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「戦略的かまってちゃん」でいい:承認欲求を飼いならすセルフケアとしてのSNS運用|エッセイ|日常


🏘 noteの「やさしい世界」と50代の違和感


noteという村に住民票を入れてしばらく経ちますが、ここ、改めて考えると異常な場所じゃないですか⁉️
(おっと、いきなり喧嘩を売ってるわけじゃないですよ! 愛情表現です、たぶん!)


誰かが道で小石につまずいて「痛っ」て言っただけで、村の四方八方から 「大丈夫!?」「痛かったね!」「生きててえらい!」 って、村人が総出で高級な絆創膏と栄養ドリンクを持って駆けつけてくるような…。



正直、始めたばかりの頃の私は、この過剰なやさしさに溺れていました。 「スキ」が一個つくだけで「わたし、文才あるんじゃね?」と勘違いし、フォローされれば小躍りして。(チョロい。あまりにも純粋でチョロい私🥰)


でもね、慣れとは恐ろしいもので。


だんだん、その「やさしさ」の裏側を勘ぐり始めちゃうんですよ。
ひねくれ者だから。


「これ、フォローバックを強要されてる?」
『私の記事にもコメントしろ』という無言の圧?」


純粋な好意が、いつしか「互助」という名の闇取引に見えてきて。


「あれ? ここ、私が知ってる地球と物理法則が違わない?」
以前記事にも書きましたが、まるでパラレルワールド」に迷い込んだような、、、、。 やさしいけれど、息苦しい。


「はいはい、またそのパターンね。私はその手には乗りませんよ」 なんて、勝手に斜に構えて、孤独なスナイパー気取りでタイムラインを眺めていました。 (何と戦っていたんでしょうね、わたしは😅)


📉 「フォロワー達成報告」の謎。なぜ業務報告に見える?


その中でも、わたしのちっぽけな脳みそでは処理しきれず、ずっとエラーを起こしていたのが「フォロワー〇〇人達成報告」と「コングラ報告」です。

いや、わかりますよ。
収益化を目指すガチ勢の方々にとっては、数字は正義。重要なKPI。資本主義の基本です。


でも、そうじゃない(ように見える)人までが、 「今月は〇〇人増えました!」「コングラボード、3枚いただきました!」 って報告しているのを見て、私は勝手にフリーズしていました。


「えっ、なになに? これは四半期の決算報告か何か?」
「わたしは株主として招集されてるの?」
「承認のハンコ押した方がいい?」


まぁね、どんだけ自意識過剰なんだよって話です。
わたしの情緒がこじらせすぎて、素直に受け取れなくなっていただけなんですけどね(笑)。


🍎 関節リウマチの「りんご」が教えてくれたこと


そんな分析家気取りのわたしの頭に、ある日、特大のブーメランが突き刺さりました。

わたしが書いた記事、タイトル「りんごの皮をむいた、それだけの話じゃなかった。」
………いやいや、 「チラシの裏に書け」案件でしょ、これ。
50代主婦が、りんご剥けただけで記事にするってさぁ。


でもね、その時のわたしは、その感動を、ただ誰かと分かち合いたかった!知って欲しかった!


そう、わたしが一番の「かまってちゃん」だったというオチ。


言い訳をさせてください(必死💦)。

わたし、リウマチで何年も指が不自由で、ナイフなんて握れなかったんです。 それが、最近調子がいい感じで、試しにやってみたら、あれよあれよと皮が剥けた。 あの時の感動ったら!


「見て! わたしの手、まだ死んでないよ! 生きてるよ!」って、世界中の中心で叫びたい
気分だったんです。


他人から見れば「ただの家事報告」
でもわたしにとっては、「奇跡の生還劇」だったわけで。



⚡️ 「フォロワー数」の裏にある物語への想像力


でもね、ある時、ふと気が付いたんです。 (効果音:ガビーン⚡️ ※昭和)

わたしが「りんご」に壮大なドラマを感じていたように、 私が鼻で笑っていた(ごめんちゃいね😣)あの人の「フォロワー100人達成報告」にも、私には見えない「リウマチのりんご」が隠されているんじゃないか?って。


「100人達成」と書いたその人は、もしかしたら何年も間引きこもっていて、ようやく社会と繋がれた証として震える手で書いたのかもしれない。 「散歩に行きました」という報告は、こころのリハビリの、血の滲むような第一歩なのかもしれない。


わたしはその背景にあるドラマ(文脈)を想像もせず、表面上の数字だけを見て 「はいはい、業務報告乙」 なんて切り捨てていた。かもしれない。


もし、そうだったら……恥ずかしい😞
穴があったら入りたいし、なんなら埋めてほしい。
本当にイタいのは、純粋に自分の「奇跡」を報告している彼らじゃなくて、腕組みして評論家ぶって見ていたわたしの方でした。


✨ 戦略的「かまってちゃん」は最強のセルフケア


謎はすべて解けました。 あれは業務報告じゃなかったんです。

「ねえねえ! 嬉しいことがあったから、みんなでハイタッチしようぜ!」 「イエーイ!」

っていう、ただの「喜びのお裾分け会」だったんですよ。
理屈じゃない。ただの人間味。


そう気づいたら、急にタイムラインの報告記事たちも、可愛らしくみえてきました。


そしてね、思うんです。


自分の心の奥にある「寂しい」とか「認めてほしい」という小さな声。


大人はつい、それを「いい歳して恥ずかしい」なんて無視してしまいがちです。でも、その声を無視しないで、ちゃんと拾ってあげる。


「よしよし、今は褒められたいんだね」
「じゃあ、みんなにハイタッチを求めに行こうか」
って、自分で自分の欲求を満たす行動をとってあげる。


これって、自分を大切にする立派な「セルフケア」なんじゃないでしょうか。


承認欲求って、「無自覚」だと暴走してモンスターになるけど、 「自覚」して飼い慣らせば、自分を助ける最高のパートナーになるはず!


だから、これを読んでいるあなたも、もし「寂しいな」と思ったら、遠慮なくここで「かまってちゃん」になればいいと思うんです。


そして、わたしはこれからも、このやさしい世界で、ごきげんに暮らしていきます😆


🙌 まとめ:「イ・キ・テ・ル・ヨ」のサインとエア・ハイタッチ


もし、わたしの「かまって記事」を見かけたら、それがわたしの「イ・キ・テ・ル・ヨ」のサイン。(ブレーキランプ5回点滅🚘、見逃さないで!)
もし見かけたら、どうぞ生温かい目で見守ってやってください。

そして私もこれからは、誰かの「ご報告」を見かけたら、全力でエア・ハイタッチ(スキ)をしに行こうと思います🙌


背景なんて知らなくていい。
私のりんごが私にとっての大事件であるように、あなたのその報告も、きっと何かの奇跡。


さ、私もまた「散歩に行きました!」って報告記事でも書こうかな😝


どうぞ、やさしい日曜の午後をお過ごしくださいませ🤗


こころに余白を、暮らしにごきげんを🌱



😊うれしいお知らせです。


みなさまのあたたかい応援のおかげで、なんと12月7日に投稿したこの記事が12月8日付、#私は私のここが好き コングラボードをいただきました。

本当に、本当にありがとうございます😆





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