持つ男。
幾度も、艱難辛苦を乗り越えて来た。
光秀の苦悩 逐電、嬲り殺し。佐久間信盛の死。重臣筆頭者の末路。
その時、光秀は、奈良にいた。そこで、信盛の死を知った。
光秀は、佐久間信盛の死に様を知っている。
これが、信長の仕打ち。確と、「肝に銘ずべし」。
光秀の心中、穏やかならず。
光秀の苦悩は、次第に大きくなっていく。
「油断」、すなわち、「死」。
「幸」と「不幸」は、紙一重。
一瞬にして、人生が変わってしまう。
「陥穽」は、至るところに隠れていた。
「災い」は、音を立てずにやって来る。
光秀の心の内には、秘する思いがあった。
・・・・・。それが、己の生きる道。
◎P16 ◎第16話 4光秀の苦悩 5分かれ道 1/3
信長の人物像 信長は、苛烈だった。厳しく、激しやすい性格だった。
特に、近年。・・・・・。
予測、不能。それは、ある日、突然、やって来る。
竹生島、参詣事件。
信長は、きわめて健康だった。
信長は、その日のうちに帰城した。
「希代の題目なり」
並外れた、気力・体力の持ち主である。
信長は、女房衆らを誅殺した。
「御成敗侯なり」
女と雖も、容赦せず。
信長の性格 信長は、苛烈だった。厳しく、激しやすい性格だった。
竹生島、参詣事件。
信長は、疑い深く、用心深い。
だが、稀に「隙」を見せることがあった。
信長は、わずかな供廻りで安土城を発った。
光秀の人物像 その頃、光秀は丹後にいた。
亀山→福知山→宮津。津田宗及らを同道。
光秀は、福知山城に明智秀満を置いていた。饗応。
束の間の平穏。世俗を離れて。
その途上にて。ひと時を楽しむ。
光秀は、風流の人である。
光秀の家族 明智秀満、光秀の娘聟。
光秀には、娘が三人いた。
内一人が、荒木村重の嫡男村次に嫁いだ。
しかし、謀反により、離縁され、明智に戻された。
後、秀満に再嫁した。
◎P17 ◎第17話 4光秀の苦悩 5分かれ道 2/3
信長の人物像 信長は、竹生島参詣後、女房衆を誅殺した。
信長は、絶対専制君主。
大きな夢があった。やり遂げねばならぬ、目的だった。
難題山積。緊張の日々。
信長は、完璧主義者。
頭の回転が速く。「隙」を見せず。
気力・体力が充実し。図抜けた、実行力があった。
信長は、心身ともに、多忙を極めていた。
心の余裕を失っていた。
光秀の人物像 光秀は、風流の人。
「紹巴、宗及、宗二、道是」を同道。 当代一流の文化人。
天橋立に遊び、連歌を楽しむ。
「戦のない世」、その有難さが身に染みた。
最良の一日であった。
光秀の実像。
信長とは、異なる部分を有していた。
光秀は、心(しん)から、茶の湯・連歌が好きだった。
光秀は、武将でありながら、文芸を好む人物だった。
光秀は、節度の人。己の分を弁(わきま)えていた。
佐久間信栄は、深入りしすぎて、その身を滅ぼした。
光秀は、文武両道の人。
権謀術数に長け。目的のためには、手段を選ばず。
戦国武将として、為すべき時に、為すべきことを、
躊躇なく、成し遂げることが出来た。
信長にとって、重宝で、得難い人材だった。
光秀の家族 「惟任日向守殿父子三人」 光秀・光慶・秀満。
細川忠興は、光秀の娘婿である。
光秀の三女。後の細川ガラシャ。
志向の相違 信長の竹生島参詣事件と光秀の天橋立遊覧。
実に、好対照な出来事であった。
たまたま、偶然が重なっただけ。
「陰」と「陽」。あまりにも、際立つ、その違い。
やがて、それは、あの大事件へと繋がっていく。
藤孝の人物像 細川藤孝が光秀一行を出迎えた。
宮津に到着。そして、饗応。心地よい時が流れる。
藤孝は、丹後を拝領している。
「長岡兵部太夫殿父子三人」
細川藤孝、嫡男忠興(与一郎)、二男興元(頓五郎)。
◎P18 ◎第18話 4光秀の苦悩 5分かれ道 3/3
信長の人物像 信長は、目的意識の高い男である。
東の武田。西の毛利。これらを下せば、・・・・・。
「天下布武」は、成る。そう、見ていた。
天下統一後、さらなる夢へ。
イエズス会の宣教師たち。
信長は、「伴天連ども」に会うのを心待ちにしていた。
そして、その夢は、次第に膨らんでいく。
信長の志向 天下統一後、さらなる夢へ。
そして、その夢は、次第に膨らんでいく。
光秀の人物像 守るべき者 光秀には、守らねばならぬ者たちがいた。
明智は、絶頂期にあった。光秀は、その家長。
光秀の後継者 後継者光慶
光秀の家族 嫡男光慶
光秀には、守らねばならぬ者たちがいた。
家族がいる。一族がいる。多くの家臣たちがいた。
志向の相違 信長と光秀。ここが、二人の分かれ道であった。
この辺りからである。
二人の目指す方向に、微妙なズレが生じてきた。
二人の距離は、少しづつ、離れていく。
本能寺の変。天正十年1582、六月二日。
これが、その一年二ヶ月ほど前の状況であった。
時は、刻々と流れて行く。
守るべき者 光秀には、守らねばならぬ者たちがいた。
あの時は、何も無かった。「なれど」、今は、違う。
家族がいる。一族がいる。多くの家臣たちがいた。
明智は、絶頂期にあった。
光秀は、その家長。全てが、己の一身に懸かっていた。
「守らねばならぬ」 極めて、自然な流れである。
光秀の苦悩 自身の年齢のこと。
後継者光慶のこと。
守るべき者たちのこと。
◎P19 ◎第19話 5藤孝との出会い 1将軍殺害 1/3
時代の風潮 永禄八年1565、五月十九日。
世を震撼させる大事件が勃発した。
三好氏による下剋上であった。
「永禄の変」、と云われる。
将軍義輝が殺害された。
大衆は、世の乱れを憂えた。
「世も末」とは、正に、このこと。
下剋上が罷り通る時代だった。
信長の人物像 永禄八年1565、五月十九日。
将軍義輝が殺害された。
この事件が全ての始まりだった。
信長に、とっても。
光秀に、とっても。
光秀の人物像 光秀は、足利義輝に仕えていない。
永禄八年1565、五月十九日。
将軍義輝が殺害された。
この事件が全ての始まりだった。
信長に、とっても。
光秀に、とっても。
藤孝の人物像 細川藤孝は、信長と同年齢である。
藤孝は、元々、第十三代将軍足利義輝の家臣だった。
◎P20 ◎第20話 5藤孝との出会い 1将軍殺害 2/3
時代の風潮 義輝の次弟覚慶は、捕らわれの身となった。
この覚慶こそ、後の足利義昭である。
義昭(覚慶)は、奈良を脱出した。
義昭は、幕府再興に動き出した。
光秀の人物像 義輝の次弟覚慶は、捕らわれの身となった。
この覚慶こそ、後の足利義昭である。
義昭(覚慶)は、奈良を脱出した。
義昭は、幕府再興に動き出した。
光秀は、後に、この義昭に仕えることになる。
丹波の赤井直正。
やがて、光秀の宿敵となる男である。
⇒ 次へつづく
