文字を持たなかった昭和 帰省余話(2024秋 14) トイレ

 昭和5(1930)年生まれで介護施設入所中のミヨ子さん(母)の様子を見に帰省し、数時間ながら郷里へ連れて行ったお話である。入所後初めて施設(グループホーム)を訪ねて再会し、車椅子も車に積んでふるさとへ向かう。寄り道が祟って予定より遅れ昼食は順番待ちになってしまったが、食堂のある海鮮市場ではいろいろな商品が見られてミヨ子さんはうれしそうだ。店頭のメニュー売っているお惣菜を見たりして順番を待つうち、ミヨ子さんはトイレに行きたいと言い出した。

 介護の中でトイレ対応はかなりテクニックを要すると思う。ミヨ子さんの脚が弱り始めてから何回かいっしょに外出したが、トイレにはけっこう気を使った。しかも車椅子になってからの本格的な外出はほぼ初めてだ。

 この海鮮市場の外側に付設された女性用トイレは、以前ミヨ子さんを連れてきたことがある。狭い個室に車椅子からうまく移れるだろうか。と考えながら車椅子を推していたら男性から声をかけられた。
「入口にバリアフリーのトイレがありますよ」

 以前はバリアフリートイレを使う発想がなかったので、トイレエリアのいちばん手前にあるバリアフリーの個室を見逃していた。お礼を言って少し戻ると、バリアフリートイレは「使用中」である。早く出てくれ~。しばらく待ったがついにノックしてしまった。ほどなく年配の男性が出てきて、「ああ、車椅子ね」とつぶやいて去って行った。

 急いで個室に入る。車椅子を便座近くにつけたはいいが、どんな姿勢で便座へ移ってもらえばいいのか、要領がわからない。そもそも横移動では、跳ね上げた車椅子の足置きがいつもじゃまになる。また、便座に座らせるのとズボンを下すタイミングが測りにくい。ある程度座らせてから下すのだろうが、脚力が弱っている人が中腰になるのは難しい。便座に座らせるまでにわたしは汗をかいてしまった。

 そして、用を足したあと「拭く」行為を、ミヨ子さんはじつにていねいに行う。トイレットペーパーを取り、きちんと畳むのだ。以前トイレにつきあったときも「すぐ捨てるんだから適当でいいのに」と文句を言ったことがある。当時より年を重ねた分さらにゆっくりで、わたしは焦る。
(もう食堂の順番が来てるんじゃないかしら。)

 なんとかズボンを途中まで履かせて車椅子に座らせ、座席でズボンをさらにずり上げる。途中オムツが濡れていないかも確認したが、大丈夫のようだった。濡れていたらオムツから交換しなければならないところだ。

 ホッとしたところで個室内の手洗い場で手を洗ってもらい、わたしのハンカチを渡して手を拭かせる。施設からオムツのほかに箱ティッシュやタオルも預かっていたが、こういうときに使うのか。うっかり車中に置いたままだ。慣れていないとこんなことになるのだな――と、一度にいろいろなことを考える。

 ともかく用は足せた。再び急いで食堂まで戻る。ちょうど順番が来て呼ばれそうなタイミングだった。やれやれ、やっと食事させてあげられる。時間は11時45分くらいになっていた。食堂のオープン時間の11時には入店したかったのに、大幅な遅れである。

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