ナイトバードに連理を Day 7 - A - 3
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鉱山の入り口から飛び出したそれを何と呼んでいいか、早矢には分からなかった。
獣には違いない。砂鉄のように蠢く黒い毛で覆われた体、土煙を上げて着地した四本の脚、目耳鼻口を備えた顔は狼に似ていた。だがその肩から翼のように延びる一対の腕と、四両の列車を積んで束ねたような巨躯は早矢の知るどんな生き物とも違っていた。それはまさしく大獣だった。
大獣は四肢を踏ん張り両腕を広げ、鉱山に向かって咆哮した。猿の雄叫びとジェットエンジンを掛け合わせたような轟音。それを浴びながらアマフリが鉱山から歩み出た。正面に立つその姿は大獣より小さいが、決して弱弱しくはなかった。二者は睨み合い、そして空気を爆発させるような勢いで互いに飛び掛かった。
そこまでを仰ぎ見届け、早矢、茶賣、冶具、そして二人の傭兵は鉱山に入った。
「あとはアマフリとボートに任せればいい。離れるなよ」
壁に沿いながらとはいえ明かりもない暗闇の中、茶賣は躊躇なく先頭を進んだ。声はさすがに落としていたが、その振る舞いが虚勢でないことを早矢は理解していた。早矢の前後を進む茶賣の私兵は黙ったまま反応しなかった。彼らは鉱山町での戦闘に参加し、茶賣の力を目撃している。小銃を構え闇に溶けていくその姿は、ただ与えられた命令をこなす機械のように見えた。
早矢は歩くに従い時間感覚が薄れていくことを自覚したが、辛うじて互いの姿が見えるうちに茶賣は足を止めた。
「ここだ」
茶賣は前後と全く区別のつかない壁の一か所を掌で押した。数秒後、想像より軽い音を立てて壁が横に開いた。ゆっくりと広がる弱い明かりの帯に照らされる茶賣、壁、地面を横から見た早矢は、咄嗟に洞窟の入り口へ振り返った。思いのほか近くにあった陽だまりには何者も存在しなかった。
「おいおい。助けに来た味方にこの仕打ちか?」
妙な台詞に早矢が振り向くと、隠し部屋からの明かりに照らされた茶賣が両手を上げて後ずさっていた。死角に立つ兵士二人が小銃を入り口に向けた。
「茶賣。手下の銃を降ろさせて、こちらに寄越せ」
室内からの姿なき声に早矢は聞き覚えがあった。頼ではない。当然、この数日で聞いたものには違いないが、その顔までは思い出せなかった。
茶賣は早矢たちに首を振って見せた。二人の兵士は早矢と冶具を壁に押し付け、その左右で一人はしゃがみ、一人は立ったまま、一切疑うことなく小銃を入り口に向け続けた。
「大獣は片付いちゃいない。たぶん、まだな。話があるなら生き延びた後にしようじゃないか」
「武器を渡せ。我々と夜目様方を解放しろ」
その言葉に早矢の思考のピースが噛み合った。立て籠もっているのはモッカ狢の生き残り。彼らはもう一人の夜目の存在を知っている。近衛は生きている。
「待遇に不満があるなら改善しよう。もちろんお前らの夜目様についても。ああ、ちょうどそこで、銃を突きつけられているしな」
茶賣の言葉に早矢は戸惑った。何のための嘘だ。早矢の背後で兵士が身動ぎしたが、茶賣はそれも手で制した。
「……その無礼をやめろと言っている」
しばらく間を置いたモッカの声は明らかに怒りに震えていた。
「ダメだ、よせ! 茶賣と戦うなと言ったはずだ!」
「……冶具か? だが……」
早矢の隣から叫んだ冶具の声に、狢の返答は困惑しながらも平静を取り戻しつつあるように聞こえた。左右を見回していた早矢は一瞬安堵したが、視界に入った茶賣の横顔に、その冷たさに息を呑んだ。
「……そうとも冶具、言ってくれ。夜目を人質にしているそっちの方がよほど無礼――」
ドアをノックするような音と、時計の内部機構のような音。門石と水門石が起動する二つの音が同時に起こり、そして早矢は茶賣の胸の前に浮かぶ赤く小さな光の塊を見た。目を凝らすとその核に一発の銃弾が見えた。冶具も兵士も、見えざるモッカ狢も何も言わない数秒が過ぎ、そして茶賣が一息嗤った。
「よく分かった。石術なら捉えられる。ご苦労」
茶賣がそう言って掌を前に振ると、光の塊は部屋の中に飛んで行った。茶賣と傭兵の一人がその後に続き、早矢、冶具ともう一人の傭兵が残った。辺りが再び暗くなる。人の叫び声、何かが地面に落ち潰れる音、銃声。誰かに止められるまでもなく、早矢の膝は震えるばかりで一歩も動こうとしなかった。
数分後、コーデック銃を手に茶賣は戻った。光の塊は消えていた。
「参るよな。俺たちが昨日回収したコーデックを使うとは」
茶賣に続いて甘医師が、そして最後に近衛が現れた。その外見は瞳以外、現実で見たものと変わらなかった。早矢と近衛は金色に光る視線を交わし、何も言わずに逸らした。
「すまない、私とこちらの――近衛殿で彼らを止めようとはしたんだが……説得できなかった」
甘医師が早矢と冶具を交互に見ながら言った。二人はどちらも答えなかった。部屋に入った兵士が遅れて戻り、茶賣に頷いて見せた。
「説明は後だ、ずらかるぞ。石術を感知した大獣が巣に戻ってくる」
「他の生き残りは……」
「あとだ」早矢の掠れた声を一蹴し、茶賣は外に向かって歩き出した。その背中を追うことも止めることもできない早矢の肩に甘医師が手を置いた。
「行こう。中にはまだ怪我人がいるが、頼はいない。連れてくることができなかった。可能性があるとすれば……」
甘医師自身どれほど信じているのか分からない言葉だった。早矢は大人に言いくるめられる子どもという構図を察知したが、抗う気にもなれず、洞窟の外へと振り返った。茶賣たちはすでに日なたに足を踏み出そうとしている。早矢、近衛、冶具、甘医師、もう一人の兵士も動き出し、そして数歩で足を止めた。
日なたが日陰になる。鉱山に飛来するコーデックボートが太陽を遮っていた。 【Day 7 - A - 4に続く】
