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妄想シティ 第17話

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 僕は手錠をかけられ、護送車へと乗せられた。護送車はレベル4へと向かっている。
 どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
 今僕はこの街に来るまではその存在すら知らなかったレベル4へと向かっているのだ。
 だけど岸田は心配するなと言っていた。
 まだチャンスはある。だけどもこれはラストチャンスだ。
 今度自分に負けたら、もう後が無い。
 僕はもう負けられない。僕はもう負けられない。

 レベル4は岸田の言うように、刑務所のようなところだった。
 入所時には頭を丸坊主にされ、制服を支給され、番号が与えられた。
 名前は失われ、これからは与えられた番号が自分の名前となる。
 起床時間、食事時間、入浴時間、就寝時間は厳格に決められていた。
 だけどもここは刑務所ではない。
 ルールを守らないものにたいしては体罰が与えられたが、部屋は個室だし、プライバシーは守られている。
 そしてここで、僕は須田と再会をした。

 僕が食堂で昼飯を食べていると、「兄さん、兄さんじゃないですか」と言う声が聞こえてきた。
 声の方向を見ると、食事のトレーを手に持った須田が僕の方に向かって歩いてくる姿が見えた。
 須田は僕の目の前の席に座った。

「凄いですよね、兄さんの探究心は。レベル4がどんなところかを探りに来たんでしょう?」と目を輝かせながら須田は話し始める。
「そうじゃないんだ。強制的にここに送られてきた」
「え? どうしてですか?」
「まあ、色々とあってね」と僕はお茶を濁す。
「そうですか。僕はちょっとやらかしちゃいましてね」
「何を?」
「兄さん、僕の彼女覚えてるでしょう? 杉原なおこ」
「ああ」と僕は答えながら罪悪感を感じる。僕はなおこを何度も犯したのだ。
「彼女を身請けしようとしたんだけど、そんなお金なんて到底作れなくて、彼女を連れて逃げたんです。それで捕まって、ここに送られてきたんです。たぶん一生ここから出られませんよ」と言いながら笑った。

 レベル4での労働は、レベル3とほとんど変わらないものだった。
 強制労働という感覚は無く、ただレベル3と同じように働き、支出が無い分、確実に借金の返済ができた。
 休日も与えられており、週に一度、僕は太極拳と二胡を習った。
 質素で厳格な毎日を送ることで、僕の心は安定し、精神的にも鍛えられていった。

 僕は来るべくしてここに来たのだと、感じるようになった。
 僕にはこうした生活が必要だったのだ。
 僕の心が救われるために、ここに来るべきだったのだ。
 そして永遠とも思える生活は1年あまりで終結した。

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 ある日、僕は借金が完全に返済されたことを通知された。
 その日は突然に訪れた。でもそれは突然などではない。
 借金額も毎日の返済額も決まっていたものだし、考えてみれは決められたことが決められた通りに実行されただけのことなのだ。

 僕がそう感じたのは、僕の中でその日が来ることを特に期待もしていなかったせいだろう。
 期待どころか意識さえもしていなかった。それは特に意味のあるものでは無かったのだ。

 僕はメディカルチェックを受け、肉体的にも精神的にも異常が無いことが確認されると、レベル4を開放された。
 レベル4を開放されると、無期限の空港行きのリムジンバスのチケットを渡され、レベル1へと連れてゆかれる。
 このまま一般社会へと戻ることもできるし、レベル2に戻って妄想シティに居住することもできる。選択は自由なのだ。
 僕はとりあえず、栗山和美のブティックに行くことにした。

 和美のブティックを訪ねると、和美は僕を亡霊を見るかのような目で見た。
「あなた、生きてたの?」
「ああ」
 和美は少し時間が経つにつれて実感が沸いてきたようで、強張っていた顔が笑顔になり、そして涙を流した。
 僕は何も言葉が見つからなくて立ちつくしていたが、和美は僕に向かってゆっくりと歩いてきて、僕をハグした。

「よかった、生きていて」
「うん」
「今までどうしてたの?」
「レベル4にいたんだ」
「レベル4? そんなところがあるの?」
「うん」
「ともかく、後でゆっくりと話しましょう。私のマンションで待っていたくれない? 私のマンション、覚えてるわよね?」
 と言って、和美はマンションの鍵を僕に手渡した。

 僕は久しぶりにレベル1の街中を歩いた。煌びやかでゴージャスな世界。金と欲望がいっぱいに詰まった世界。僕にはこれが現実とはとても思えない。
 こんなもの、妄想でいくらでも作り出せる。だけどここにあるのは現実だ。本物の物体だ。だけど本物なんかじゃない。こんなもの、本物なんかじゃない。

 僕はレベル1を抜け、レベル2へと入所した。
 借金の無いIDカードを持って入れば、レベル1とレベル2は自由に行き来ができる。
 レベル2に来ると気持ちがほっとする。
 ここが普通の一般社会なのだ、とつくづく思う。
 僕は大きく深呼吸をしてから、和美のマンションへと向かった。

