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文字を持たなかった昭和 帰省余話(2024秋 32) 特別な面会②

(「特別な面会①」より続く)
 そしてこの(2024年)秋。わたしは帰省の予定を早々にYちゃんに知らせ、都合が合うか、施設まで来られるかなどかなり細かく事前に打ち合わせしておいた。

 Yちゃんは仕事を昼過ぎに切り上げて駆け付けることにしてくれたが、Yちゃんが住む街からミヨ子さん(母)の施設までは高速経由でも小一時間かかりそうだったし、施設周辺に目印になるものがあまりないのも心配された。案の定Yちゃんは予定より30分以上遅れてきた。

 ともあれYちゃんが到着し、わたしたちは施設の人に挨拶して中に入れてもらった。面会は例によって居室(個室)である。個室に入るとYちゃんは昔のままの穏やかな笑顔と優しい物言いで、ミヨ子さんに語り掛けた。

 ミヨ子さんはYちゃんの名前を聞いてもピンと来ないようだったが、「集落の井戸の側のSばあちゃんの孫ですよ」「おばあちゃんのところによく遊びに行って、二三四ちゃんともよく遊んだよ」と言われ、「Sばあちゃん」が記憶の引き出しの鍵になったのだろう、「あぁ」と納得した表情を見せて、ニコニコし始めた。

 とは言っても、会話は思い出話にはならない。Sばあちゃんやその家がわかっても、付随する細かい情報やYちゃん自身のことを思い出せないからだ。

 それでも、娘の友達がわざわざ訪ねてきたことはわかっているし、うれしくもあるのだろう。「どこに住んでるの? まだ仕事をしてるの?」などの、言わば当り障りのない会話は成立し、わたしたちは談笑した。

 Yちゃんが遅れたため、3時のお茶の時間になってしまった。職員さんがミヨ子さんのお茶とおやつ以外にわたしたちの分のお茶も淹れて、個室に運んでくれた。お茶をいただこうとしたとき、Yちゃんが「おばさんに」と小さな手土産を差し出した。3個入りの生かるかんだ。

 かるかんやかるかん饅頭は鹿児島の銘菓だが、昨今はアレンジしたかるかんをあちこちのお菓子屋さんが出すようになっていて、Yちゃんの街にあるこの和菓子屋さんも最近知名度を上げている。

 わたしはYちゃんに「個室に食べ物は置いておけないからお土産はいいからね」と念押ししてあったのだが、一口でも食べてほしかったのだろう。味が違う3つからミヨ子さんは「橘餡」を選び、ほんとうにおいしそうに食べた。

 ややあって、ミヨ子さんは例によって「腰が痛い、横になりたい」と言い出した。せっかくYちゃんが来てくれたのに……とわたしは思うが、やさしくて大柄なYちゃんは上手にミヨ子さんをベッドに寝かせてくれた。ミヨ子さんはその姿勢で話を続けた。

 Yちゃんが帰る時間が来た。ミヨ子さんの体を起こす。Yちゃんは
「おばさん、また来るからね。元気でいてくださいね」
と言うと、ミヨ子さんをしっかりハグした。ハグなんて、昭和の日本人はほとんどしなかった。親子でもある程度の年齢になればべたべたしないものだった、とわたしは思う。だからミヨ子さんをハグしたことは、わたしはほとんどない。せいぜい手を握るくらいだ。

 ところが驚いたことに、ミヨ子さんは見たことがないくらいうれしそうな顔をして、Yちゃんに腕を回したのである。娘のわたしがあっけにとられるほど、顔をくしゃくしゃにして。

 あのときのミヨ子さんの表情をどう理解していいのか、わたしはいまだにわからない。少なくとも、Yちゃんに会ってうれしかったのだろうし、ハグに抵抗がないほど親しみを感じたのだろう。それは喜ぶべきことなのだろう。

 こうして、事前に綿密な打ち合わせをした面会はあっという間に終わり、Yちゃんは帰って行った。

 次に会えるのはいつだろう。「また来るからね」と言ったYちゃんの気持ちに嘘はないだろう。でもその日は本当に来るのだろうか。ミヨ子さんの残りの時間はそう多くないはずだ。わたしの帰省のときでなければYちゃんも来ないだろう。ミヨ子さんも、Yちゃんと会ったことはすぐに忘れてしまっただろう。

 しかしハグのときのあの笑顔は本物だった。Yちゃんの何かがミヨ子さんの心を開いたのだとしたら、またそんな機会をもらいたいものだとわたしは思う。(「特別な面会、余談」へ続く)

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