自己肯定感日記は、「ちゃんと頑張ってる自分」を見失わないために書く
一日が終わる頃、なぜか自分のことが嫌になる。
特別に大きな失敗をしたわけじゃない。
誰かに強く責められたわけでもない。
今日一日、何もしていなかったわけでもない。
それなのに、夜になると急に、頭の中で反省会が始まることがあります。
今日も何もできなかった。
もっとちゃんとできたはず。
あの言い方、変だったかもしれない。
LINEの返し方、冷たく見えたかな。
あの人、少しだけ表情が曇っていた気がする。
また考えすぎた。
また人に気を遣いすぎた。
また疲れて、やりたかったことを後回しにした。
結局、今日も変われなかった。
布団に入って、スマホを置いたあと。
部屋が静かになった瞬間に、昼間はなんとか押し込めていた気持ちが、じわっと戻ってくる。
体は疲れているのに、頭だけが止まらない。
「なんで自分はこうなんだろう」
「もっと普通にできればいいのに」
「みんなはちゃんとやっているのに」
そんな言葉が、何度も浮かんでくる。
でも、本当は。
ちゃんと頑張っていたはずなんです。
朝、重たい体を起こした。
気分が乗らなくても、仕事や学校に向かった。
人と話した。
空気を読んだ。
LINEを返した。
嫌なことがあっても、その場をなんとかやり過ごした。
本当は傷ついていたのに、笑って流した。
疲れていても、今日を終わらせた。
それは、何もしていない一日ではなかったはずです。
けれど、自己肯定感が低くなっているときほど、なぜか自分の中に残るのは「できなかったこと」ばかりです。
返信が遅れたこと。
部屋を片づけられなかったこと。
予定通りに進められなかったこと。
うまく話せなかったこと。
また落ち込んでしまったこと。
また自分を責めてしまったこと。
できなかったことは、すぐに見つかる。
でも、耐えたことは見えにくい。
失敗したことは、何度も思い出す。
でも、踏ん張ったことは、すぐに忘れてしまう。
自分を責めた瞬間は、強く残る。
でも、その前に本当は傷ついていたことには、なかなか気づけない。
自己肯定感が低い人は、頑張っていないわけではありません。
むしろ、ずっと頑張ってきた人が多いです。
人に迷惑をかけないように。
嫌われないように。
変に思われないように。
ちゃんとしているように見えるように。
これ以上、誰かをがっかりさせないように。
そうやって、自分の中ではずっと緊張しているのに、外からはそれが見えない。
だから誰にも気づかれない。
そして、自分でも気づけなくなっていく。
「これくらい普通」
「みんなやっている」
「頑張ったうちに入らない」
「もっとできる人はいる」
そんなふうに、自分の頑張りを小さく扱ってしまう。
でも、もし友達が同じ一日を過ごしていたら、きっとこう言えると思うんです。
「それは疲れるよ」
「よく一日終えたね」
「ちゃんと頑張ってたと思うよ」
「そんなに責めなくていいよ」
なのに、自分にだけは言えない。
自分には、いつも少し厳しい。
少しどころか、かなり厳しい。
誰かにはかけないような言葉を、自分には平気で向けてしまう。
「またダメだった」
「何もできなかった」
「こんな自分じゃダメ」
「もっと頑張らなきゃ」
その言葉を毎日浴び続けていたら、心が疲れてしまうのは当然です。
自己肯定感日記は、そんな自分に対して、無理やり前向きな言葉をかけるためのものではありません。
「今日も最高だった」
「私は素晴らしい」
「全部うまくいっている」
そう書ける日があってもいい。
でも、そう書けない日があってもいい。
むしろ、自己肯定感日記は、ポジティブになるためだけのものではありません。
今日しんどかったこと。
本当は傷ついていたこと。
誰にも言えなかった頑張り。
笑って流したけれど、本当は苦しかったこと。
自分を責めた瞬間。
「もう疲れた」と思いながらも、それでも終えた一日。
そういう、普段なら見過ごしてしまうものを、少しずつ拾い直すための場所です。
日記というと、きれいに書かなきゃいけない気がするかもしれません。
毎日続けなきゃ意味がないと思うかもしれません。
良かったことや感謝を書けないと、自分はまたダメなんだと思ってしまうかもしれません。
でも、自己肯定感日記は、反省文ではありません。
できなかったことを採点する場所でもありません。
前向きな自分を演じるための場所でもありません。
自分の気持ちに、少し戻ってくるための場所です。
