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妄想シティ 第14話

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 地下鉄に乗り、須田が生活している最寄り駅まで行く。
 駅から十分くらい歩くと、勤め先の工場の前に来た。僕は工場の門の前で須田を待った。

 勤務時間終了の時間になると、終業のチャイムが鳴り、工員たちが建物の中から出てきた。ものすごい数の人々が列をつくり、IDカードを通して次から次へと門の外へと流れ出てくる。
 僕はその人ごみの中から須田を探す。見つかるだろうかという不安を抱えながら観察していると、なんとか須田の姿を見つけることができた。
 僕が須田に声をかけると、須田はびっくりした様子で僕を見た。
「兄さんじゃないですか、どうしたんですか?」
 こいつ、すっかり呼び方が元に戻ってる。

「今日からレベル3で暮らすことになったんだ」
 と僕は須田に告げた。
「そうですか、ここは最高ですよ」
 と須田は答えた。

 何が最高なのだろう?
 どう見ても最低としか思えないが。

「僕はすぐそこに住んでるんですよ」と須田は言った。
 僕は須田に連れられて、須田の住居へと向かった。

 須田の住居を見て、僕は驚いた。
 それはどう見てもカプセルホテルだった。たくさんの丸いハッチが通路の両側に無数に設置され、その中の一つを開けると人が横になって寝るスペースがあるだけの空間が存在していた。
「寝るだけなんでね、これで十分なんですよ」
 
 これが最高なのか?

「飯、食いに行きましょう」

 須田に連れて行かれたのは、中国料理の定食屋だった。
「ここ、うまいんですよ」と須田。
 だけど、汚い。これは汚なうまい店か?

 メニューはすべて中国語で書かれていて、まるでわからなかった。
「適当に注文しちゃいますよ」と須田は言うと、何皿かの料理を注文した。店員は中国人だった。
「最初にこうやって、箸やレンゲをお茶で洗うんですよ」
 と須田は言うと、目の前でそれをやって見せた。使ったお茶は、透明な丸いボールに捨てる。
「お茶には殺菌効果があるんですよ」
「殺菌?」
「まあ、なんだか知らないけど、それがここのマナーみたいなんで」と須田は笑う。

「入所手続きカウンターで、お前の職場と住居は最低レベルだと言われたけど」と僕は須田に尋ねる。
「ははは、そうですか。まあ確かに上級者レベルかもしれませんね。でも慣れると快適ですよ」
「本当か?」
「ええ」
「カプセルホテルでか?」
「ええ、寝るだけだし」
「それがわからないんだけど、寝る意外はどこでどうやって過ごしているんだ?」
「妄想ルームですよ」
「妄想ルーム?」

 テーブルの上に、中国料理が並べられた。どれも今までに見たことが無い料理ばかりだった。だけど須田の言うように、どの料理もうまかった。
「うまいでしょ? 中国料理は日本料理の半額ぐらいで食べられるんですよ。うまくて安いから、僕はいつも中国料理です」
「なるほどね」
 と僕は頷く。
「ところで妄想ルームっていうのは何なんだ?」
「妄想世界に浸ることができる部屋です。そこでは何でも自分の思い通りになるんです」
「ふうん」
「後で一緒に行きましょう。行けばわかります」
「うん」

29

 須田に連れられて、僕は妄想ルームに行った。
 建物の中に入ると、何だか気持ちがほっとした。
「ここに来ると、気分が落ち着くんです」と須田は言う。
 確かにその通りだ。どうしてだろう?
「いつもは一人で利用するんですが、今日は二人で行きましょう」と言って、須田は二人部屋を頼んだ。

 イメージ的にはカラオケボックスみたいな感じなのだが、部屋は4畳半くらいの狭いもので、そこに2つのリクライニングチェアーが置かれていた。リクライニングチェアーの前には液晶モニターがそれぞれに設置されている。
 僕らはそれぞれの席に座った。

「まるで歯医者みたいだな」と僕は言った。
 そう、ちょうど歯医者にあるような椅子で、これから歯科治療を受けるのではないかと思うような体勢だ。

 やがて照明が暗くなった。

「ここは妄想で遊ぶところなんですよ。兄さん、好きな妄想をしてください」
 須田はそう言って目を閉じた。
 僕は想像を創造する。僕は小高い丘を駆け上がる。
 僕はポール・マッカートニーだ。走りながら、歌を歌う。
 フール・オン・ザ・ヒル。
 丘の上の馬鹿。僕は丘の上の馬鹿だ。

