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妄想シティ 第15話


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 借金を返すために、僕は働かなければならない。
 今ある借金をゼロにしなければ、僕はここから出ることができない。

 ミイラになることを受け入れてしまえば、ここから出る必要なんて無くなる。
 だけど正しい判断が出来るうちに、ここから出れる状態にしておかなければならない。

 僕は決められた勤務先へと出勤した。
 そこは、電気自動車の組立て工場だった。
 ほとんど今までデスクワークしかしてこなかった僕にとって工場での組立て作業はある意味新鮮だった。

 作業内容は単純で、すぐに覚えることができた。
 一つ年上の同僚、岸田弘一とはすぐに仲良くなって、順調なスタートだった。

 昼は工場の食堂で食べる。食堂は工場のまかないで無料だ。
 昼のチャイムが鳴ると、僕と岸田は食堂へと向かった。
 500人くらい収納できる大食堂で、並んで配給を受ける。
 食堂は混雑し、人で一杯だが、これでも収納しきれずに交代性になっている。
 僕らは適当なテーブルへと座る。

 食事は中国料理で、ぱさぱさのご飯に油っぽくて辛い炒め物だった。
 何の肉か何の野菜か判別不可能で、味も今までに食べたことのないものだった。
 それはあまりうまいものではなかった。

 そんな僕の様子を見て、岸田が僕に話しかける。
「これでも慣れると旨いんだ。以前俺がいたところよりも、ぜんぜん旨い」
「以前いたところ?」
「俺は刑務所にいたんだ」

 定時のチャイムが鳴った。
 僕はなんとか無事に初日の仕事を終えることができた。

 IDカードを通して帰宅しようとしていると、岸田が僕に声をかけた。
「飯でも食いに行かないか?」
 僕はうなづく。

 僕らは妄想喫茶へと行った。
 妄想喫茶はすべて個室となっており、喫茶店とは言ってもちゃんとした食事ができるようになっている。
 この街のしくみは、何だかやっぱり奇妙だ。

「居酒屋にでも行くのかと思った」と僕は言った。
「この街には居酒屋なんて無いよ」と岸田は答えた。
「どうして?」
「この街はたばこも酒も禁止だからな。知らなかったか?」
 僕はうなづく。
「昔のシカゴみたいだな。禁酒法か?」
 ふふふと岸田は笑う。
「どうしてたばこと酒が禁止なんだ?」
「たばこも酒も、脳の機能を覚醒させることによってリラックス効果を得るものだ。脳の機能を麻痺させるということは、とても危険なことだとこの街では考えられている。脳を麻痺させると、自我のコントロールができなくなる。自我のコントロールができなければ人は欲望のままに人を傷つけ、犯罪行為に走るだろう。治安を守るために、そうした行為は禁止されているんだ」
「非常に論理的だな。でもそれじゃあ皆の欲求不満がたまるだろう」
「そのために、こうした妄想喫茶や妄想ルームがあるんだよ」
「どういうこと?」
「ここに来て、何か感じなかったか?」
「ああ、何かほっとする」
「そう、ほっとするようにできてるんだ」
「ほっとするようにできてる?」
「妄想がしやすいように空調がされているんだ」
「空気中の不純物濃度を薄くしているということか?」
「そうだ」

「妄想には覚醒効果がある。妄想することで、人はストレスを解消し、また喜びを得ることができる。たばこや酒とは違って外的作用による覚醒ではないから、自我のコントロールが可能だ。妄想はもっとも安全で効果的な覚醒剤と言えるんだ」
「なるほど」
「この街の人間は皆個人主義だ。人との係わり合いを必要としていない。徹底的に自己満足を追求している。だから犯罪もほとんど起こらない。まさに理想世界。戦争も人殺しも無い、平和な世界だ」
 と話している岸田の口は歪んでいた。
「本当にそう思っているのか?」
「論理的には間違いは無い。だけど、すべてが論理で片付けられるのか?」

 食事が運ばれてきた。それは、普通のハンバーグ・ステーキだった。
「中国料理以外もあるんだ」と僕は思わず言ってしまった。
「当たり前だ、ここは中国じゃない」

「葡萄ジュースだって、こうやってワイン・グラスで飲めば、ワインになる」
 岸田はそう言って、「乾杯」と言った。
 僕らはワイングラスをカチンと当てる。
「脳をだますことなんて、簡単だよ。これがワインだと思えばワインの味がするし、ほどよく酔っ払うことができる」
 僕は葡萄ジュースを飲む。本当だ。ワインの味わいが口の中に広がり、気分が高揚した。
「悪酔いもせず、二日酔いにもならない。便利なもんだよ」
 そう言って、岸田は笑った。

