メシを食わなくなった男 『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』考察・前編
食事で、人の心理を読む。
そういう映画の楽しみ方がある。
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ハサウェイの「分からない」を解説。
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メシを食わなくなった男
食事で心理状態を表現する映像技法。
セリフがなくても、真意は伝わる。
「コミュニオン(共に食す)」とも呼ばれる手法だ。
食卓を囲むのは『信頼』
拒む、断る行為は『断絶』を意味する。
映画キルケーの魔女を食事で切り取って見ると、
小説版ではサラリと流されるメシのシーンが、村瀬監督の手で、キャラの深掘り表現へと昇華している。

第1部のハサウェイを振り返ろう。
地球行きのシャトル、彼は機内食を完食した。
粛清対象である地球のお偉いさんを目の前にしてだ。最初は、サイコパスに見えた。
だが、その後の食事シーンを追っていくと、別の顔が浮かぶ。
レモネード、ジョリビー、食堂…
第1部は驚くほど食べ物のシーンが多い。
ダバオのホテルでは、暗い部屋で電気もつけず、魚のムニエルをナイフとフォークで正確に切り分けて食べている。
育ちの良さなのか、品のない感じはしないが、漂うのは孤独と神経質さ。
形式を重んじて、枠から出られない男。
その内側では、混沌とした感情が渦巻いている。
同じシーン、対照的なのはケネスだ。
彼はハサウェイの皿の上のフライドポテトを素手でつまんで食べる。他人の皿に手を伸ばせる男。大人の余裕と力強さを持つ。
それだけで、ケネスという人間がわかる。

ハサウェイは理念のため、マフティーを忠実に演じる。演じようと、もがいている。
組織の主軸として、
「生きることを望まれている」からだ。

では、第2部の彼はどうだろう。
冒頭、ミヘッシャから貰った水は飲まず、別のクルーが飲んだ。
ハサウェイが自ら口にしたのはチュッパチャップスとサンドイッチ。差し出されたものではなく、自分で選んだ最低限の固形物。

村瀬監督は意図的に、ハサウェイから食卓を奪った。
消えた「生を感じる描写」
代わりに強調されるのは、他者の生々しさ。
小説版にはないオリジナルの描写だ。
かつて愛した女性ケリアが、カレーを食べている音。それが今のハサウェイには、耐え難いノイズに聞こえる。
日常の営みがいかに遠く、不快なものになってしまったかを、象徴する残酷な演出だ。
食べること、噛むこと、飲み込むこと。
命をつなぐための行為、そのものへの嫌悪。

ハサウェイは、その人間の営みに背を向けた。
メシを食わなくなった男の内側で、何が起きているのか。食卓から読み取れるものには限界がある。
ここからは、食事の奥にあるハサウェイの心理に踏み込む。
拒絶の奥で、ギギとクェスが踊っている。

ケリアへの生理的な拒絶、別の女性へ心惹かれる自分に、さらに嫌悪する様子がハサウェイの顔に出ている。
もう一つ、原作にない重要な食事のシーンがある。
サンドイッチを作り、イラムに振る舞う場面だ。
自身の生存本能は否定しつつも、他者の生存はケアしようとする。ハサウェイ本来の優しさ。
パンを切る、具を挟む、差し出す。
この一連の動作だけが、マフティーでもなく、ただ「誰かのために動く」ハサウェイ・ノアの手だった。
ケリアとの食事は拒絶し、イラムには能動的に食べものを与える矛盾。

マフティーの仮面の隙間から漏れ出た、青年の素顔。
ハサウェイ・ノアとは、どういう人物か?
ハサウェイ・ノアは、クェスを想い、ケリアに揺れ、根源には深い優しさや思いやりをもっている、ただの25歳の青年だ。
ただし、彼には「味方殺しの罪を背負い、例外として生かされた」消えない烙印がある。

マフティー・ナビーユ・エリンは、クルーの前では迷いを見せられない、預言者の仮面。
そして指導者、導く者として「生きることを他者から望まれている存在」でもある。
なぜそこまで?
なにが、彼を追いつめている?
第1部はわずか2日間の出来事だった。第2部は、そこから5日間。たった1週間で、ハサウェイの心はここまで崩れる。
役割に徹していても、人々から非難され、クェスと似た少女には理念を否定される。
さらに追い討ちをかけるように、周囲の声が、容赦なくハサウェイを刺す。
「暇なんですね、そいつは」
「マフティーのやってること、正しくないよ」
「勝手にドンパチ始めやがって」

