魔剣無双と魔獣皇女の証明紀行 第1話
あらすじ
この世界には様々な魔がある。特質すべきは二つの魔。人のみを襲う化け物の魔獣と、人間が扱う超常の力である魔法だ。その世界で力と剣の腕のみで魔剣無双と呼ばれるまでになった男、ソルド・ザーカットはファーモットという国で特別教官として後進を育てていた。ある日、失脚した内務卿が隠していた、この世界では初めての人型かつ少女のような姿で、さらに清純で人間に友好的な魔獣と邂逅する。ファーモットはその魔獣の本性を考えずに殺す決断を下す。理不尽に家族を殺された過去を持つ彼は理不尽を嫌う。だからこそ、彼女が理不尽に殺されても良い存在なのかを判断するために国を抜けて、彼女と共に彼女の本性を知る旅に出る。
第1話
玉座の間にて一人の男がこの国の王に敵意と剣を向けていた。
今回の事件に関わる者たちが視線を注ぐ中、王が罪人に沙汰を言い渡す。
「魔剣無双、黒犬、ソルド・ザーカット。貴様を俺に刃を向けた罪で、国外追放処分とする」
「上等」
言い渡された沙汰に、男は笑顔で応えていた。
雲一つない青空、爽やかな風、暖かい日差しが獣たちの死骸の山を歓迎している。
のどかな平原が青い血で染まっている。男が一人、その山の上に立ち、剣を片手に辺りを見回していた。また、彼のいる山の辺りでは多くの兵士が死体を片づけている。
男は黒髪で身長が高く筋肉質。その目は丸みがあるものの厳かさがあり、犬のような印象を受ける。
「ソルド教官、お疲れ様です」
身長は2m20㎝、筋骨隆々で目つきが鋭く金髪、後頭部に髪をまとめた女性が身の丈以上の斧を背負い、死骸の山を登りながら彼に呼びかけていた。
「あ?ああ、お疲れさま。いつになったら教官呼び止めるんだ?カトリーナ」
「いえ、教官はいつまでも私の教官ですから。……最近、魔獣、増えてきましたね」
要望をきっぱりと断られた彼は、『こりゃ無理だな』と内心諦める。
「……まぁ、そうだな。教職の俺が引っ張り出されるくらいだ」
「貴方は教職とはいえ、魔獣討伐のエキスパートです。決して不思議ではありませんよ」
「魔獣討伐は勇者の方が上だろ。自慢は出来ねぇ。それに出張るべきは教え子たちだ。オレだけ強くなっても意味はない。もう少し人に教える方に回りたいんだがな……」
いつの間にか死骸の山の頂上に上った彼女は、自身の剣の師の暖かい眼差しと、彼女が士官学校を卒業した頃の鋭い目を比べていた。
「……復讐心、薄れてきましたね」
「そうだな。山から降りて十数年、このくらい経てば薄れる。今は、理不尽が壊せればそれでいい」
「そうですね」
「伝令です!」
彼女がソルドに微笑みながら同意していると、一人の鎧を纏った兵士が、彼らの山へ近づいてきた。
しかし油断大敵、死骸の山の中から三つ首の魔獣が、のこのこと近づくニンゲンを殺すために現れた。
基本的な姿形は犬そのものであるものの、明らかに異質な部位がある。
三つの首はもちろんのこと、異常に隆起した筋肉、生活には不必要なほど膨れた爪と牙。さらに牙からは強酸性の唾液がポタポタと垂れている。
「なっ」
突如、現れた魔獣に伝令を伝えに来た兵は反応が遅れてしまう。
だから彼は間に合わない。
既に彼は獣の間合いに入ってしまっている。
その三つの刃が急所を貪り食おうと野を駆ける。ニンゲンが血を吹き倒れる瞬間を夢見ながら。
しかし、畜生の願いは叶わない。牙が彼の急所に到達する前に、全ての首がソルドによって切り落とされていた。
男の持つ剣の刀身は黒く、青い血が滴っている。
「分裂型だな。分裂されると面倒だが、その隙なく殺せばいい。それか分裂されても全ての首を撥ねろ。ホラ、立て」
「あ……」
あまりの速さに驚いた兵士は尻もちをついている。そんな彼に対して、ソルドは首が複数ある魔獣に対する対策を教えながら、空いている左手を差し出していた。
彼の持つ剣はいつの間にか白く変色している。
「魔獣はただ人を殺すことに特化した獣だ。魔獣討伐の任務ではどんな時でも油断するな。……それで、どうした?」
