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変態はなぜ孤独で、なぜ集まると最強になるのか

「お前はもう、変態だ」

前回、そんな少し乱暴なタイトルの記事を書いたところ、
予想以上に多くの反応をいただいた。

その中で、こんな問いをもらった。

変態の人が、周りも変態にしていくプロセスに興味があります

これは、とても本質的な問いだと思う。

なぜなら、変態は放っておくと“孤独になる存在”だからだ。


■ 変態のパラドックス

変態は、非合理で、偏っていて、ズレている。

それが価値の源泉であり、
新しいものを生み出す起点でもある。

しかし同時に、それゆえに理解されにくく、
孤独になりやすい。

例えば、正論を言っているはずなのに、なぜか煙たがられたり。
良かれと思って提案したが、既存のルールという壁に跳ね返されたり。

この様な経験によって、

  • 変態であるほど、浮く

  • 浮くほど、孤独になる

  • 孤独になるほど、続かない

多くの人は、このどこかで止まる。

あるいは、自分の変態性を“薄める”ことで、
社会に適応しようとする。


■ それでも、変態が集まると何が起きるのか

しかし一方で、こうも思う。

変態は、集まると異常な力を発揮する。

お互いのズレを否定しない。
むしろ面白がる。

一人では続かなかった挑戦が、
複数になることで“文化”になる。

ここに、個人では到達できない領域が生まれる。


■ 仲間づくりの誤解

ここで、多くの人が誤解するポイントがある。

それは、
自分の変態性をうまく説明できれば、仲間ができる」
という考え方だ。

しかし実感としては、逆だ。

変態が仲間をつくるために必要なのは、
“説明力”ではない。


■ 仲間をつくる変態の正体

では何が必要なのか。

それは、
自分とは異なる変態を、薄めずに受け止められる力
だと思っている。

変態は本質的に偏っている。
だからこそ、他の変態もまた、別の方向に偏っている。

ここで、

  • 「それは違う」と言ってしまうか

  • 「それも面白い」と受け止められるか

この差が、そのまま“仲間が生まれるかどうか”の差になる。


■ 変態の「器」はどう育まれるのか

では、その“受け止める力”はどこから来るのか。

私の実感では、それは次の掛け算でできている。

「受け止めてもらえなかった回数と深さ」 × 「たった一度でも、受け止めてもらえた深さ」

何度も否定され、理解されず、ズレを感じてきた経験。
それは痛みであり、同時に「異質であること」の解像度を高める。

しかしその苦悩や絶望が、たった一度でもいい。
何歳だっていい。
無条件に「そのままを受け止められた経験」があると、
人は壊れずいられる。

そしてこの二つが掛け合わさると、
人は「閉じる」のではなく、「開いたまま耐えられる」ようになる。

自分がかつて否定されたものを、
他者に対しては許せるようになる。

それが、変態の“器”の正体なのだと思う。


■ なぜ、変態は仲間をつくれないのか

もう一つ、重要なポイントがある。

変態は、ともすると孤独になる。

その理由の一つは、
自分の変態性を「正しく説明しよう」としてしまうことだ。

理解してもらおうとする。

しかし、人は論理では動かない。

動くのは、感情だ。


■ 感情が、変態をつなぐ

楽しそうにやっている。
なぜか夢中になっている。
うまくいっていなくても、がむしゃらに進んでいる。

そうした姿に、人は惹かれ、応援したくなり、関わり始める。

変態が仲間をつくるために必要なのは、
自分の正しさを証明することではない。

楽しそうにしていること。
そして、応援したくなる“未完成さ”を隠さないことだ。

これは、弱さや「隙」なんだと思う。

完璧ではないこと。
まだ途中であること。
どこか不器用であること。

その“隙”があるからこそ、
他者は「自分も関われるかもしれない」と感じる。

そしてその瞬間に、
ただの個人の挑戦は「関係性」に変わる。

変態が楽しそうに、かつ泥臭く動いている姿には、他者が「自分も手を貸せるかも」と思える「隙」が生まれる。

これが、仲間が集まる「磁場」になる。

理解される前に、感じてもらえ。


■ 変態は「感染」する

ここまでをまとめると、こうなる。

変態は、育てるものではない。

感染するものだ。

  • 自分の変態性を隠さず出す

  • 他者の変態性を否定しない

  • 感情を動かす形で関わる

この3つが揃ったとき、
変態は、少しずつ周囲に広がっていく。


■ おわりに

変態は、一人では脆い。

しかし、つながった瞬間に強くなる。

だからこそ必要なのは、
「すごい変態」になることではない。

他の変態とつながれる変態になること

なのだと思う。

もしあなたがすでに変態であるならば——
(たぶん、もうそうなのだけど)

次にやるべきことは一つだ。

自分の変態性を磨くことではなく、
他の変態を受け止めてみること。

そこから、すべてが始まる。

もしかしたらそれは、
自分がかつて救われた瞬間を、誰かに返すことなのかもしれない。

ーーー

変態につきまとう「孤独」を癒す方法については
こちらの連載も参考にしていただきたい。

次は、変態が社会に存在し続ける意義と生存戦略についてです。


最後までお読み頂きありがとうございました☆


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