2029.08.08_9 シェムリアップ(アンコール・ワット、333レストラン)
2019年8月8日
アンコール・ワット “Angkor Wat”
プノン・バケンからアンコール・ワットの西参道正面までは一キロメートル余り、午後四時半過ぎに到着。西参道は修復工事中、その右手(南側)に仮設の浮橋が用意されている。

アンコール・ワットはアンコール遺跡群を代表する寺院で、クメール建築の傑作とされ、カンボジア国旗の中央にも国の象徴として描かれている。
九世紀初頭に成立したクメール帝国(アンコール朝)のスーリヤヴァルマン二世(在位 1113年–1150頃)によって、十二世紀前半に三十年以上の歳月をかけてヒンドゥー教のヴィシュヌ神を祀る寺院として建造されたのがアンコール・ワット。
アンコールが放棄されてプノンペンに王都が遷ると、一時は忘れ去られるが 1431 年頃に再発見される。十六世紀中葉にアンチェン一世が未完成であった第一回廊北面とその付近に彫刻を施す。
十六世紀後半にはアンチェン一世の孫のソター王が仏教寺院へと改修し、本堂に安置されていたヴィシュヌ神を四体の仏像に置き換えたという。現在も上座部仏教寺院となっている。



若い僧達の列でルアンパバーンの朝の托鉢を思い出す。お堀と外廊の間を僧の列と共に往くと西塔門前に出る。













マハーバーラタ
古代インドのグプタ朝 (320–550) の頃に成立した叙事詩。ヒンドゥー教の聖典のうちでも重視されるものの一つ。バーンダヴァ族とカウラヴァ族の間で王位を争った戦闘物語。


指揮官(隊長)を中心に、牛(鹿?)を襲うライオンや身体を蛇に絡まれた兵士とそれを助けようとしている兵士が描かれているが、この戦闘では実際にこんなことがあったのだろう。

さらに進むと壁面のレリーフに代わって壁面に沿って不規則に座像が置かれている。



第一回廊と第二回廊の間にある沐浴場跡で先ほどの僧一行が大きなラジカセを脇に読経していたが、供養を兼ねた修業なのだろうか。


十字回廊の外れではコンビーと呼ばれる占いが行われていた。

さすがに長い一日、くたびれた。どの寺院も急な階段が多く、上り下りが多かったせいもあって腿が張っている。
細かく見て行けば切りが無いアンコール・ワット見学はここで切り上げる。ここまでで三個用意したカメラの電池を全部使い切ってしまった。
今日の最後の予定になっているプノン・バケンからの夕焼けも、今日の空模様では望めそうもない。チャブさんとも相談してホテルに戻る。今朝 US$ 25(¥ 2,750)の約束で出発したトゥクトゥク、夕焼け見物を外したので今日のチャーター料は US$ 20(¥ 2,200)で好いと律儀なチャブさん。
333レストラン
シャワーを浴びて一休み。ランチを採り損なってしまったので国道六号線沿いにある「ニャック・ボアン 168」を捜して夕食に出るも、この辺りと思われる場所に見つからず。少し戻って地元の人で賑わっている食堂「333レストラン」で夕食にする。
この時間になると長袖のシャツで外出しても暑くない。

メニューに書かれている “Lok Lak” が何のことなのか分からないまま “Lok Lak Chiken with Fried Rice” を注文、US$ 2.5(¥ 275)。甘いタレでまぶした鶏肉と刻んだタマネギがのったカンボジア風チャーハンで、タイやベトナムとも違う中国広東寄りの風味が美味だった。

食後、ホテルに戻ってカメラの設定を確認したら、露出補正ブランケットが掛かっていてプログラムモードで撮影したカットは総て三枚ずつ撮っている。バッテリーの減りが早かったのはこれが原因か。
【訪問先一覧地図】