「あ、ありがとうございます!ディブロ城より伝令です。ワープ魔法を準備するので、ソルド特別教官とナイト・カトリーナはすぐに帰還せよ、とのことです!」
その手を取り立ち上がった兵士は、彼の伝えるべきことを声を張って伝えた。
「ワープ魔法?珍しいな」
それを聞いたソルドは眉間に皺を寄せながら驚く。
「随分と緊急なんですね」
彼の隣に降りたカトリーナも同様に緊急の招集に驚いていた。
「すこし先で魔法陣が展開されるそうです。案内します」
「行くか」
彼らは兵士の案内通りに彼らの本拠地であるディブロ城に戻ることとなった。
「よう、アレッサード」
「軍務卿を付けろ。ソルド特別教官」
ワープ魔法で移動すると、目の前にはこの国の軍務を司る男が彼らを待ち構えていた。
軍務卿アレッサード、身長はソルドと同じで手足が長い。また、その全身に鎧を纏った上に体全体を包めるほどの白いマントを羽織っている。さらに鼻が高く猛禽類のような瞳孔は鷹を連想させる。
「そうだったな。昇進おめでとう」
「……それはどうも。だが今はそれどころじゃない。歩きながら話そう」
彼は到着した二人を急かして歩き始める。
「どうした?ワープ魔法を使ったってことは余程のことが起きたんだろう?」
「ああ、それ相応のことだ。この城の地下に大きな悪性魔力の反応があった」
「……つまり、魔獣か?」
「その通りだ。この前、内務卿が捕まっただろう?ソイツが地下で魔獣に関する研究をしていた」
軍務卿は彼らが招集された理由を話しながら城内をズカズカと進んでいた。進む彼に対してソルドは隣に、カトリーナは並ぶ二人を追うように歩いていた。
異常事態であるはずなのに、城の中では普段通りに慌てることなく、人々が会議や警備、城内の雑事などの業務を行っている。どうやらこの事態は城内のほとんどの人間に伝えられていないらしい。
「魔獣研究自体、不味くはないが……」
「問題は城の地下で行い、それを隠していたということだ。俺たちはその脅威をすぐに排除しなくてはならない」
「そうだな。それで、この先か」
たどり着いたのは監視塔のらせん階段の裏にある木箱。その下にある地下へと続く隠し階段だった。
「リーダーは俺、ソルドは前衛、カトリーヌは殿。不味ければすぐ引くぞ」
二人は軍務卿の提案をすんなり受け入れて、未知の領域へ突入した。
「暗いな。炎を付ける。クリアファイア」
階段を一段下ったところで、その先に明かりはなく延々と暗闇が続いている、と察知したソルドは、人差し指を暗闇に差し出し、明かりを灯す魔法の言葉を放つが、炎が灯されることはない。
「松明、いるか?」
アレッサードが持参していた松明に同じ魔法で火をつけて彼に差し出した。
「……ああ、助かる」
ソルドは表情を崩さず、しかし恥ずかしがりながら松明を受け取り、階段を下り始めた。
彼は魔法が不得意であることを知っていたアレッサードとカトリーヌは、特に表情は崩さずに、続いて暗闇へゆっくり足を進めていった。
(長いな)
この国の精鋭3人は慎重に地下へと進んでいく。
人間2人程度しか並べない狭い螺旋階段の壁には照明器具などはなく、入って来た者を歓迎している作りには見えない。また、階段や壁には所々に傷があり古びている。
(かなり昔からあったな。これは)
そんな、正体不明の空間を進んでいる中、分かることが一つある。
(魔獣の気配が強くなっているな。先ほどの三つ首魔獣のような気配を隠すタイプではないか)
強い悪性魔力特有の悪寒が階段を一つ下る度に強くなっていることを、突入している全員が察知していた。そのため、彼らの警戒度も段を一つ下る度に上がっていく。
(それにしてもひどい魔力だ。この先にはどんな化け物が?)
開けた部屋に到着した瞬間だった。
松明の光の端が床を照らしたその瞬間に、ソルドは異次元の速度で駆け出した。
「……!」
確固となった辺りの地形と魔獣の気配。
それを頼りに魔剣無双とも呼ばれる男は気配に向けて一太刀、先制攻撃を叩き込もうとする。
この国の全ての者を凌駕する速度で放たれた神速の一撃は───
どうしてか、止まってしまう。
気配の中心、そこにいる魔獣は、ショウジョの形をしていた。
(にんげん……!?)
