妄想シティ 第12話
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妄想シティに着いたときは、もう夕方になっていた。
街は煌びやかなネオンと照明で輝いていた。
ラスベガスよりももっともっとエキサイティングだった。僕らは胸を膨らませた。
もしこれが本当の観光旅行だったのなら、なんて素敵なんだろう?
ロマンチックでエキサイティング。まるでハネムーンのように僕らは最高の時を過ごすことができるだろう。
だけどこれはまやかしだ。飲み込まれてはいけない。
僕らはやはりラスベガスのような豪華ホテルへと行き、チェックインをした。どこもかしこも豪華絢爛だった。
まあ当たり前と言えば当たり前だ。目が飛び出るほどの金額を請求されるのだから。
僕らはホテルの部屋で少し休憩をすると、街へと出かけた。
ここはレベル1と呼ばれるエリアだ。コンサートホール、劇場、映画館、カジノ、ゲームセンター、高級ブティック、レストランなど、ありとあらゆる娯楽施設が集まっている。
ここを訪れる人々は、そうしたエンターテインメントを求めてやってくる。勿論、歓楽街だってある。人間の欲望を満たすためのすべての施設がここにあるというわけだ。
見たことの無いような豪華で煌びやかな世界に、僕らは戸惑うばかりだ。
しかしながらその中にひとつだけ、僕の見覚えのある建物が存在した。
それは、いつか見たシンプルでシックな洋服が並ぶブティックだった。

ガラス張りの建物の中に、彼女はいた。
彼女は僕の顔を見てにこりともせず、無表情で「いらっしゃいませ」と言った。
彼女の名前は栗山和美。
そう、かつて僕の仲間だった栗山和美だ。
「夢が叶ったっていうわけだ」
と僕は和美に恐る恐る話しかけた。
黒いシックな洋服が並ぶ高級ブティック。それは和美の夢、和美の妄想世界が、まさに忠実に再現されているものだった。
「そうよ。ここは私の夢」
「ミイラ取りがミイラになったってわけだな」
「ミイラの何が悪いの?」
と和美は開き直って答える。
「橘博士にあなたが来ることは聞いているわ。レストランに予約が入れてあるの。食事でもしながら話をしましょう」
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和美の予約したレストランは中華料理の高級レストランだった。
僕も雪子もこんな高級レストランは初めてだったので、緊張した。
僕らは個室に通され、中華の丸テーブルを囲んで座った。
なんだかマフィアの秘密の会合みたいだと思う。
和美はなれた様子で、次々に料理を注文していった。
「飲み物はビールで良いわよね」という和美の問いかけに僕らは黙って頷く。
ほどなく生ビールのジョッキが届けられ、僕らはとりあえず乾杯をした。

「ここに来てわかったんだけど、大友のやっていることは決して世界征服だとかじゃなくて、単なるビジネスだっていうことなの」
和美は唐突に本題に入った。
「それは洗脳されているからそう思うんじゃないのか?」
という僕の反論に、和美はまるで動じない。
「きわめて客観的に、論理的に考えた結果、そう思うのよ」
「ふうん」
「あなたが思っている通り、ここはまやかしの街よ。だけどね、所詮この世の中はみんなまやかしなのよ。この街はそれがただ単にデフォルメされているだけ。私がデザインした洋服は、高い値段でとっても良く売れるのよ。この街じゃあちょっとした高級ブランドなの。この街を訪れるお金持ちたちは、たくさんのお金をここに落としてゆくの。何でもいいのよ。高い値段のついたものを買うことがステータスなんだからね。つまりね、この街のおかげて、私は夢が叶ったの。他の街じゃあこんなにうまくゆかないわ」
「なるほどね。君は自分のエゴを優先させたってわけだ」
僕の言葉に、さすがに和美は怒り心頭してテーブルをどんと叩いた。
「あなたのそのくだらない正義感で、梅田佳子を救ってあげなさいよ!」
声を荒げて、和美は叫んだ。
「佳子はどこにいるんだ?」
「キャバクラにいるわ」
注文した料理が、次々に運び込まれた。
「食べましょう」と冷静に和美が言う。
丸テーブルをくるくると回しながら、料理を小皿にとる。どれもこれはほっぺたが落ちそうになるくらいおいしかった。
「彼女はもう、駄目ね」
和美は悲しそうな表情をする。
「私はまだましな方よ。一応はプライドを持ってちゃんとした洋服を作って売っているもの。そりゃあ値段ほどの価値なんて無いのはわかっているわ。でも決して粗悪品なんか作っていないし、ちょっとだけ儲けさせてもらっているだけ。だけど彼女は、もう完全に堕落してしまってるわ」
「君はそれを放っておいたのか?」
「私にいったい何ができるって言うの? どんな人生を選ぼうが、本人の勝手でしょう? 私だって彼女がキャバクラで働くことは反対したわよ。だけど止められなかった。この街は欲望の街よ。飲まれてしまったら、もう後戻りはできない」
「そうか。それで、須田はどうしてる?」
須田の名前を出したとたん、和美の表情が曇った。
「たぶん、レベル3にいると思うわ」
「たぶん?」
「ええ、あそこは人間の住む所じゃないわよ。まだ生きているかどうか、、」
和美の話では、この街にはレベル1からレベル3までが存在し、レベル1が外来者に解放された繁華街になっており、レベル2とレベル3は住民用の居住区とビジネス街になっている。レベル2は主にレベル1で働く従業員の住居と商店街、会社のオフィスなどがある。レベル3は工場地帯となっており、ワーカーたちが低賃金で働いているのだという。一度レベル3に足を踏み入れると、二度と戻ってこれないとのうわさになっており、レベル3の話題に触れることすらタブーになっているようだ。
「レベル3には、行かない方がいいわよ」
と和美は言う。
「そうはいかないよ。この街でおこっていることをすべて把握するのが僕の目的だ。そうしなければ、本当に正しいことが何なのか、これからどうするべきなのかが分からない」
「そんなこと、どうでもいいじゃない」
「君はどうしてしまったんだよ? 君らしくない」
和美はただただ「ふふふ」と笑うだけだった。
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とってもおいしい食事を終えると、僕らは和美と別れた。
僕は雪子をホテルに返し、梅田佳子の勤めているキャバクラへと向かった。
佳子の勤めているキャバクラは、この街でもトップクラスの高級キャバクラで、佳子はチェリーという源氏名を使っているのだという。
僕はキャバクラの店内に入ると、さっそくチェリーを指名した。
少しして、佳子が僕の目の前にあわられた。佳子は僕の顔を見るとあからさまに嫌な顔をした。
「あなた、生きてたの?」
とそっけなく言うと、佳子は僕の隣に座った。

