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夜の観察者たち #シロクマ文芸部

 夜桜と月だけが、知っている。

「そろそろやって来ますよ」
「おや、そうですか」

 まだ桜の蕾は開ききらない三月。
 いくつかの小さな蕾をつけながらも冷たい夜の風に吹かれて桜の木は、ポツリと立っている。
 その上に光る月が、知らせた。

「随分と虚ろな眼をしていますがね、足取りはしっかりとしていますよ」
「そりゃあ、まあ、そうでしょうねぇ。ふらふらしていては、成せはしません」


 一人の男が、なにやら重そうなものを抱えて、桜の木の下を訪れた。
 まだ花のない桜の木と、まんまるな大きな月を見上げる。
 ぼんやりとした男の瞳でさえ月の光を写し、煌めきが宿った。

「相変わらず、あなたの光はなにもかもを美しく、そして妖しく魅せてしまいますね」
「あの男の目には、あなたの姿もそう見えているのでしょう。美しく、妖しく。そうして人々を惹きつける」
「いや、なに、それは良くも悪くも、あなたのせいでもあるでしょう」

 ザクリ、ザクリ、
 男は桜の木の元を掘り始めた。
 根本に向けられた男の瞳からは煌めきは消えている。
 ザクリ、ザクリ、
 なにかに憑かれたように掘っている。
 ハア、ハア、
 合間には息遣いが聞こえる。
 それを聴いているのはただ、桜と、月。

「ヒッ……!」
 小さな悲鳴が、男から上がった。
 それを聴いたのも、桜の木と、月だけ。

「おや、見つけたようですね」
「さて、どうするでしょうね」

 男は後ずさる。
 そうして、しばし呆然と、桜の木の元を見つめた。

「今回は少し時間がかかっているようですね」
「予想していなかったのでしょうね」
「よく言われていることではあるでしょう」
「まさか、と思うでしょう」

 男が静止していたのはどのくらいだったろうか。
 桜は音もなく枝を揺らし、月はその様を照らし続けた。

 ザクリ、
 また音が響き始めた。

「どうやら決めたようですね」
「どのように判断したのか、一度聞いてみたいものです」

 桜の木の元には、大きな穴が開いた。
 人が、入れるほどの穴が。
 月の光が、夜闇にその穴だけを白く浮かび上がらせると、桜の影が、夜闇にいっそう男の姿を暗くした。

「ああ、あなたの光は、死体でさえも美しく魅せてしまう。なんて罪深い光なのでしょう」
「いやいや、人の死を幾度も受け止めながらも、毎年美しく花を咲かせて魅せるあなたこそ。その上に、いくつもの花弁を散らせる様といったら、ゾクリとするほど美しい」

 ドサリ、
 人の上に、人が、重なった。

「ああ、やはり美しい。不思議なものだ。美しいということばが、これほどに似合うなんて、とても残酷だ。私の贄となるだけであるのに。今年も、わたしの花はいっそう美しくなるでしょう」
「あのような状態でなければ、きっと褒め言葉だったでしょうに」
「人々は、この美しさを求めて、愚かな行為を繰り返すのでしょうか」
「その代償を忘れてしまってね。わたしの光の中で、わずかに美しく見える幻惑に、酔ってしまうのでしょう」


 桜と、月だけが、知っている。
 何人が、そこで月の光に照らされたのかを。

 桜と、月は、ただ、見ている。
 人々が繰り返す、この行為を。




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2025.03.29 もげら

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