ミヨ子さん語録「ぎゅっ、ぎゅっ」
昭和中~後期の鹿児島の農村。昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴っている。たまに、ミヨ子さんの口癖や、折に触れて思い出す印象的な口ぶり、表現を「ミヨ子さん語録」として書いてきた〈169〉。
今回は「ぎゅっ、ぎゅっ」だ。
日本語の標準語で「ぎゅっ、ぎゅっ」あるいは「ぎゅっ」とくれば、次のような例文が浮かぶ。
・厚く積もった雪を長靴でぎゅっ、ぎゅっと踏み固めた。
・別れ際、恋人をぎゅっと抱きしめた。
・目の前は暗い洞窟、幼い二人はつないだ手をぎゅっと握りあった。
等など。
だいたいが「力を入れて、対象(物)をしぼるような動作でつかまえる、押える」という動作を表現するときのオノマトペだろう。
ミヨ子さんが「ぎゅっ、ぎゅっ」というときは冷たい飲み物が対象だ。直近、といっても数年前だが、実家の建屋はすでになく帰省といえば兄宅に居候するしかないわたしが、ミヨ子さんといっしょにいたときのこと。兄宅に同居するミヨ子さんが、孫娘が冷蔵庫から牛乳を出して飲む姿を見てこう言った。
「まねけんな あげな風(ふ)い、冷(ち)んたか牛乳をぎゅっ、ぎゅっち飲もごちゃっどねぇ」
(たまにはあんな風に、冷たい牛乳をごくごくと飲んでみたいねぇ)」
義姉が牛乳を飲ませてくれないわけでは、もちろんない。朝食や昼食の様子などを見ていると、乳酸菌飲料を1本添えてくれたりもしている。デイサービスの昼食やおやつでも牛乳や乳飲料が出るだろう。ただ、ミヨ子さんが言いたいのは、好きなときに冷蔵庫を開けて、コップに注いだ牛乳を、ごくごく飲んでみたい、ということのようだった。
わたしはそのとき母が遠慮しているのだと思って、自分にとって姪にあたる孫娘に
「牛乳を飲むとき、『ばあちゃんもどう?』って言ってあげてね」
と頼んだのだが。
ミヨ子さんは、実家というか嫁ぎ先にいるとき、そもそも牛乳を日常的に飲む生活ではなかった。理由は簡単だ。牛乳は高いから、である。子供たち(兄やわたし)は給食で毎日飲めた。経済的に少しゆとりがあるときは、宅配してくれる乳酸菌飲料を注文したりもしたが、それとて、家族全員分ではなかった。
まだわたしが小さいとき、通院か何かのために隣り町まで母と出かけたとき、バスの停留所で――温泉町の大きな停留所で、切符売り場と小さな売店があった――、わたしには乳酸菌飲料を、自分は瓶入りの牛乳を買い、二人ともその場で飲んだ。どちらも瓶の容器しかなかった頃だ。
「冷(ち)んたかとを ぎゅっ、ぎゅっち飲んと うんまかどねぇ」
(冷たいものをごくごくっと飲むと、おいしいねぇ)
と言い合いながら。
孫娘が牛乳を飲む姿を見たときも、あのバス停でのときのように、自分の手で瓶(やカップ)を持ち上げて、喉を鳴らしながら飲みたかったのだろうと、いまは思う。
もっとも姪にお願いしたことも、あとで考えたら、誤嚥性肺炎予防という観点からは、冷たいものをいきなりコップであげたりはしていけないのかもしれなかった。
さて、このオノマトペ、ミヨ子さんの場合「冷たい飲み物を一気に飲むとき」に限るようだ。ストローで飲む行為はもちろん対象外である。冷たい飲み物を喉元から胃へ送り、喉がぐっと絞られるような感じが「ぎゅっ、ぎゅっ」なのであろう。思えばミヨ子さんは独自のオノマトペを持っている。それらについては追々記録していくつもりだが。
ミヨ子さんはほとんどお酒を飲まないが、もっと若くて元気なころ、生ビールをいっしょに飲む機会があればよかった、とふと思う。二人で、あるいは家族で「ぎゅっ、ぎゅっ」とおいしく飲めたことだろう。
〈169〉「ミヨ子さん語録」としてこれまで「ひえ」、「汚れは噛み殺したりしない」、「空(から)飲み」、「銭じゃっど」、「ちんた」、「芋でも何でも」を書いた。