「今日はしんどかった」
「本当は寂しかった」
「あの言葉が少し刺さった」
「何もできなかったと思っていたけど、最低限はやっていた」
「自分を責めすぎていたかもしれない」
そんなふうに、今日の自分を少しだけ見てあげる。
それだけでも、自己否定に飲み込まれっぱなしだった一日が、ほんの少し違って見えることがあります。
もちろん、日記を書いたからといって、急に自己肯定感が上がるわけではありません。
一晩で自分を好きになれるわけでもありません。
明日からすぐに、自己否定が消えるわけでもないと思います。
それでも、自分の気持ちを何度も置き去りにしてきた人にとって、
「今、自分は何を感じていたんだろう」
と立ち止まる時間は、とても大切です。
なぜなら、自分を責める言葉の奥には、たいてい別の感情が隠れているからです。
「何もできなかった」の奥には、疲れがあるかもしれない。
「また失敗した」の奥には、怖さがあるかもしれない。
「嫌われたかも」の奥には、本当は大切にしたい関係があるのかもしれない。
「もっと頑張らなきゃ」の奥には、ずっと認めてほしかった自分がいるのかもしれない。
自己肯定感日記は、その奥にある気持ちを、少しずつ見つけていくための小さな自己対話です。
上手に書けなくて大丈夫です。
毎日続かなくても大丈夫です。
同じことばかり書いても大丈夫です。
ぐちゃぐちゃな言葉になっても大丈夫です。
大切なのは、きれいな日記を書くことではなく、
「今日の自分を、全部なかったことにしない」
ということです。
この記事では、自己肯定感日記の書き方を、完璧な習慣としてではなく、感情を整理し、自分を見失わないための小さな自己対話として整理していきます。
無理に前向きにならなくていい。
ちゃんと続けられなくてもいい。
ポジティブな言葉が出てこない日があってもいい。
まずは、夜になると自分を責めてしまうその一日の中に、
本当はどんな頑張りがあったのか。
どんな気持ちを飲み込んでいたのか。
どこで傷ついていたのか。
そこを、少しずつ見ていくところから始めていきます。
毎日ちゃんと頑張っているのに、自分だけ認められない
自己肯定感が低い人は、毎日ちゃんと頑張っているのに、自分だけがその頑張りを認められないことがあります。
できなかったことばかり見てしまい、一日が終わる頃には自己嫌悪だけが残る。
「もっと頑張らなきゃ」が止まらない。その状態では、どれだけ動いても心が満たされにくくなります。
できなかったことばかり見てしまう
一日の終わりに、できなかったことばかり浮かぶことがあります。
朝、早く起きられなかった。
返信が遅れた。
仕事で集中できなかった。
部屋を片づけられなかった。
人にうまく返せなかった。
やろうと思っていたことを後回しにした。
できなかったことは、なぜか鮮明に残ります。
でも、できたことはすぐに消えてしまう。
朝起きたこと。
今日を始めたこと。
人と話したこと。
疲れていても予定をこなしたこと。
嫌な気持ちを抱えながらも、一日を終えたこと。
そういうことは、
「当たり前」
として流してしまう。
自己肯定感が低い人は、自分に対する基準がとても高くなっていることがあります。
できて当然。
もっとできるはず。
これくらい誰でもやっている。
頑張ったうちに入らない。
そうやって、自分がやったことを小さく扱ってしまう。
でも、本当にそうでしょうか。
疲れている中で起きること。
不安を抱えながら人と話すこと。
自己否定がある中で、それでも今日を終えること。
それは、簡単なことではないかもしれません。
自己肯定感日記は、できなかったことを無理に消すためではありません。
見落としていた「できていたこと」にも、少し目を向けるためにあります。
一日終わる頃には、自己嫌悪だけ残っている
夜になると、自己嫌悪だけが残る日があります。
誰かに強く怒られたわけでもない。
大きな失敗をしたわけでもない。
でも、なんとなく自分が嫌になる。
「今日も何もできなかった」
「また同じことを繰り返した」
「なんでこんなに疲れてるんだろう」
「もっとちゃんと生きたいのに」
布団に入ってから、頭の中で反省会が始まる。
あの会話。
あの態度。
あの返信。
あのミス。
あの先延ばし。
一つひとつを思い出して、自分を責めてしまう。
でも、自己嫌悪が残る日ほど、本当はたくさん気を張っていた日なのかもしれません。
