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ナイトバードに連理を Day 7 - A - 4

【前 Day 7 - A - 3】

(1913字)

 ボートは滅茶苦茶に回転しながら落下し、茶賣と兵士の姿を消して着地した。轟音と砂ぼこりが洞窟を埋め尽くす。腕で庇い細めた目で、早矢はボートの向こう、洞窟の入り口に立ちはだかる巨大な影を見た。

 大獣。その巨大な瞳は撒き上がる砂塵越しに確かに早矢たちを見ていた。

 その背腕が早矢たちに向かって振り下ろされ、そして地面に辿り着く前に止まった。早矢たちと大獣を遮る砂塵の中に赤い光が瞬いた。砂塵は突風とともに晴れ、輝く片腕を真上に掲げる茶賣が現れた。

「時間稼ぎがやられてどうするんだ、なあ」

 茶賣と大獣は力比べをするようにその場を動かなかった。人の形をしたものが巨大な獣と真っ向に対峙する光景は神秘的ですらあった。

 大獣は笑うように乱杭歯を剥き出しにした。早矢たちを睨む巨大な眼光が強くなっていく。早矢はそれを身体の重さと同時に知覚した。一瞬、恐怖と緊張が遅れて肉体を襲ったのかと錯覚したが、そうではなかった。腕が挙がらない。脚が動かない。首を回すことができない。息ができない。声を出そうとしても喉の奥がみっともなく唸るだけだ。早矢は身体を空間に固定、圧縮される感覚を初めて知った。

「畜生風情が器用な真似を」

 茶賣は空いた片手を大獣に向け、見栄を切るような姿勢で言った。それを聞いて早矢はようやく、この現象が大獣の石術によるものであり、茶賣がまたしても自分たちの死を防いだことを理解した。だが息ができないことに変わりはない。危険を知らせるように鼓動が大きくなる。酸素を求めて血流が加速する。どことも知れない体の芯が痛い。茶賣は気づいていないのか、どうにもできないのか、その疑問を伝える手段もない。大獣は何かを待つように――いや、早矢の死を待って静止している。

 そのとき、洞窟の外、大獣のはるか彼方、地平線の上に小さな閃光が起こった。

 微かに顔を動かした大獣が腕を振るい、コーデックボートから飛来した砲弾を打ち払った。大質量の金属同士が衝突するような轟音と突風に早矢はよろめき、むせ、そうすることができる自分を発見した。膝に手を突いたまま周囲を見回すと、近衛たちも同じように咳き込み喘いでいた。

 石術の弱まった瞬間を逃さず、舞い上がった砂ぼこりに目を細めることもなく、茶賣は両手を大獣に向けた。その腕の光が強くなる。大獣は四肢を地面につけたまま、背後から引かれたように後ずさった。

「クソが。弱いぞ水門石!」

 茶賣が形振り構わず叫んだ。その声をかき消すように大獣も吠え、力強く一歩前に来た。茶賣が押した距離はほんの数秒で戻された。

 再び閃光。大獣はやはり見向きもせずに砲弾を打ち払った。どうにもならない。茶賣ですら手に負えていない。早矢は逃げだすこともできずに呆然とし、そしてもう一度閃光を見た。地平線ではなく空中、大獣の肩の上に現れたそれは、明らかに発炎とは違っていた。早矢はそれが何かも分からないまま一歩前に出た。

 早矢は右手に握った門石を見た。数日前茶賣から渡された物を、無意識に取り出していた。このままではただの石ころだが、水を持っていない。乾き切った口からは舌を絞っても一滴の唾液すら出そうにない。

 早矢は門石を左の掌に叩きつけ、ドアノブを回すように皮膚を抉った。

 痛みは感じなかった。早矢はただ門石が冷たいとだけ思い――

 誰かが心臓を叩いた。再開した血液の循環が求めるままに空気を吸い、その熱さにむせた。やむなく目を開く。空は完全に黒く、大地は冷えた溶岩のように乾いている。どれほど時間が経ったかは知らないが、世界は心臓が止まる前と何も変わっていなかった。

 偽神め。この体をまだ動かせというのか

 ――半面の赤く染まった門石を、早矢は大獣の顔目掛けて投げつけた。門石は茶賣の頭上を通り過ぎ、洞窟を出、大獣が腕で打ち払おうとした瞬間に爆発した。

 反射的に目を閉じた早矢は大獣の叫び声を聞いた。どうにか目を開いた早矢は、アマフリが大獣の腕を切り落とす瞬間を、そこから噴き出す大量の赤黒い体液を目撃した。空中で陽光に煌めき、落下してきた物体の正体がアマフリであることに早矢は驚かなかった。

 大獣が再び叫び、大きく捩った体からアマフリが吹き飛んだ。だが洞窟を離れるその声は明らかに、これまでとは違う痛みを伴っていた。

「よくやった、早矢」

 砲撃を浴び、斬りつけられ、みるみる動きが鈍くなっていく大獣を背景に、茶賣が振り返って言った。早矢は茫然としていたが、茶賣はからかわなかった。

「このまま怪物退治を見物と行こう。外に出るより安全で、邪魔にもならない」

 茶賣は再び洞窟の外に向き直った。アマフリが大獣の脳天を穿ち殺すまでには、さらに数分が必要だった。 【Day 7 - A - 5に続く】

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