 和美のマンションで僕はくつろぐ。ふかふかのソファーに広めのリビング。
 今までの生活から比べると、夢のような空間だ。
 冷蔵庫からビールを取り出して、飲んだ。
 本物のビールだ。ごくごくと飲む。

 レベル3が天国のようなところだと岸田は言ったが、やっぱり違う。
 このレベル2こそが人間の求める幸せな生活なのだ。

 僕はありきたりの生活に幸せを感じながらしばらくテレビを観てから、シャワーを浴びることにした。
 タオルを探して箪笥の引き出しを開けると、和美の下着類が目に入った。
 色とりどりのブラジャーやパンティーを眺めていると、長い間押さえられていた性欲が爆発しそうになった。
 胸がどきどきして、興奮した。僕はそれを必死で押さえて、タオルだけを手にとってバスルームへと向かった。

 バスルームも広く、僕はバブルバスにしてそれに浸かった。
 ああ、これが幸せなのだと思う。
 シャワーで体を流し、僕は裸のままベッドに寝転んだ。
 ふかふかで気持ちが良かった。
 和美の香りがほのかに香る。
 僕はそのまま眠ってしまった。
 僕は和美と体を求めあう夢を見た。

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 夕方、僕は目を覚ますと洋服を身につけて、ソファーに座ってテレビを観ていた。
 僕はすっかりとリラックスしていた。
 そうこうしているうちに和美が帰ってきた。

「ただいま」と言って和美は部屋に入ってきたのだが、僕は和美が抱きかかえている存在に、驚きを隠せなかった。
 和美は赤ちゃんを抱きかかえていたのだ。
 僕は声も出ずに、ただ和美と赤ちゃんの顔を交互に眺めた。

「私の娘、ひかる、よ」と和美は言った。
「昼間は託児所に預けてるの」
 和美はそう続けた。
「娘?」
「うん」
「父親は?」
「どうでもいいじゃないそんなの。どうせ種馬だし」
「種馬?」
「そう、種馬」

「ちょっと、ひかるにおっぱいをあげるから待っててね」と和美は言うと、おもむろにブラウスのボタンをはずして胸をはだけ、露出した乳首を赤ちゃんにくわえさせた。
 赤ちゃんはおいしそうにチュウチュウとおっぱいを吸った。

 僕は随分と月日が経ったのだと実感した。
 僕がレベル3からレベル4にいる間に、和美は赤ん坊を生み、育てている。
 僕が無駄に生きている間、世の中はものすごいスピードで時間が流れていたのだ。

 赤ん坊を寝かしつけると、和美は夕食を作ってくれた。
 和美の手料理はすごくおいしかった。
 今まで少しずつ生活レベルが落ちていったからまるで気がつかなかったが、僕がレベル4で食べていたものは、とても人間の食べるものでは無いレベルのものだったと思う。
 これが普通の生活なのだ。これが普通の生活なのだ。

 僕らは別々にお風呂に入り、一つのベッドに横になった。
「ごめんね、あなたを一人で戦わせて」と和美は言った。
「いや、まだ戦っているわけじゃないよ。戦うべき相手なのかどうかを調べているだけだ。それよりも、僕はきっと自分自身と戦っているのだと思う」
「自分自身?」
「うん。自分自身との戦いに、まずは決着をつけなければならない」
「そう」と和美は僕の言うことをうまく理解できないようすで相槌をうった。

「レベル3はどんなところだったの?」
「ここに比べれば、酷いところだ。毎日工場の製造ラインで働いて、安い飯を食って寝るだけの生活だ。だけど住んでしまえばそれなりだ。妄想ルームっていうのがあって、そこでは自分の妄想をサポートしてくれるスタッフがいて、自分の思うままの妄想世界が実現できる。現実的な娯楽は何も無いけど、妄想で何でも思い通りになるから、それなりに皆、満足している」
「妄想だけで、満足できるの?」
「うん。現実的にはどうあがいても不可能なことが、妄想では簡単に実現できる。だから皆それで幸せなんだ」
「私には理解できないわね」
「人それぞれだからね。不思議なことに、あそこで暮らしていると、それで満足できてしまうんだ」
「レベル4は?」
「レベル3の妄想ルームの料金は結構高額だから、あまりはまりすぎると僕みたいに借金が膨らんでしまって、レベル4送りになる。レベル4では借金の返済が最優先させられるから、生活態度を厳しく管理される。刑務所みたいなところだけど、罪をおかしたわけじゃないから、借金が返済できれば開放される」
「ふうん」
「自業自得だから仕方が無い」
「辛かったでしょう?」
 と言って和美は僕の髪を優しくなでた。
 僕はその優しさに涙ぐんだ。
「これからどうするの? しばらくここに居る?」
「レベル3に戻る」
「どうして?」
「もう一度会わなければならない人がいるんだ」


 第18話へつづく。


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甘野充 言葉だけでは伝わりません。 コメントはチップとともに。 「謎解きはディナーの後に、みたいに言うな!」