人に合わせた。
空気を読んだ。
本音を飲み込んだ。
迷惑をかけないようにした。
疲れているのに、普通に見えるように頑張った。
そういう頑張りは、外からは見えません。
自分でも見落としやすい。
だから夜になると、
「今日もダメだった」
だけが残ってしまう。
自己肯定感日記は、その一日の中にあった見えない頑張りを拾うためのものです。
「今日もダメだった」
だけで終わらせないために。
「もっと頑張らなきゃ」が止まらない
自己肯定感が低い人は、頑張っても頑張っても、
「もっと頑張らなきゃ」
が止まらないことがあります。
もっと早く起きなきゃ。
もっと仕事をこなさなきゃ。
もっと人とうまく関わらなきゃ。
もっと前向きにならなきゃ。
もっと自分を変えなきゃ。
どれだけやっても、足りない気がする。
頑張った日でさえ、
「でも、あれはできていなかった」
と不足のほうを見る。
これでは、心が休まりません。
自分の中に、ずっと採点者がいるような状態です。
今日の自分は何点か。
どこが足りなかったか。
何を直すべきか。
その視点ばかりになると、自分を労わる時間がなくなります。
自己肯定感日記は、反省のためだけに書くものではありません。
むしろ、
「今日もこんなに気を張っていた」
「本当はここで疲れていた」
「それでも一日を終えた」
と、自分を少し見つけ直すために書いていいのです。
もし今、「自己肯定感そのものをどう回復すればいいか分からない」と感じるなら、記事18「自己肯定感の高め方。『自分を好きになる』より先に必要なこと」も読んでみてください。
「自分を責め続けない回復」について、全体像から整理しています。
自己肯定感日記は、「ポジティブになるため」だけのものじゃない
自己肯定感日記というと、良かったことや感謝を書くものだと思われがちです。
でも、自己肯定感が下がっているときに大切なのは、無理にポジティブになることではありません。
まずは「今日しんどかった」を書いていい。ネガティブな感情を否定しなくていい。本音を出せる場所があるだけで、人は少し楽になります。
まずは「今日しんどかった」を書いていい
自己肯定感日記に、最初から前向きなことを書こうとしなくていいです。
今日よかったこと。
感謝できること。
自分を褒められること。
そういうものが自然に出てくる日もあると思います。
でも、出てこない日もあります。
むしろ、自己肯定感が低いときは、前向きな言葉を書こうとするほど苦しくなることがあります。
「良かったことなんてない」
「褒められることなんてしていない」
「感謝しなきゃと思うのに、できない自分が嫌」
そんなふうに、日記まで自己否定の場所になってしまう。
だから、最初に書いていいのは、
「今日しんどかった」
です。
今日、朝から体が重かった。
人と話すのがつらかった。
職場でずっと緊張していた。
SNSを見て落ち込んだ。
恋愛で不安になった。
何もできない自分を責めた。
それでいい。
日記は、元気な自分だけを書く場所ではありません。
しんどかった自分も、そこにいていい。
「今日しんどかった」と書くことは、弱音ではなく、自分の状態を確認することです。
自分のつらさをなかったことにしないこと。
それが、自己肯定感を整える最初の一歩になることがあります。
ネガティブな感情を否定しなくていい
日記にネガティブなことを書くと、余計に落ち込みそう。
そう感じる人もいるかもしれません。
でも、ネガティブな感情は、書いたから生まれるわけではありません。
すでに心の中にあったものです。
書くことで、それを初めて見える形にしているだけです。
不安。
寂しさ。
怒り。
疲れ。
焦り。
劣等感。
悲しさ。
そういう感情を、日記の中では否定しなくていい。
「こんなこと思っちゃダメ」
「もっと前向きに考えなきゃ」
「気にしすぎ」
とすぐに打ち消さなくていい。
たとえば、
「友達の投稿を見て落ち込んだ」
と書く。
それだけでもいい。
そこから少し余裕があれば、
「本当は、自分だけ置いていかれている気がして怖かった」
と書いてみる。
そうすると、ただの嫉妬や自己嫌悪ではなく、その奥にある不安が見えてくることがあります。
ネガティブな感情は、敵ではありません。
自分が何に傷つき、何を求めていたのかを教えてくれることがあります。
日記は、その感情を責めずに置いておく場所でいいのです。
本音を出せる場所があるだけで、人は少し楽になる