黒く染まった剣が、人間?の首元でぴたりと止まる。
綺麗で長い銀髪、青空のように澄んだ瞳、雪のように白い肌、こんな薄暗い場所には似合わない豪華なドレスを着た少女がいる。
「は……?」
あと少しでも近ければ首を傷つけられる距離で止まった剣。
誰でも、それを一目見れば自分が殺されかけていることを理解する。
黒い刀身を見た彼女は、遅れて恐怖の感情が溢れていた。
(そんな顔をするな!そんな人間らしい顔をするな化け物!お前は……!)
剣が震えている。決意が揺らいでいる。
あの時の虐殺が、暴虐が、どうしても駆け巡るから────。
脳裏に浮かぶ、かつての故郷の惨状。
故郷を食い荒らす魔獣たち。その理不尽飲まれ貪られていく家族たち。
その殺すべき理不尽と守るべきものが混じった存在が目の前にいる。
基準が崩れる。
魔獣だから殺すべきだ。
怯えるにんげんだから意味なく殺さぬべきだ。
「ソルド!落ち着け!」
すると、彼の肩がアレッサードにより後ろから掴まれた。金色の装飾に赤い刀身の剣をその手に持ちながら、空いた手でソルドの肩を掴んでいる。
「!」
その一言で男は正気に戻る。
ただ、正気に戻ったところで、ショウジョの形をしたものを大義もなく殺すことは出来ない。
「これは俺たちで処理できることじゃない!それでいい!」
そのような彼の精神構造を知っていたアレッサードは彼を説得し『よほどのことがあった』として、撤退を指示しようとする。
彼は軍務卿。敵であればどんな存在でも斬る覚悟がある。
その剣はブレることなく握られており、正体不明のショウジョが不穏な行動をすれば瞬時に首を撥ねることが可能だった。
今は目の前の親友が間違いを起こさないように言葉をかけている。
「えっと、その、お茶でもいかがですか?」
その様子を見た銀髪の少女は、耳を傾けると癒される声でのんきなことを言い出す。
「いいや結構!黙ってもらいたい!」
軍務卿は大声で一喝してそれを制止する。
そして部屋の入口にいたカトリーヌは一歩で彼女を殺すことのできる距離で俯瞰し、混乱していた。
(今まで人間型の魔獣は報告されてない。アレはなんだ?)
翌日、城の地下で発見された正体不明の魔獣に対する調査が行われることとなった。
「つまり、ここは『ファーモット』という国の『ディブロ城』の地下なのですね」
「その通りだ。呑み込みが良いな。ヴァサゴ」
発見された地下室には必要最低限の明かりが用意され、小さな机を挟んで、ヴァサゴという一匹の魔獣と二人の人間が座っていた。
情報を聞き出すのは主に相対するソルドの役割だ。隣にいる制服を着こなした女性は、そのサポートを務めている。彼女は黒髪ロングで目つきが鋭く、目元には隈がある。この国の警察機能を司る機関、警察局のトップだ。
「でしょう。私、貴族ですので」
「……お前、貴族なのか?」
男はショウジョの正体に繋がるような言葉が出たので追求する。
「あれ、私、そんなこと言いましたか?」
すると、ヴァサゴと名乗るショウジョは、先ほど口にした言葉に自覚がなさそうに答えた。
「確かに言っていた。どういうことか思い出せるか?」
ソルドは出来得る限りで冷静にその言葉の真意を問いただす。
「……思い出せないです。すいません。記憶喪失で」
「嘘はついていないぞ」
彼のサポートに入る警察局の局長はその言の葉の真偽を保証する。
「そうか、ありがとう。読心魔法が得意なお前が言うなら間違ってないだろう」
男は目の前のショウジョが敵かそうでないかを判断できる根拠が欲しかった。
味方ならば絶対に守らなければならないし、敵ならばすぐに殺す。
彼の腰に帯びている魔剣は今か今かと出番を待ちわびている。
「やっぱり、疑っているんですね?とはいっても、こんな私じゃ疑われても当然ですけど……」
彼女は、それはもう残念そうにしている。裏がなさすぎる態度と声色なので、ソルドは信頼すべきかどうか分からずにいた。
「まだ、疑われているだけだ。何とかなる、かもしれない」
その純朴な態度に、感情が行ったり来たり。
だけれど、どうしてか安心させる方向で言葉をかける。
(俺は彼女を、人間として見ているようだ)
「私、外が見てみたいです!城とか町とか、言葉では知ってますけど見たことはないですし」
「……そうか」
(厄介だな。半端な感情は)
