つぶやき 出血は何かの予兆?

 鹿児島の農村で昭和5(1930)年に生まれたミヨ子さん(母)の近況を綴っている。昨(2024)年末からは入院生活、2月初めに急変した容態は持ち直したものの、3月15日に再び危なくなった。容態が急変する都度わたしも帰省したが、点滴だけで永らえるという極めて低いレベルながらも安定しているように見え、わたしは3月21日に一旦自宅へ戻った――というあたりまで述べた。

 その先に進む前に、もしかしたらミヨ子さんの状況と関係があるかもしれない、と感じたできごとを思い出したので、突然だがここで述べておく。

 半年ほど前までミヨ子さんの同居先だった長男のカズアキさん(兄)夫婦からは、入院中のミヨ子さんを見舞った際の様子は逐次連絡をもらっており、遠くに住むわたしも容態を気にかける日々がずっと続いていた。

 ミヨ子さんがもうすっかりやつれていたであろう3月初め。わたしは右上の奥歯が疼くような浮くような感覚を感じた。疲れが残るほど多忙でもない時期、もともと歯については3カ月おきにチェックを受けており、歯科医からは毎回「よく磨けている」と太鼓判を押してもらっている。歯石などもたまっていないはずだ。歯茎の不調もこれまでめったになく、あっても薬用の歯磨きで気持ち丁寧に歯磨きをすれば数日で治まっていた。

 で、その時もそうやってみたがなかなかよくならない。薬用歯磨きを使うこと1週間ほど。起きてすぐに歯を磨くのが習慣なのだが、3月10日の朝、歯磨きのあと口をすすいで目を疑った。洗面台に吐き出された泡はほぼ真っ赤に染まり、凝固した血のようなものも少し出ていた。

 仰天して口をすすいだあとの歯茎を見たが、歯茎の腫れや炎症は見てとれない。ただ歯が浮く感じだけは残っていた。

 「あと一両日かも」という連絡をカズアキさんから受けたのはその5日後で、翌日わたしは鹿児島へ飛んだ。着いたその日に駅のドラッグストアで改めて薬用歯磨きを買い、いまも(念のため)使い続けているのだが、出血はあのとき限りだ。

 あの日の洗面台の出血はなんだったのだろう。

 わたしの解釈では、容態がどんどん悪くなっていることをミヨ子さんが知らせてくれたのではないか。よく、双子は体の同じ場所が痛くなる、とか、仲のいい母子は同じ時期に同じ病気にかかることがある、などと言う。

 ミヨ子さんとわたしは「仲のいい母と娘」だったとは言い難い。もちろん仲が悪いわけではなく、むしろ十分な愛情を受けたと思うが、ここnoteに何回か書いているとおり、わたしはどちらかと言うと父親っ子だったし、人生の多くの時間を父親を強く意識しながら過ごした。ただし、その存在の影にいる母親のこともじつは同時に意識していたと、あとになって気がついた。

 父親が亡くなってからのこの10数年は、ミヨ子さんのことを正面から意識し、できる限りの親孝行をしようと努めてきた。ミヨ子さんの足腰の衰えが目立ち始めてから、さらに認知機能が低下しはじめてからのこの数年はとくに。

 そんなわたしに、ベッドに横たわるだけになったミヨ子さんの心(魂)が呼び掛けてくれたのではないか。「わたしはいま具合がわるいんだよ、会いにきて」と。

 あの時期以降のミヨ子さんの容態や変化を考えるにつけ、あの出血には何かの意思が働いていたのだと思えてならない。第三者には、あるいは「科学的」には、「こじつけ」「偶然」「たんなる歯槽膿漏(の予兆)」と言われそうだが。

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