「視座が高い」のは能力か、段階か。──成人発達理論における「成長」の勘違い
はじめに──なぜ、違和感を覚えたのか
「成人発達理論」と検索すると、近年は「視座を高める方法」「俯瞰力の獲得」といった文脈で語られる記事を多く目にするようになりました。それらの多くは、ビジネスパーソンの成長文脈にうまく接続され、わかりやすく整理されています。
私自身、「視座を上げる」「俯瞰的に見る」といった話が無意味だとはまったく思っていません。むしろ、ある段階においては非常に有効で、現実的な成長をもたらすものだと感じています。
しかし同時に、成人発達理論としてそれらの説明を読んだとき、強い違和感を覚えました。
視座を上げ下げできることと、発達段階が変わることは同じなのか
第四段階と第五段階の違いは、「より高い視点」だけで説明できるのか
数年で第三段階から第五段階近くまで進む、という語りは現実的なのか
本稿では、この違和感を手がかりに、成人発達理論がなぜ「視座の話」として誤解されやすいのかを整理してみたいと思います。
1. 視座・シナジー・Win-Winは「どの段階の話」なのか
まず確認しておきたいのは、「視座」「シナジー」「Win-Win」「傾聴」「持論の形成」といった、いわゆるビジネススキル的な言葉の位置づけです。
これらはしばしば、
発達段階が高い人の特徴
成人発達理論の到達点
のように語られますが、実際には第三段階前後の話題であることが多いと感じています。
第三段階における「持論」
第三段階(環境順応型)の人は、自分の意見を持てないわけではありません。
むしろ、
組織の論理
専門家の言説
コミュニティで共有されている価値観
を内面化し、それを「自分の意見」として語ることができます。外から見れば、十分に主体的で、自分の考えを持っているように見えるでしょう。
ただしそれは、多くの場合、
誰かの価値観を、自分のものとして上手に運用している状態
です。
第三段階における「シナジー/Win-Win」
同様に、「シナジー」や「Win-Win」も第三段階の高度な営みとして普通に行われます。
ただしそこで生まれやすいのは、
折衷案
相互譲歩
誰も強く反対しない着地点
であり、結果として「合意はしたが推進力が弱い」という状況になりがちです。
これは能力不足ではなく、価値観を生み出している前提そのものを問えないという構造的限界によるものです。
2. 「視座を上げる成長」が本当に効くレンジ
ここで重要なのは、だからといって「視座を上げる話」が無意味だ、ということではありません。
むしろ、
視座を上げる
俯瞰的に考える
他者の立場を想像する
といった能力は、第三段階を完成させるために極めて有効です。
多くのビジネス研修や自己啓発が成果を上げてきたのも、このレンジです。
問題が生じるのは、
その延長線上に、成人発達理論のすべてがあると誤解してしまうとき
です。
3. 第四段階で起きているのは「視座の上昇」ではない
第四段階(自己主導型)で起きている変化は、視座の高まりや視野の広がりではありません。
それは、
正解を外部に求めなくなる
判断基準を自分の内側に持つ
世界を説明するための「自分なりの世界観」を引き受ける
という、生き方の前提そのものの変化です。
この過程では、
他責的でいられた自分
誰かに従えばよかった自分
空気に守られていた自分
を、ある意味で「失う」経験が伴います。
「視座を上げる」という言葉には、どこかポジティブで全能感のある響きもあります。一方で、発達段階の上昇はこれまで拠り所にしていた杖を失うプロセスであり、孤独や不安、摩擦が増えるのも自然なことです。
これは視座を上げたから起きるのではなく、自分が依存していた構造が崩れるから起きるのです。
4. 視座は同じでも、起きていることはまったく違う
──発達段階別・会議における「全社視点」の使われ方
例えば、会議で意見が対立し、参加者全員が「全社視点で考えよう」という共通認識を持っていたとします。一見すると、同じ視座を獲得しているように見えますが、発達段階によって起きている内的プロセスは大きく異なります。
第三段階:視座を上げても「参照先」を探している
第三段階の人が視座を上げた場合、それはしばしば「より上位の正解を探しに行く」という動きになります。
「社長ならこう言うはずだ。だからA案が正しい」
「業界レポートではこうだ。だからB案が妥当だ」
「最新理論では第三案が必要だ」
「顧客の声も踏まえると、結論は保留すべきではないか」
ここで行われているのは、思考停止ではありません。むしろ非常に誠実で、知的にも高度です。
ただし、彼らにとっての視座の上昇は、
「より強い正解(他者の価値観)」への依存を強めること
でもあります。
第四段階:視座が「自分の武器」になっている
第四段階において視座を上げることは、自分の持論を補強し、意思決定を引き取るための武器になります。
「全体最適で考えれば、短期的なコスト増は許容すべきだ。私の責任で進めたい」
「A案にもB案にも一理あるが、あとは決めの問題だ。私の判断としてA案を軸にする」
ここでは、自分なりの判断基準(OS)が確立されています。
ただしその基準自体を疑い、自分の視座を客体化(Object化)することは、まだ難しい状態です。
第五段階:視座そのものを「手放している」
第五段階の人は、対立を「解消すべき問題」としてではなく、進化の兆しとして扱います。
「私がA案に執着し、B案を否定したくなる構造(防衛本能)は何だろうか。この摩擦の中に、私たちがまだ気づいていない『組織の新しい可能性』が隠れているのではないか」
「どの様な構造から、この場でA案とB案の対立が生まれているのだろうか。その構造に変容させるにはどの様な切り口があり得るだろうか」
「私がB案に違和感を覚えるのは、どんな経験からくる囚われがあるからだろうか。お互いのそれを分かち合うことで新たに見えてくるものはないだろうか」
ここでは、視座を上げ下げするだけでなく、
自分の視座が限定的であることを前提に、他者の視座を取り込みながら自己を更新し続けるという営みが起きています。
5. 視座とシステム思考の決定的な違い
視座は、訓練によって切り替え可能な認知的ポジションです。コーチングなどを通じて、一時的に上げ下げすることもできます。
一方、成人発達理論が扱うシステム思考とは、
自分自身を含めた因果関係を扱う
自分の価値観・世界観・視座そのものを対象化する
矛盾や緊張、感情的な揺れを解消せずに保持する
現象だけでなく、それを生み出す構造を扱う
という営みです。
これは、「俯瞰力」や「メタ認知」という言葉では言い尽くせません。
6. なぜ「わずか数年で第三段階から第五段階へ」という語りが生まれるのか
研究者たちの知見を見ると、
第四段階に至る人自体が少数
第五段階はさらに稀
明確な第五段階は中年期以降に点在的に観測される
とされています。
第三段階から第四段階への移行ですら、長期の停滞や人生上の危機を伴うことが多い。
そのため、
数年で第三段階から第五段階近くまで進んだ
といった語りは、多くの場合、
第三段階の高度化
第四段階の洗練
を、第五段階と誤認している可能性が高いと考えられます。
おわりに──視座論を否定しないために
本稿の目的は、「視座を上げる話」を否定することではありません。それは、多くの人にとって必要で、実践的で、有効な成長の道筋です。
ただし、
視座
ビジネススキル
成人発達理論
を同一視した瞬間、理論が扱ってきた人の内的構造の変化は見えなくなります。
視座を上げることと、自分が立っている前提そのものが変わることは、別の話です。
この違いを丁寧に区別することが、成人発達理論を誠実に扱うための第一歩なのではないかと思います。
最後までお読み頂きありがとうございました☆
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