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春風の紡ぐ名を聴く #シロクマ文芸部

 春の風にはいろんな名前がついているらしい。
 微風びふう春疾風はるはやて、桜まじ、あめ東風あめごち強東風つよごち梅東風うめごち凱風がいふう穀風こくふう風炎ふうえん——
 ひとつひとつに意味がある、風の名前。

 春の風なんて、ただ強くて、ただ寒くて。
 大切なものを奪っていく。そんな思いが、ずっと消えないでいた。
 つらくて。かなしくて。
 春の風なんか、大嫌いだ、と、思っていた。


「おーい」
 たぶん、僕を呼んでいるんだろう。
 強い風がびゅうびゅうと音を立てているせいで、聞こえない。
「はいはーい」
 きっと、僕の声だって聞こえていない。
 この、今、吹いている風には、どんな名前があるんだろう。

 数メートル先で彼女が足を止めた。
 満開の桜を見上げている。
 強い風が、桜の花びらを次々と吹き飛ばしていく。
 この風にも、名前があるんだろうな。
 花びらが風に飛ばされて、彼女の周りを取り囲むように渦を巻く。

 連れていかないで。

 咄嗟に、そう、思った。

 春の風は、僕をむやみに不安にさせてたまらない。
 不安にさせる風、それにも名前があるのだろうか。

 思わず走り出しそうになったとき、風がピタリと止んだ。
 風に翻弄されていた花びらが今度は、ゆっくりと、ひらひらと、舞う。
 彼女の周りを縁取るように、舞っている。

「早く、早く」
 風の音に消されることなく、彼女の声が今度はちゃんと僕に届く。
「はいはーい」
「『はい』は一回でーす」
 僕の声も、今度はちゃんと届いたらしい。
 笑いながら彼女は僕を待つ。

 さっきまでの強風が嘘だったみたいに、やわらかな風が僕と彼女の間にふわりと流れる。
 ふわふわと、ゆらゆらと、桜の花びらと戯れながら。

 この風の名前は、なんて言うんだろう。

「ねえ、」
 彼女に追いついた僕は、彼女に問いかける。
「この風に、名前をつけるなら、どんな名前にする?」





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2025.04.20 もげら

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