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期待されるほど、苦しくなる時がある

最初は嬉しかった。

「すごいね」
「頼りになる」
「あなたなら大丈夫」

そんな言葉をかけてもらえるたびに、
ちゃんと見てもらえてる気がした。

必要とされることが嬉しくて、
期待に応えられる自分でいたくて、
気づけばずっと頑張り続けていた。

でも、
期待って時々、
優しさじゃなくて重さになる。

期待されればされるほど、
失敗しちゃいけない気がして。

弱音を吐いたらがっかりされそうで。

「できません」
って言うだけなのに、
全部壊れてしまいそうで怖くなる。

周りから見たら、
きっと私はちゃんとしてる人だった。

人に合わせられて、
空気も読めて、
頼まれたこともちゃんとやる。

けど本当は、
“ちゃんとしてる自分”を
やめるのが怖かっただけなのかもしれない。

期待されてる自分を失ったら、
誰にも必要とされなくなる気がした。

だから無理して笑った。

疲れてても「大丈夫」って言った。

本当は余裕なんてないのに、
ちゃんとしてるフリを続けた。


頑張り続けることって、
思ってるより苦しい。


ずっと誰かの理想に合わせて生きてると、
自分がどこにいるのかわからなくなる。

何がしたいのか。

何が嫌なのか。

どこまでなら頑張れるのか。

そんな簡単なことすら、
わからなくなっていく。

期待されることは、
決して悪いことじゃない。

信頼されてる証拠でもあると思う。

でも、
期待に応え続けることだけが、
生きる理由になってしまうと苦しくなる。

“期待される自分”しか愛せなくなるから。

ちゃんとしてる時だけ。

結果を出せた時だけ。

役に立てた時だけ。

そんな条件付きでしか、
自分の価値を感じられなくなる。

だけど人間だから、
うまくできない日もある。

なにもしたくない日もある。

逃げたくなる日だってある。

それなのに、
期待されてる人ほど、
そういう自分を許せない。

「もっと頑張らなきゃ」
「こんなんで疲れてる場合じゃない」

って、
一番苦しい時に一番自分を追い込んでしまう。

本当は、
少しくらい期待を裏切ったっていいのに。

少しくらい、
“できない人”になったっていいのに。

ずっと完璧でいるなんて、
誰にもできないから。

期待に応えられない自分にも、
価値はちゃんとある。

何者でもない時間にも、
意味はある。

頑張ってない自分には、
存在価値がない気がしてしまう。

だから今日も、
誰にも気づかれないまま苦しくなる。

期待されてるはずなのに、
なぜか孤独で。

必要とされてるはずなのに、
なぜか満たされなくて。

その矛盾の中で、
静かに心をすり減らしていく。

期待されることは嬉しい。

でも、
期待だけで生き続けるには、
人の心は少し繊細すぎるんだと思う。



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