「兄さんが妄想しているその外人、誰っすか?」
「ポール・マッカートニーだよ」
「誰すかそれ?」
「ビートルズのメンバーだよ。知らない?」
 須田は首を横に振る。

「コンピュータ、ポール・マッカートニーを頼む」
 と須田が言った。すると、目の前の液晶モニターにポール・マッカートニーが映し出された。
「なるほど」と須田は満足そうに頷いた。

「記憶に無い映像は、妄想で再現できないことは知ってますよね? ここのシステムはその記憶の欠落を補ってくれるんですよ」
 なるほど、よく出来ている。と僕は関心した。

「兄さん、僕の恋人を紹介しますよ」
「恋人?」
 須田はにやりと笑った。

「コンピュータ、杉原なおこを頼む」
「杉原なおこ?」
 僕は何だか聞き覚えのある名前だと思う。だけど、誰だったっけ?

 目の前の液晶ディスプレイに杉原なおこの顔が映し出された。
 ああ、確かに見覚えがある。
 彼女はアイドル・グループ「リアル・エンジェルス」のメンバーだ。

「覚えてますか? 彼女?」
 と須田が僕を見る。
「ああ、覚えてるよ」
「僕、彼女と付き合ってるんですよ」と言ってにこりと笑うと、「目をつぶってください」と続けた。僕は、目をつぶった。

 草原の中に、須田となおこがいた。
 なおこは僕にニコリと微笑みかけ、「こんにちは」と言った。
「僕の兄貴、早坂憲治さん」と須田はなおこに僕を紹介した。
「初めまして、早坂さん」となおこ。

「これはお前の妄想だろう?」と僕は須田に訊ねる。
「いいえ、彼女は本物です」
「本物?」

「確かにこれは実体ではありません。だけどこれは僕の妄想では無くて、なおこ自身の妄想なんです。だから彼女自身は本物なんです」
「本物の妄想というわけか」
「はい」

「明彦、ごめんね。今日は他のお客さんの予約があるから」となおこ。
「うん、いいよ。今日は兄さんに君を紹介したかっただけだから」
「ほんとにごめん」
「大丈夫。じゃあ仕事がんばって」
「うん。ばいばい」
 なおこの姿が目の前からすっと消えた。

「なおこはここで働いているんです。この妄想ルームの良い所は、自分の妄想世界をサポートしてくれるスタッフがいるということなんですよ。自分だけの妄想だけだとやっぱり偏ってしまうし、頭も疲れる。それでそれをサポートしてくれるというわけです」
「なるほどね」
「僕の夢を見せますね」
「夢?」

 一瞬にして、周りは大浴場になった。そしてたくさんの裸の女たち。
「どうですか? これが僕が求めていた世界。ユートピア。ハーレムですよ」
 須田は満足そうに笑った。
「女、女、女。しかもみーんな僕の好み。その上みんな僕の言いなりです。どうです、最高でしょう?」
「夢が叶ったってわけか」
「そうですよ。もう何も望むことなんてないです」
「ここは、夢の叶う街なのか? そう言えば、和美も夢が叶ったって言っていたな」
「姉さんに会ったんですか?」
「うん」

 みんな、ここで夢を叶えている。何も問題が無い。
 いや、佳子は違う。佳子だけは違う。

「それで、本当に幸せなのか? それは本当に正しいのか?」
 僕は須田に訊ねた。
「兄さん、本当なんてどうだっていいんですよ。幸せは、感じるものですよ」

 僕にはわからない。何が正しいことなのか。
 僕は真実を求めている。
 ただ、真実を求めている。
 愛と平和を求めている。

 真実なんて必要が無いのか?
 幸せは、ただ感じれば良いものなのか?

 僕にはわからない。
 まだ、僕にはわからない。

第15話につづく。


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甘野充 言葉だけでは伝わりません。 コメントはチップとともに。 「謎解きはディナーの後に、みたいに言うな!」