休みの日、ずっとそばに #シロクマ文芸部
休みの日が嬉しくなった。
今までの私は休日に予定などなにもなくて、ただ家にこもって、ただテレビを眺めたり、ただ本を読んだり。
それが楽しくてしているわけでもなかった。
仕事は休みなんだから、仕事以外のことをする。私には『仕事じゃないこと』で『したいこと』が思いつかなかっただけ。
それを退屈だとは思っていなかった。そんなものでしょ、と思っていた。
休みの日が終わればまた仕事に行く。それが、仕事と仕事の間の休みの日。
でもそれは、とてもとても退屈なことだったとわかった。
「あ、いらっしゃい」
「また来ちゃった」
「どうぞ」
彼はにこやかに私を迎えてくれる。
年下の彼。
まさか私が。年下の男の子に夢中になるなんて、思ってもみなかった。
自分よりも年上の、『大人の男』に恋をすると勝手に思っていた。『大人の男』なんていうのも、漠然としたイメージでしかなかったけれど。
彼は、私が思い描いていた恋の相手ではなかった。それでも私は恋をした。
彼と出会って、私の休みの日は変わった。
休みの日のたびに出かける。彼に会いに行く。
「ご注文はお決まりですか?」
「他人行儀だねぇ。もう何度も会ってるのに。いつものでいいよ」
「はぁい」
彼は小さく笑って私に背を向けてキッチンへと歩いていく。
キッチンに立つ彼を眺めて、私はそれだけで幸せな気分に浸る。
なんて贅沢な休みの日なんだろう。
休みの日に大好きな人と一緒に居られるって、こんなにも素敵なことだったなんて知らなかった。
今までの休日をどれだけ無駄に過ごしてきたんだろうとさえ思う。
しばらく彼を眺めていると、彼がゆったりとコーヒーを運んできてくれる。
「はい、どうぞ。ごゆっくり」
「ありがとう」
彼は私から少し離れる。
私の邪魔をしないように。
私は鞄から本を一冊取り出した。
彼に会いに来たときには、私は本を読むことにしている。そんな私の邪魔をしないように、彼は気遣ってくれるのだ。
本当は、本なんてどうでもいい。でも彼の気遣いを無駄にしないように、私は変わらずに本を読む。
今までなんとなく読んでいた本は、彼と同じ空間で読むと全然違うもののように思えた。
といっても、彼をチラチラと見ながらでは、相変わらず読めていないのと同然だったけれど。
彼も時々、私を見る。それはすぐに逸らされてしまうけれど。
話しかけるタイミングをうかがっているのかもしれない。
読書なんてただの飾りだから、いつだっていいのに。
彼が運んできてくれたコーヒーを一口啜る。ああ、美味しい。コーヒーの味もまるで変わったように美味しく感じる。
私は「ありがとう」の気持ちを込めて彼に微笑んだ。
「あの、マスター? 俺、来週からこの曜日、休んでいいですか?」
「ん? たぶん大丈夫だと思うけど。なにか用事でもできた?」
「いやぁ……、その、あの人、なんか怖くて」
「……あそこの席の女の人?」
「です。ずっと、俺のこと見てる気がして……」
#シロクマ文芸部 企画に参加しました。
▶ 最近の シロクマ文芸部 参加ショートショート:
・20字の「バス停で」 4/10「バス停で」
・春風の紡ぐ名を聴く 4/17「春の風」
・消えた、出てきた、それからまた 4/24「ブランコに」
▶ 【マガジン】ショートショート:
▶ マシュマロ投げてみますか……?
感想、お題、リクエスト、質問、などなど。匿名で送れます。
2025.05.04 もげら