人は、本音を出せる場所がないと苦しくなります。
職場では言えない。
友達には重いと思われたくない。
恋人には嫌われたくない。
家族には分かってもらえない気がする。
そうやって、いろんな場面で自分の気持ちを飲み込んでいる人は多いと思います。
本当は嫌だった。
本当は傷ついた。
本当は寂しかった。
本当はもう疲れていた。
本当は誰かに分かってほしかった。
でも言えない。
言えなかった気持ちは、心の中に残ります。
そして、自分でも気づかないうちに、重くなっていきます。
自己肯定感日記は、その本音を出せる場所であっていい。
誰にも見せなくていい。
きれいに書かなくていい。
正しい感情だけを書かなくていい。
「こんなこと思う自分が嫌」
と思うような気持ちでも、まずは書いていい。
本音を出せる場所があるだけで、人は少し楽になります。
自分の中にあるものを、自分だけは見てあげられるからです。
自己肯定感日記で書いていいこと
自己肯定感日記には、立派なことを書かなくても大丈夫です。
今日ちゃんと耐えたこと。
本当は傷ついていた瞬間。頑張ったのに誰にも言えなかったこと。
そういう小さくて見えにくいものを書いていくことで、自分がどれだけ日々を支えてきたのかに少しずつ気づけるようになります。
今日ちゃんと耐えたこと
自己肯定感日記に書いてほしいことの一つは、
「今日ちゃんと耐えたこと」
です。
頑張ったこと、と言われると、何も浮かばないかもしれません。
成果を出したわけじゃない。
特別なことをしたわけじゃない。
誰かに褒められたわけでもない。
そう思うかもしれません。
でも、耐えたことならあるかもしれません。
朝起きるのがつらかったけど起きた。
不安だったけど出勤した。
嫌な言葉を言われたけど、その場をなんとか過ごした。
返信するのが重かったけど、ひとつだけ返した。
泣きそうだったけど、帰るまで耐えた。
何もできない自分を責めながらも、今日を終えた。
それは、ちゃんと頑張ったことです。
でも自己肯定感が低い人は、こういう頑張りを
「普通」
として片づけてしまいます。
「みんなやってる」
「これくらいで頑張ったなんて言えない」
「耐えただけで何も進んでない」
そう思ってしまう。
でも、耐えることにも力が要ります。
崩れそうな日を、なんとか終えること。
それだけでも、簡単ではありません。
日記には、そういう見えにくい頑張りを書いていいのです。
本当は傷ついていた瞬間
次に書いていいのは、本当は傷ついていた瞬間です。
誰かの一言。
LINEの返信の温度。
職場の空気。
友達の何気ない比較。
恋人のそっけない態度。
SNSで見た誰かの幸せそうな投稿。
その場では笑って流したかもしれません。
「大丈夫」
「気にしてない」
「別にいいよ」
と言ったかもしれません。
でも、心の中では傷ついていた。
そういう瞬間を日記に書いていい。
「今日、あの言葉が少しつらかった」
「笑って流したけど、本当は悲しかった」
「自分が下に見られた気がして苦しかった」
「嫌われたかもと思って怖かった」
傷ついたことを認めるのは、相手を責めることとは違います。
自分の心に何が起きていたかを知ることです。
自己肯定感が低い人は、傷ついた瞬間に自分を責めることがあります。
「気にしすぎ」
「自分が弱い」
「こんなことで傷つくなんて」
でも、その前に本当は傷ついていた。
日記は、その順番を取り戻す場所です。
「頑張ったのに誰にも言えなかったこと」
頑張ったのに、誰にも言えなかったこと。
それも日記に書いていいです。
本当はかなり無理していた。
本当は怖かったけど挑戦した。
本当は休みたかったけど、予定をこなした。
本当は泣きそうだったけど、人前では普通にした。
本当は不安だったけど、ちゃんと話した。
こういう頑張りは、他人には見えません。
だから褒められにくい。
気づかれにくい。
自分でも忘れやすい。
でも、あなたの中では確かに起きていたことです。
日記に書くことで、
「誰にも言えなかったけど、自分はちゃんと知っている」
という状態を作ることができます。
自己肯定感は、誰かから認められることで回復する部分もあります。
でも同時に、自分が自分の頑張りを見失わないことも大切です。
「もっと具体的に自己肯定感を整えたい」と感じる人は、記事19「自己肯定感を上げる方法は、“自分責めを減らす”ことから始まる」もおすすめです。