「刑務所を出てから、俺には行くことろが無かった。俺の故郷は犯罪者を人として認めなかった。周りからは白い目で見られ、仕事を見つけることができなかった。東京に出てみたが、やっぱりろくな仕事にありつけなかった。そんなとき、昔の刑務所仲間から天国みたいなところがあると聞いたんだ。天国なんてあるもんか、と思ったが、それにすがるしかなかった。それで、俺はこの街にやってきた」
「それで、ここは天国だったのか?」
「わからない。でも、天国に限りなく近いところだ」

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 僕は毎日働き、借金を返してゆくことにした。できるだけ節約するために、夕食は安い食堂を利用した。つまり中国料理だ。
 中国料理は、本当に底なしだった。安いもの、安いものを選んでゆくと、限りなく無料に近いくらいの価格で食べることができた。
 だけどその食材がどこから来るのか、何なのかはわからなかった。だけど気にしなければいい。僕はだんだんとそう思うようになった。

 須田とはその後会うことは無かった。
 彼は彼なりに充実した生活を送っているようだからそうっとしておけば良いと思った。
 今は毎日働き、いつでもここから出られる状態にまでしておくことが重要だ。
 岸田とも、仕事以外で会うことは無かった。
 僕はただ毎日を単調に暮らしていた。

 そんな生活を続けていると、気晴らしがしたくなる。
 だけどもここにある娯楽施設と言ったら、妄想ルームだけだった。
 映画館も、ボーリング場も、バッティング・センターも、ゴルフ場も、ゲームセンターもこの街には無かった。
 映画は部屋のテレビで好きなだけただで見れるし、その他の娯楽はすべて妄想ルームを利用してバーチャルでできるから必要が無い、というのがこの街のシステムだ。
 僕は仕方なく、妄想ルームに一人で行くことにした。

 僕が入った妄想ルームは、須田と行った妄想ルームとは違う妄想ルームだった。
 なにしろこの街にはいたるところに妄想ルームがある。というか、この街には妄想ルームか妄想喫茶くらいしか店がないのだ。

 その妄想ルームは須田と行った妄想ルームよりも少し豪華に見えた。中に入って妄想をしてしまえば外観なんてどうでもいいはずだが、どの店も他とは違った趣向をこらしていた。そしてなぜだか値段もまちまちだった。

 僕は妄想ルームのリクライニング・チェアーに座り、目を閉じた。
 室内の装飾は豪華で、椅子も豪華だった。そこには須田と行った歯医者のイメージは無かった。

 僕は妄想を始めた。いつものように僕の妄想に現れるのは廃墟だった。
 それは僕が無意識の内に妄想してしまういつもの光景なのだ。
 この廃墟の光景が、以前の僕の心を平安に保ってくれていたものだった。
 しかしながら、それもしっくりこない。
 なぜなら今住んでいるこの街自体が廃墟に近いものだったからだ。

 僕は草原に向かい、丘の上で歌った。
 僕はポールマッカートニーになって、丘の上で歌った。
 そして僕の目の前に笠原香織が現われた。

 香織はいつものように明るく僕に微笑んでくれた。
 辺りは色とりどりの花で包まれた。
 僕はもう何年も感じることの無かった開放感に包まれた。

「香織、君がいなくなってから、僕は生きる希望を無くしていた」
 僕は正直に、今の気持ちを告白した。
「私は、すっとあなたのそばにいるよ」
 と香織は答える。僕はそれに違和感を感じる。
 いつもの僕の妄想の中の香織だったら、「あなたが私を殺したくせに」と答えるのに。そう言って僕のことを責め立てるのに。なのに今日の香織はやさしかった。
 これはきっと、誰かが僕の妄想をサポートしてくれているということなのだろう。

「君は誰だ?」と僕は香織に訊ねる。
「私は私」と香織は答える。
「君は香織じゃない」
「あなたが私を香織じゃないと言うのであれば、それはきっとそうなのね。私はいつでもあなたが望む通りの存在なのだから」
「そんなのありえない」
「ありえないことなんて、この世の中にはありえないのよ。何だってありえるの。何だってありえるのよ。あなたきっと疲れているのね。あなたが背負っているものを全部下ろして、楽になりなさい」
 キャリー・ザット・ウェイト?

「君は誰だ?」
「私は笠原香織」

「裸になりなさい。何もかもを捨てて、裸になりなさい」と香織は言った。
 僕は裸になった。
 そして香織も裸になった。

 香織の裸体は美しかった。僕は以前何度も抱いた香織の体を抱きしめた。
 あの頃と同じ肌のぬくもりを僕は感じた。

 僕はこの妄想ルームのシステムの凄さに改めて驚いた。
 ここでの妄想は完璧なまでに現実に近かった。
 香織の肌の感触、体臭、何もかもが現実だった。
 そして何もかもが思い通りだ。
 僕は香織を抱き、快楽の中にいた。


第16話につづく。


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甘野充 言葉だけでは伝わりません。 コメントはチップとともに。 「謎解きはディナーの後に、みたいに言うな!」