中小企業に、HRBPは置けるのか
前回、「採用に困ったら、まず社員さんに話を聞いてみてください」と書きました。
ただ、正直に言うと、一度聞いて終わりでは足りません。半年もすれば、事業のフェーズは変わります。聞いた内容は、その時点のスナップショットにすぎません。
だから本当に必要なのは、社内の状態を継続して見て、それを経営の判断につなげる役割です。それを担う考え方が、HRBP(Human Resources Business Partner)です。
HRBPとは何か
HRBPは、日本語では「人事ビジネスパートナー」と訳されます。
ひとことで言えば、人事を管理部門の仕事だけにとどめず、事業の側から人と組織を考える役割です。
従来の人事は、給与計算や労務管理、採用の事務手続きなど、いわば「後方支援」を担ってきました。一方でHRBPは、事業の課題を、人と組織の視点から解こうとします。
たとえば、ある部門の売上が落ちているとします。
従来型の人事なら、「増員が必要なら求人を出します」と考えるかもしれません。
HRBPは、その前に問いを立てます。
人が足りないのか。
育っていないのか。
辞めているのか。
配置が合っていないのか。
原因が違えば、打ち手も違います。採用も育成も評価も、それぞれ単体では意味を持ちません。
事業をどうしたいのかと結びついて、初めて投資になります。その橋渡しをするのが、HRBPです。
大企業の話に聞こえますが
HRBPは、もともと大企業の人事改革の文脈で広まった考え方です。ですから、「うちには関係ない」と思われるかもしれません。
でも私は、中小企業のほうが、むしろ本質的なHRBPを実践しやすいと思っています。
理由は単純です。
経営と現場の距離が近いからです。
大企業では、現場の実態が経営や人事に届くまでに何層もの壁があります。一方、中小企業では、社長が社員一人ひとりの顔を知っていることも珍しくありません。
足りないのは情報ではありません。その情報を整理し、経営の意思決定につなげる役割です。
ただし、専任は置けません
現実的な話をします。社員数30人、50人規模の会社で、人事専任者を置くのは簡単ではありません。
では今、誰が採用を担っているのでしょうか。
総務や経理が求人媒体とのやり取りを担当し、面接は配属先の責任者が行う。所長や工場長が、自分の現場に必要な人を自分で採用している会社も少なくありません。
つまり、誰もサボっていないのに、採用が断片化し、全体を見ている人がいない。これが、多くの中小企業の現実です。
だからHRBPを「新しい役職」として置こうとすると、行き詰まります。そうではなく、「機能」として持つほうが現実的です。
必要なのは肩書きではありません。次の3つが満たされていることです。
1. 現場に出ている
会議に同席する。
現場を歩く。
面談をする。
デスクの上だけでは、人や組織は見えてきません。
2. 経営の意思決定の場にいる
現場で見えたことを、経営の判断につなげられること。ここが切れてしまうと、どれだけ良い情報も生かされません。
3. 採用・育成・評価を一つにつなげて見ている
採用担当、研修担当、評価制度。
それぞれが別々に動いていると、どこかで矛盾が生まれます。
「採用時に聞いていた話と、評価されることが違う。」これは、早期離職でよく見られる原因の一つです。
この3つを担える人が社内にいれば、その方がHRBPです。多くの場合、候補は既存の管理職か、社長の右腕となる方でしょう。
「現場に任せる」とは違います
ここは誤解されやすいところです。
これは、採用を現場任せにしましょう、という話ではありません。むしろ逆です。
現場は目の前の欠員を埋めることが最優先になります。
今すぐ来られる人を採る。
基準は現場ごとに変わる。
入社後に定着したかどうかを追いかける人はいない。
現場は、自分たちの責任の範囲で最善を尽くしているだけです。だから責める話ではありません。
HRBPは現場に入ります。でも、現場の都合だけでは判断しません。
「なぜ人が足りないのか。」
「増員が本当に答えなのか。」
「入社したあと、誰が育てるのか。」
そこまで含めて考えます。
そして判断の基準は、目の前の穴ではありません。5年後、10年後に会社をどうしたいのか。そこから逆算して、人と組織を考えます。
一行で言えば、現場は「今の穴」から採用を考える。HRBPは「未来の会社」から採用を考える。
ここが一番大きな違いだと思っています。
逆算するには、未来が必要です
ただ、ここで一つ壁があります。
5年後から逆算しようにも、その5年後が言葉になっていない会社は少なくありません。
社長の頭の中にはあります。でも、社内では共有されていない。だから現場は、目の前の欠員を基準に動くしかないのです。
HRBPの最初の仕事は、採用計画を立てることではありません。
社長の頭の中にある5年後、10年後の姿を引き出し、言葉にすることです。そこが見えて初めて、「今必要な人」が決まります。
今の仕事を回せる人と、5年後の会社を支える人は、多くの場合、同じではありません。だから採用は、逆算して動く必要があります。
つまずきやすいところ
この役割は、2つの方向に転びやすいと感じています。
1つは、経営の伝達係になってしまうこと。もう1つは、現場の代弁者になりすぎること。
HRBPは、そのどちらでもありません。
経営と現場の両方を理解しながら、事業が前に進む方向へ人と組織を動かす存在です。この距離感を保てる人が1人いるだけで、組織は大きく変わります。
まずは、誰か1人を決めるところから
制度をつくる必要はありません。役職を新設する必要もありません。
まずは、社内の誰か1人に「人と組織を、事業とつなげて考える役割」を明確に持ってもらう。そして、その人が経営の意思決定の場に参加できるようにする。
それだけでも、会社の見え方は大きく変わります。
前回書いた社員インタビューも、単発のイベントで終わるか、組織の仕組みになるかはここで決まります。
誰かが継続して社員の声を聞き、それを経営につないでいく。そこまで来て、採用はようやく安定します。
もし社内にその役割を担える方がいないのであれば、一定期間、外部がその機能を担いながら、少しずつ社内へ引き継いでいく方法もあります。
私が伴走させていただくときも、多くはこの形です。人と組織のことを、誰が考えるのか。まずは、それを決めること。私は、そこが採用を「人集め」から「経営」へ変える最初の一歩だと思っています。