「私、タブー踏んじゃいましたか?」
答えを渋るソルドをヴァサゴは気遣っている。
「いや踏んでない。善処しよう」
その上で彼は決意した。
(半端なのはよくない。見定める必要があるな)
「そろそろ時間だ」
すると彼は肩を叩かれた。どうやら次の仕事が迫っているらしい。
「そうか。じゃあな」
「また、会いましょうね」
「……そうだな。また会おう」
爽やかなヴァサゴの笑顔に、ソルドは不器用に微笑んで答えていた。
城の地下で発見されたヴァサゴと名乗る少女の処遇について、調べられた情報の報告会が行われることとなっていた。警察局局長の言う時間とはこのことである。
「ファーモット魔獣研究所所長のヴィンセントだ。今回は地下で発見されたヴァサゴという存在についてだな。それではこっちの所見を言おう」
不衛生な格好をした中年男性が会議を仕切り始める。
狭い会議室に魔獣研究所の所長、現場に居合わせた軍務卿、特別教官、ナイト、そして取り調べの補佐を行っていた警察局局長が集まっていた。
城の端にある小さな会議室は既に人払いを済ませており、明日行われる国王への報告のための意見交換がこの会議の目的である。
ここでは過去の会議で使われたであろう書類が四方の棚に綺麗に整頓されており、そこにいるだけで圧迫感を感じる。そして、この部屋にいる全員は部屋中央にある木の机を立って囲んでおり、それぞれの前にはヴァサゴの報告書が置かれていた。
それぞれが神妙な面持ちでその資料を眺めながら研究者の言葉に耳を傾けている。
「結論として、アレは殺すべきだ。反対意見は根拠を聞いてからで頼む。まず、アレは。生物的には魔獣だ」
「簡単におさらいしよう。魔獣とは人間のみを襲う化け物。どこからともなく現れて我々に危害を加える」
「青い血、悪性魔力、色々と生物的な特有の特徴があるが、これらの特長は彼女と一致した。それ以外は人間そのものだがな」
彼は淡々と資料共に、ヴァサゴが魔獣である点を指摘していく。
「ただ、引っかかる点が2点。アイツの知能と態度だ。これまで、色々と調査させてもらったが、アレはその全てに協力的だ。そして人間並みの知能を有している。隙を伺うくらいの魔獣は今までにもいたが、人間型で会話が成立し他者を気遣う、または気遣うふりをする魔獣はいなかった」
「そこで俺は四つの選択肢を考えた。
一つ。アレが新たな魔獣の種である説。
二つ。アレがずっと私たちを騙している説。
三つ。アレが記憶喪失だというのは本当で実は我々の味方である説。
四つ。三つと同じ状況で実は我々の敵である説。
これら四つを考えた上で彼女の非公開の処刑を提案する。アレは正体不明だ。殺してバラして研究する方が早い」
「それは、お前が早くあの魔獣を研究したいだけだろう?」
ソルドは淡々と結論をまとめた研究者に対して、反論できそうな隙を突く。
「それではそれらしい理由もやろう。アレはいつ爆発するかも分からない爆弾だ。もしアレが嘘をついていたとなると、もたらされる被害は尋常じゃない。『一旦殺しておく』こと適した解だ」
ヴィンセントは人の感情を逆なでするような言い方で報告をした。
これは故意ではなく彼の性質であることを知っていた他4名は、彼がショウジョを取り敢えず殺したがっていることを理解した。
「警察局としては、あまり手出しできない。するにしても時間がかかる」
そこで警察局局長の女性は彼女なりの見解を答える。
「我々はルールに則り動く。彼女を裁くには人間の定義なんていう哲学的な問いをしなければならない。前内務卿失脚の件で警察局にはそんな余裕はない。だからこそ今は手出しできない」
「でも、国王が命じれば殺せる。……どうやらアレを庇いたいようだが無駄だ。明日の王を交えた会議でこれをこのまま進言する。反論があるのなら用意しておくことだ」
研究者はそれだけ言って後の会話は不要だとだと言うかのように部屋から出ていった。
報告会はそれで終わってしまった。
彼が部屋から離れたことを聴覚で確認したソルドは、何も言わずに腕を組んで上腕を指でトントンと叩いてから部屋から出た。
「久しぶりだな。その合図を使ったのは」
数分後、城の一番高い監視塔にソルドとアレッサードが集まっていた。
「『見張り塔で集合、極秘のため人払いを』。覚えていて良かったよ」