“回復しやすい思考の整え方”を整理しています。
書き続けると、「自分への厳しさ」に気づき始める
自己肯定感日記を書き続けると、少しずつ自分への厳しさに気づき始めます。
少しの失敗で自分を全部否定していたこと。
他人には優しいのに、自分には厳しすぎたこと。
「普通にできない自分」を責め続けていたこと。ここでは、日記によって見えてくる自己否定の癖を整理します。
少しの失敗で、自分を全部否定していた
日記を書いていると、自分がどれだけ少しの失敗で全部を否定していたかに気づくことがあります。
仕事で一つミスをしただけなのに、
「自分は仕事ができない」
と思っていた。
会話で少し沈黙があっただけなのに、
「自分はつまらない人間」
と思っていた。
予定通りに動けなかっただけなのに、
「何も続かないダメな人」
と思っていた。
出来事は一つなのに、否定は自分全体に広がっている。
これに気づくことは、とても大切です。
なぜなら、頭の中だけでは、それが事実のように感じられてしまうからです。
「自分はダメ」
という言葉が出てきたとき、日記に書いてみる。
そのあとで、
「何があってそう思った?」
と聞いてみる。
すると、実際には
「一つ注意された」
「一つ予定が崩れた」
「一つ返事がうまくできなかった」
だけだったりする。
もちろん、傷ついたことは本当です。
でも、自分全部を否定するほどのことだったのか。
そう少し見直せるようになると、自己否定との距離が少し変わります。
他人には優しいのに、自分には厳しすぎた
日記に自分への言葉を書いてみると、かなり厳しいことに気づくかもしれません。
「本当にダメ」
「また失敗した」
「価値がない」
「こんな自分じゃ嫌われる」
「もっとちゃんとしろ」
もし友達が同じことで悩んでいたら、きっとそんな言い方はしないと思います。
「それは疲れるよね」
「よく頑張ったよ」
「一回の失敗で全部決まらないよ」
「少し休んでもいいんじゃない」
そう言えるかもしれません。
でも自分には言えない。
自己肯定感が低い人は、他人には優しいのに、自分にはとても厳しいことがあります。
日記は、その差を見せてくれます。
「自分にだけ、こんなにきつく言っていたんだ」
と気づける。
それだけでも、少し変化です。
すぐに自分に優しくできなくてもいい。
まずは、自分への言葉がきつすぎたことに気づくこと。
そこから、自分責めは少しずつ弱まっていきます。
「普通にできない自分」を責め続けていた
日記を書いていると、何度も
「普通」
という言葉が出てくることがあります。
普通はもっとできる。
普通はこんなことで疲れない。
普通は恋愛でこんなに不安にならない。
普通は仕事をもっとこなせる。
普通は人付き合いでこんなに悩まない。
でも、その「普通」は本当に今の自分に合っているのでしょうか。
自己肯定感が低い人は、誰かの普通を自分に押しつけてしまうことがあります。
人によって、疲れやすさも、育ってきた環境も、心の反応も違います。
LINEを返すだけで疲れる日もある。
職場にいるだけで緊張する日もある。
人と会ったあと、何日も気持ちが戻らないこともある。
それでも、
「普通はできるのに」
と責め続けていたら、苦しくなるのは当然です。
日記に書くことで、
「自分は『普通』という言葉で自分を追い込んでいたんだ」
と見えてくることがあります。
その気づきは、自分を理解するための大切な入口です。
自己肯定感日記は、「小さな安心」を積み重ねる習慣
自己肯定感日記は、大きな自信を作るためだけのものではありません。
感情を言葉にすると少し落ち着ける。
「今日もダメだった」以外の視点が増えていく。
自分との距離感が少しずつ変わっていく。
そうした小さな安心の積み重ねが、自己肯定感の回復につながります。
感情を言葉にすると、少し落ち着ける
感情は、言葉にならないままだと大きく感じます。
なんとなく苦しい。
なんとなく不安。
なんとなく自分が嫌。
なんとなく泣きたい。
この「なんとなく」は、とても重いです。
正体が分からないからです。
でも日記に書いてみると、少し輪郭が出てきます。
「今日は人に合わせすぎて疲れた」
「返信が来なくて不安だった」
「友達の言葉が刺さった」
「何もできなかった自分を責めていた」
「本当は休みたかった」
こうして言葉になると、
「ああ、自分はこう感じていたんだ」
と少し分かる。