「お金、あるの? あなたのような人が来るようなところじゃないと思うけど」
と言って煙草に火をつける。
「君に会いに来たんだ」
「私は会いたくなんてなかったけど」
と煙草の煙を吐き出す。
「私はもう、昔の私じゃないの。だからもう、会いたくなんてないのよ。私の心はもうとっくの昔に死んでしまった。今いる私は屍ね。ゾンビよ。延長戦のようなものよね。もう心は死んでしまっているのに、体は生きている。いつ死んでしまってもかまわないと思ってるの。サドンデスよ。だから私にかまわないで欲しいの」
「刹那的だな」
「刹那。いい響きね。気に入ったわ」
「ここを出たいと思わないのか?」
「思わないわ」
「どうして?」
「愚問ね。まったくの愚問ね。あなたってお馬鹿さんね」
「僕はまじめに話しているんだ」
「あら、そう?」
「君は変わってしまった」
「ええ、人はみんな変わるものよ。変わらないのはあなたみたいなお馬鹿さんだけ」
「そうか、、。」
「レベル3に行くつもり?」
と佳子は少しだけ心配そうな表情をして僕に訊ねた。
「うん」
「じゃあ、もう生きているうちは会うことは無いわね」
「どういう意味だ?」
「そういう意味」
「乾杯しましょう」
と佳子が言い、僕らはグラスを合わせた。そしてぐいぐいとビールを一気にのどに流し込む。
飲み終わると、佳子は「さよなら」と僕に言った。
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僕は佳子との会話にならない会話を終わらせて、キャバクラを出た。
釈然としない気持ちだった。佳子がどうしてあんなことを言うのか、分からなかった。やはりミイラ取りがミイラになってしまったということなのか?
ホテルの部屋に帰ると、雪子が心配そうな表情をして僕を出迎えてくれた。
「どうだった?」
という雪子の問いに、僕は首を横に振って答えた。
「明日、レベル2に行ってレベル3を目指す。悪いけど、君は一人で東京に帰ってくれ」
と僕が言うと、雪子は涙を流した。
「泣くなよ。君をレベル3に連れてゆくわけにはいかない」
「いつ帰って来るの?」
「わからない。もう帰れないかもしれない」
「そんなの嫌!」
雪子は僕に抱きついた。僕は雪子を抱きしめる。
僕らは裸になり、抱き合った。
雪子の雪のように白い肌に包まれて、僕はまるで雪の中にいるような気分だった。
どこまでも真っ白で、穢れの無い世界。
男を知らない雪子のピュアな体に、僕は入ってゆく。
僕はこの純真さを忘れない。
僕は決して負けない。
僕は本当に正しいことを見つけ出すんだ。
と心に誓った。
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ホテルをチェックアウトし、雪子を見送った後、僕はレベル2の入り口へと向かった。
そこには、和美が待っていた。
「どうして?」と僕が訊ねると、
「心配だからよ」と和美は答えた。
「佳子には会えた?」
「うん」
「それで、説得はできたの?」
「いや」と僕は首を横に振る。
「だと思った」と和美はうなづく。
「佳子はね、火事で全身やけどを負った弟のために、仕送りをしてるのよ」
「火事?」
「そう、あの子が妄想で燃やしていた家に住んでいた男に、彼女の家は放火されたのよ。両親は亡くなり、弟は大やけどを負った」
「知らなかった」
「色々と、事情があるのよ、人には。だからあなたがその正義感を振り回したって、どうにもならない」
「わかったから、もういいよ。君のその批判は聞き飽きた。僕はただ自分の目で何が起こっているのかを見たいだけだ。どうするかはそれから考える」
「でも、後悔することになるわよ」
第13話につづく。
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