二人はまだ魔獣のことを知らない人々を眺めながら昔を懐かしがっていた。
「それで、話というのはヴァサゴのことだな」
「その通りだ。俺はまだ、様子を見ていたい」
ソルドは城下町を見ながら本音を曝け出す。
「故郷の奴らとダブったか」
対してアレッサードも街を見ながら本音に答えた。
「きっかけはな。だが、もうそれは割り切った。今考えるべきは殺すべきかどうかだ。どうも俺は彼女を無意味に殺すべきだとは思っていない」
「相変わらずの感情論だな。だが、それは難しいぞ。今は内務卿失脚のごたごたで忙しい。更なるイレギュラーの対応には時間をかけられない。即処刑がこの場で一番在り得る」
「だからここに呼んだ。何かいい策はなのか?」
「お前、俺を天才軍師だと思ってるだろ」
「頼む」
友人の無茶な頼みにため息をつきながら、軍務卿の地位まで昇りつめた男は一つの案を考え出した。
「……一つだけある。ただ、厳しいぞ」
「それでいい。修羅の道はこれで3度目だ」
互いに同じ景色を見て、二人は決死の作戦の決行を決意した。
「何と言った?」
そして翌日、昼過ぎ。
昼食後で人々は少し眠気を感じる頃合いだが、玉座の間ではそのような無礼は許されない。
ここには今回の件において意思決定のための必要最低限度の人間が集められている。ファーモット国王、軍務卿、特別教官、研究所所長、ナイト、警察局局長、王を守る衛兵5名の合計11名だ。
豪華な金の装飾が施されている玉座には一人の男が座っている。年齢は30代。王と呼ばれるにはかなり若い年齢と言える。ただし、その顔は国を運営するための辛さ、苦しさを知っていた。
「あの魔獣は俺が外に連れていきます」
「理由は?」
表情は崩さず、猊下にて喚く男に真意を問う。
「彼女はまだ、敵であるかどうか分かりかねます。このまま殺すのは理不尽です。この世に起きる理不尽は根絶しなければならない。俺が彼女を見定め、もし、理不尽であれば俺が殺します」
「今それを審議している余裕はないんだ。あのバカの失脚でこの国全体は不安定な状態になっている。今すべきはこの国の安定だ。人の定義づけではない」
「それでも俺は許容できません」
「引け。お前は強い兵士だ。処罰したくない」
「……お断りします」
男は沙汰を切り伏せる。その決意を王は見届けて、ため息をついた。
「そうか、それでは軍務卿、それと親衛隊。件の魔獣を殺してこい」
そして新たな命令が下される。
このままでは真偽確かめられず、守らなければならない命が散ってしまう。
(よし、かます)
ソルドはパチリとスイッチを切り替えるように反逆を決意した。
「待て」
魔剣の鍔に手をかけて、白い剣先を王へと向ける。
「何を、やって」
殺意の剣を向けられても、王は動じない。
しかし、彼の親友である軍務卿は動揺を隠せていない。
「魔剣無双、黒犬、ソルド・ザーカット。この俺に刃を向けた罪で、国外追放処分とする」
「上等」
ソルドは不敵に笑いながらその罪を受け入れた。己が信念を貫くために。
魔剣は興奮して高まるかのように、その刀身を黒く染める。
「魔剣を解放させるな!」
その殺気に反応した衛兵の一人が叫ぶと、彼に向かって全員の衛兵が飛び掛かった。
「来い。お前たちに、最後の教えを授けてやる」
決死の覚悟で挑む彼らに、ソルドは余裕綽綽で対応する。
「踏み込みが甘い」
「体力が落ちてる」
「教本34ページの応用」
「冴えがない」
「ビビるな」
各々の欠点を伝えながら、拳で全員を気絶させた。
「親衛隊がそのザマとは……外でやってくれ。リッド」
「了解」
悪態をつき命令を下した王の声に応えたのは、名を呼ばれた警察局局長だった。
彼女はまず拳を振るう、と見せかけて回し蹴りを行うが、ソルドに簡単に受け止められてしまっていた。
そのようなフェイントは通じない。だが、受け止められるだけで彼女の狙いは達成されている。
「爆ぜろ」
言葉と共に、彼女のハイヒールが赤く輝き、爆発魔法を放った。
それを受けたソルドは無傷ながらも窓から宙に舞う。
この城で二番目に高い場所からの落下。しかし、その程度では彼を殺せない。
一時、重力に身を任せると真下にあった食堂の屋根にて受け身を取って、そのまま走り出した。
まだ衛兵たちは玉座の間で何が起きたのかを知らないので、刃を向けずただ動揺している。
(速く、早く……!)
