文字を持たなかった昭和 四十(おめでた)

 母ミヨ子のストーリーに戻る。

 昭和30(1955)年頃。戦後の混乱が落ち着き生活水準が向上し始めた。お腹が満たされるようになると食生活も変化し、嗜好品的に食べる果物が注目されるようになっていた。農家にとっては経営の変革期、ミヨ子は嫁ぎ先の家族とともに、ミカン山造成のための山林の開墾というきつい作業に励んでいた。もちろん家事もこなさなければならず、開墾以外の田畑仕事も季節ごとにやってきた。

 ある日、体調の変化に気がついた。

 実家は同じ集落にあり徒歩でも10分くらいだ。忙しい合間を縫って母のハツノを訪ね、最近の体調を相談した。ハツノはミヨ子を頭に7人の子を成したベテラン(?)だ(ただし戦時中の栄養不足で二人亡くしている)。ハツノはすぐに答えた。
「おまえ、それはおめでただよ」

 開墾で忙しいときに。ミヨ子は一瞬思ったが、やはりうれしい。何より、子供を産むことは自分の重要な役目だ。

 夫の二夫(つぎお)に告げるとたいそう喜んでくれた。舅の吉太郎と姑のハルも。二夫は当時珍しい一人っ子だったこともあり、家族が増えるのは一家にとってこの上なく喜ばしいことだった。

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