分かっただけで、すぐに解決するわけではありません。
でも、分からない苦しさからは少し離れられます。
感情を言葉にすることは、自分を落ち着かせるための小さな手当てのようなものです。
「今日もダメだった」以外の視点が増えていく
日記を書いていると、少しずつ
「今日もダメだった」
以外の視点が増えていきます。
たとえば、最初はこう思っていたとします。
「今日も何もできなかった」
でも日記に書いてみると、少し違うものが見えてくる。
朝はつらかったけど起きた。
仕事で緊張したけど最後までいた。
嫌なことがあったけど、その場をなんとか乗り切った。
疲れていたから休む必要があった。
何もできなかったというより、もう余裕がなかった。
すると、
「今日もダメだった」
だけではなくなります。
「今日も疲れていた」
「今日も耐えていた」
「今日も自分を責めすぎていた」
「今日も本当は頑張っていた」
そういう見方が少しずつ増えていく。
これは、無理にポジティブになることとは違います。
現実をきれいに変えるのではなく、見落としていた現実も見るということです。
自分との距離感が、少しずつ変わっていく
自己肯定感日記を続けると、自分との距離感が少しずつ変わることがあります。
今までは、自己否定の声がそのまま事実のように感じていた。
「自分はダメ」
と思ったら、本当にダメな気がする。
でも日記を書くことで、
「今、自分は“ダメだ”と思っている」
と少し距離を置けるようになる。
この距離が大切です。
自分を責める声に飲み込まれるのではなく、
「あ、また責めてる」
と気づける。
そこから、少しずつ言葉を変えられるようになります。
「自分はダメ」ではなく、
「今日はかなり疲れていた」
「何もできなかった」ではなく、
「最低限で一日を終えた」
「また失敗した」ではなく、
「失敗して怖かった」
そうやって、自分を責める言葉が少しずつ感情の言葉に変わっていく。
それが、自己肯定感日記の大切な効果なのだと思います。
「もっと深く感情整理したい」という人は、記事21「自己肯定感ノートは、『自分責め』を書き換えるためにある」も読んでみてください。
「自己対話を深める書き方」を整理しています。
毎日ちゃんと書けなくてもいい
自己肯定感日記は、毎日ちゃんと書けなくても大丈夫です。
続かない日があってもいい。「書かなきゃ」が義務になると、日記まで苦しくなってしまいます。
自己肯定感日記は、自分を追い込む習慣ではなく、戻ってこられる場所でいい。ここでは、続け方の力を抜いていきます。
続かない日があっても大丈夫
日記は、毎日続かなくても大丈夫です。
書ける日だけでいい。
しんどい日だけでもいい。
思い出した日だけでもいい。
一週間空いても、また戻ってきていい。
自己肯定感が低い人ほど、日記にも完璧を求めてしまうことがあります。
毎日書かなきゃ。
ちゃんと続けなきゃ。
意味のあることを書かなきゃ。
成長が見えるようにしなきゃ。
でも、その考え方だと、書けなかった日がまた自己否定の材料になります。
「また続かなかった」
「自分は何も続けられない」
そうなってしまうと、日記が回復ではなく負担になります。
自己肯定感日記は、途切れないことが目的ではありません。
自分の気持ちに戻ってくることが目的です。
だから、途切れてもいい。
戻ってこられたら、それで十分です。
「書かなきゃ」が義務になると苦しくなる
日記が義務になると、苦しくなります。
今日は疲れているのに書かなきゃ。
何か良いことを見つけなきゃ。
ちゃんと整理しなきゃ。
続けなきゃ意味がない。
そう思うほど、日記を開くのが重くなる。
本当は自分を楽にするためのものだったのに、日記まで自分を追い詰めるものになってしまう。
だから、
「書かなきゃ」
になっていると気づいたら、少し休んでいいです。
一行だけでもいい。
単語だけでもいい。
今日は書かない、でもいい。
日記は、あなたを管理するためのものではありません。
あなたが自分の気持ちに戻るためのものです。
自己肯定感日記は、「自分を追い込む習慣」じゃなくていい
自己肯定感日記は、自分を追い込む習慣じゃなくていい。
毎日書けない自分を責めるためではありません。
きれいに感情を整理するためだけでもありません。
ポジティブな自分を作るための宿題でもありません。
むしろ、疲れている自分が戻ってこられる場所でいい。
今日はしんどかった。