これは彼の罪状が伝達されるまでの時間の勝負。
ソルド程の実力者でもこの城にいる全員から狙われれば、命の保証はない。
神速で城内を駆けまわり、ヴァサゴのいる地下室まで移動した。
「おはようご……」
のんきに椅子に座って待っていた彼女は、ソルドの深刻な表情と黒く染まった剣を見て殺されるのではないかという予感で顔が引きつる。
彼女は逃げ道を知らない。だから震えることしかできなかった。
「これは気にするな。それよりも外が見たいと言っていたな」
彼はそんな様子をものともせず、ずかずかと歩きながら昨日の言葉の確認を取る。
「は、はい。言いましたけど……」
彼女は気にするなという言葉をすんなりと信用し、自身の言葉を思い出す。その間に、両者の距離は1m程になった。
「見せよう。ついて来い」
「え、いいんですか!?」
ノリの軽い彼女が喜んでいたのも束の間、急に抱えあげられた。
「ただ、乱暴に運ぶぞ」
「え?ああああああああああ!」
ソルドは少女を抱えた上であっても速度は落とさずに長い階段を駆け上がった。
ヴァサゴはただ悲鳴を上げることしかできない。
雲一つない青空、爽やかな風、暖かい日差しが日の目を浴びた人型の魔獣を歓迎している。
初めての歓迎は彼女にとって眩しいもので、思わず目を閉じてしまう。
されるがままに、ゆっくり降ろされたとしても何も反応できないほどに。
ぼやける視界には互いを睨み合う両雄の姿が映っている。
「随分、話と違うじゃないか」
「いいだろ。許してくれ」
階段を上り切ると、アレッサードが赤い刀身の剣を抜いてソルドを待ち構えていた。
「許すか、馬鹿」
笑みを浮かべながら軽口を言い合っているが、ここで談笑する時間はない。
「魔剣解放」
「聖剣起動」
両者、早期決着のため、己の武器の最奥を解放する。
魔剣はすぐに魔獣と人間を観測できない霧の中に閉じ込め、ソルドは音もなく背後に現れた。
「背後を取るの好きだな!」
「一手読んだだけで図に乗るな」
軍務卿は背後の攻撃に対して触手のように伸びた赤い剣で対処している。
そして目の前には霧でできたソルドの人形。
まだ伸び続ける赤い捕食者はその剣先で霧を喰らい、消滅させた。
ただ、その隙を許す魔剣無双ではない。
黒い剣を蠢く赤い剣の隙間に通して、致命傷となり得る連続の突きを放つ。
軍務卿はその全てを最小限の動きで回避した。
そして始まる異次元の剣戟。
金属音は絶えることなく響いているが、誰の血も流れることはない拮抗状態が形作られた。
霧のドームの中で行われる熾烈を極めた戦い。
しかし、その戦いは思わぬ形で決着することとなる。
斬り合いの中で聖剣が白く染まったのだ。
それは聖剣の力が失われたことを意味する。
しかも、なんの予兆もなく。
「⁉」
白くなった刃を見た両者は驚き固まる。
刹那の沈黙を経て、最初に動いたのはソルドだった。
選んだ選択は逃走。勝機と見た本能を抑え目的のために体を動かした。
「待たせたな。逃げるぞ」
そして、霧の中でただ座っているだけのヴァサゴを抱えあげ、再び神速で走り出した。
軍務卿が拮抗できない以上、彼に対抗できる個人はこの国には存在しない。
彼はそのまま城門、城下町を抜けて、近くの森に身を潜めた。
辺りに敵がいないことを確認し、木陰で彼女をゆっくりと下ろす。
「どうして、助けてくれたんですか?」
降ろされた彼女は困惑した顔と上目遣いで彼に問う。巻き込まれるだけの彼女であったが、彼女自身の状況を理解しているらしい。
その表情は見る者を魅了するような力を持っている。
これで揺らぐソルドではないが、その顔がそういったものであることは理解できた。
「確かめるためだ。お前が善いモノか悪いモノか」
「なるほど。私は善い方だと思いますよ」
彼女はソルドの問いに笑って答える。
その笑顔は月のように純真なものだった。
