文字を持たなかった昭和 帰省余話(2024秋 33) 特別な面会、余談
(「特別な面会②」より続く)
介護施設入所中のミヨ子さん(母)に、わたしの幼なじみYちゃんが面会してくれたことを前項で述べた。
おばあちゃんが同じ集落にいたYちゃんを、息子のカズアキさん(兄)も知っている。もともと、ミヨ子さんがカズアキさん家族と同居していたときに会いに来る計画もあったのだから、そういう幼なじみがいることはお嫁さん(義姉)にもこれまで話してあった。
だからわたしはYちゃんが施設に面会に来ることになんの問題も感じていなかった。ところが「〇日にはYちゃんが面会に来るよ」とカズアキさんたちに伝えたとき、二人は困惑した表情で「親族でもないのに面会させるのはまずいんじゃないの?」と返してきた。
今度はわたしが困惑する番だった。
「Yちゃんはお母さんのことを昔からよく知ってるし…」
とわたしが口ごもると、お嫁さんは「感染症の懸念なんかもあるからね。面会予定は二人だってもう施設に伝えたんでしょ? まあ、親戚ということにしておけば」とフォローしてはくれたが、親族以外は基本だめだろう、というのが本音のようだった。
施設での面会は、親族以外はできないもの、なのだろうか。もちろん施設のルールにもよるだろう。
だが、例えばわたしの恩師が施設に入ったら、わたしは会いに行くと思う。その人が自分にとってどのくらい重要か、お年を召されてもう滅多に会えない状況で少しでも会っておきたい、というのは人によって尺度が違うだろう。
もっとも、入所者本人にいちばん近く、施設に対して連絡先ともなっている家族が「会わせてあげたい(会わせてもいい)」と判断する尺度もまた違うかもしれない。
でも、面会中のにこやかな会話や別れ際ハグされたときの笑い顔を考えると、ミヨ子さんにYちゃんを会わせてあげてよかったと思っている。一般論としても、面会を親族に限る必要はないのではないか。もちろん、連絡先の家族が了承した場合に限るとしても。
そんなこともあり、この日の面会はわたしの中に少しだけしこりというか、釈然としないものを残したのは確かだ。
ところで、Yちゃんが面会に来る前日、わたしはミヨ子さんにYちゃんの話をしたうえで「いまK(市)に住んでて、仕事が終わってから来てくれるんだよ」とミヨ子さんに伝えた。K市といえば、ミヨ子さんにとっては県内だが名前しか知らない遠い街だ。そのときミヨ子さんは、なんと
「気をつけて来るように伝えてね」
と言ったのだ。
ただの社交辞令として思いつきで言ったのだろうか。わたしはそうは思えなかった。Yちゃんをしっかりイメージできていないとしても、わざわざ遠くから会いに来てくれることに対して、自然と気遣いの言葉が出たのだと思う。なぜなら、ミヨ子さんはそういう人だから。
認知機能が低下しても、その人らしさは失われない、むしろ本質的なものが強く出てくる、とよく言われる。わたしはミヨ子さんから時々その実例を学ばせてもらっている。(「面会での散髪①」に続く)