今日は書けない。
今日は一言だけ。
今日は何も分からない。
それでもいい。
自己肯定感を高める習慣で大切なのは、完璧に続けることではなく、
「自分を責める場所にしないこと」
なのだと思います。
まずは、「自分の気持ちを見失わない」ことから始まる
自己肯定感日記で大切なのは、急に自己肯定感を変えることではありません。
まずは、自分の気持ちを見失わないことです。
書いていくうちに、自分を理解する感覚は少しずつ育っていきます。
日記は、自分を責める場所ではなく、戻ってこられる場所でいいのです。
急に自己肯定感は変わらなくていい
日記を書き始めても、急に自己肯定感が上がるわけではないかもしれません。
一日書いたからといって、自分を好きになれるわけではない。
数日続けたからといって、自己否定が消えるわけでもない。
同じことで何度も落ち込む日もあります。
それで大丈夫です。
自己肯定感は、急に変えるものではなく、少しずつ自分との関わり方を変えていくものだからです。
日記の目的は、すぐに前向きになることではありません。
まずは、
「自分は今、何を感じているのか」
を見失わないこと。
それだけでも、十分に意味があります。
でも、「自分を理解する感覚」は育っていく
日記を書いていると、少しずつ自分の傾向が見えてきます。
どんなときに疲れやすいのか。
どんな言葉に傷つきやすいのか。
どんな人と会うと自己否定が強くなるのか。
何を我慢しているのか。
本当は何を求めているのか。
それが見えてくると、自分への見方が少し変わります。
「自分が弱いだけ」ではなく、
「こういう場面で不安になりやすいんだ」
「自分がダメ」ではなく、
「ずっと無理していたんだ」
「何もできなかった」ではなく、
「今日は疲れすぎていたんだ」
そうやって、自分を理解する感覚が育っていく。
自己肯定感は、自分を好きになる前に、自分を理解することから始まるのかもしれません。
日記は、「自分を責める場所」ではなく「戻ってこられる場所」でいい
最後に、ここを大切にしたいです。
日記は、自分を責める場所ではありません。
反省文を書く場所でもありません。
できなかったことを採点する場所でもありません。
毎日続けられる自分を証明する場所でもありません。
日記は、自分に戻ってこられる場所でいい。
今日、何がしんどかったのか。
どこで傷ついたのか。
何を耐えていたのか。
何を本当は言いたかったのか。
どこで自分を責めすぎていたのか。
それを少しずつ見ていく場所です。
上手に書けなくてもいい。
同じことばかり書いてもいい。
ぐちゃぐちゃでもいい。
そのたびに、自分の気持ちを無視しなかったということだからです。
もし今、「今の自分の状態をもっと整理したい」と感じるなら、記事30「自己肯定感診断|『今の自分』を責めずに理解するために」もおすすめです。
「なぜ苦しくなっているのか」を整理する入口になります。
おわりに
ここまで読んでくれたあなたは、
たぶんずっと、
「もっとちゃんとしなきゃ」
「もっと頑張らなきゃ」
そう思いながら、毎日を生きてきた人なんだと思います。
でも実際は、
自己肯定感が低い人ほど、
・頑張っている自分を認められなかったり
・できない部分ばかり見てしまったり
・感情を飲み込んでしまったり
「自分の気持ち」を後回しにしてしまうことがあります。
だから必要なのは、
急に前向きになることではなく、
「今、自分が何を感じているのか」
を少しずつ見失わないことなのかもしれません。
もし今、
・自己否定が止まらない
・感情を整理したい
・自分をもっと理解したい
・安心できる習慣を作りたい
そう感じているなら、
自己肯定感を整えるための無料noteや自己理解ワークもまとめています。
上手に続けられなくても大丈夫です。
まずは、「今日の自分を少し見てあげる時間」から始めてみてください。
そして、日記を続けていると、自分の感情が見えてくる一方で、「また同じことで悩んでいる」と責めたくなる日もあると思います。
でも、感情が揺れること自体は失敗ではありません。
そんな自分との向き合い方をもう少しやさしく整えたくなった方へ、『もう、自分を責め続けるのに疲れた。「ちゃんとしなきゃ」を手放したら、少しだけ呼吸がラクになった』を置いておきます。
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