ハサウェイを覆うマフティーの仮面は、物語が進むにつれ、ひび割れていく。
それでも動き続けていられるのは、マフティーという概念が彼の身体を動かしているからだ。
結果、ケリアは去り、仲間との絆も絶たれていく。終盤にはアムロやクェスからも糾弾される。過去の幻影、つまり、自分自身の心でも自己否定をしている。

自分がどこにいるのか、もう分からない。
浮いているのか、落ちているのか。宇宙のように、ただ回っている。

ハサウェイの心は、完全に分裂した。
複数の仮面を演じ分け、入れ替えている。
真実のハサウェイ・ノアは、
奥深く、闇の闇の、その先。
ただ、消えない罪の意識だけが心を覆っている。
消えてくれない記憶。
…チェーン・アギ。

このままで、いい
彼は死にたいのではなく、「生きていたくない」のだ。その微妙な違いが、ハサウェイの芯にある。
薬を手に取ることさえせず、
見えないものを扱うように、存在を感じないようにハサウェイは船の甲板で休む。
自らを癒す行為を、拒んでいた。

そして内なる少女に語りかける。
考えて行なっているのではなく、無意識の逃避。
これほど恐ろしいものはない。
クェスの幻覚を見るシーンで、「はやく病院へ行け」と思った人は多いかもしれない。
わたしは「もう手遅れかもしれないな」と感じた。
ハサウェイが薬を拒む理由。
治ってしまえば、もうクェスに会えないからだ。

マフティーの仮面が壊されるたびに、クェスはより鮮明にハサウェイの前に現れる。
幻覚を見ていることを、彼は自覚している。だが止められない。無意識が、クェスを求めて生みだしている。
このままでいい。
クェスに会えるなら。
壊れた精神の中にしかいない少女に、会うために。
「ひどかっただけだ。 な?クェス」
ヴァリアント撃沈の報告。
その報告を受けたハサウェイに、より生々しい姿でクェスが登場する。座っている。
もう幻覚ではなく、そこに「存在」していた。

愛する少女の残像にしがみついて、生きることを手放しかける男。
だが、封じた込めた生への渇望は、別の形で溢れ出す。生きることを拒みながら、人を求める衝動は消えない。その矛盾が、彼をさらなる地獄へ突き落とす。

衝動的になっては、いけない。
感情のままに、動いてはいけない。
あの時のように。

生きることへの意志が、彼からは消えかけている。ゆるやかに、確実に死へ歩みを進めている。
死を間際に「生」を感じるギギ

ギギ・アンダルシアには選択肢がなかった。
生きていくために、空虚で満たされない日々を365日過ごしていた。幾ばくかの楽しみを求めて、我慢して、生きた。
いや、生かされていた。
目的もなく、鳥かごの中で生かされていた。
安全で、手に入らないものは無い。
生活に不自由なく、ただ時間が流れていく。

ハサウェイとケネスに出会い、変化が起きた。
間近で人が殺され、自らの命も危機に晒される。
常人ならば、精神が削りとられる状況だ。
ギギは、その全てが新鮮だった。
人生で1番スリリングで、ハードだった。
第1部で空襲の翌朝、ハサウェイがサラダとパンだけの質素な食事をしている横で、ギギはステーキをぺろりと平らげている。

死を恐れ、泣き叫んだ翌朝には、分厚い肉を食らう。その動物的なまでの生への貪欲さはどこから湧いたのか。
彼女には、生きる理由ができていた。
ギギもまた死んでいた。だからこそ、死に近い人物に心惹かれた。それはケネスではなく、マフティー・ナビーユ・エリンでもなく、
ハサウェイ・ノアだった。

なぜ彼女は、ハサウェイに惹かれたのか?
ケネスは安全だ。守ってくれるし、不自由もない。でもそれは、壊れ物を飾り棚に置くような愛し方だった。安全で、退屈な愛。
ハサウェイは危険だ。壊れかけた男に、守る力も約束できる未来もない。でもハサウェイだけが、ギギを「ギギ・アンダルシア」として見ていた。
ニュータイプでも、魔女でも、愛人でもなく。壊れかけた男が、彼女の言葉を聞こうとする。その不器用な誠実さが、ギギにとっては誰よりもまぶしかった。
「私は、死にに行くのかもしれません」

ギギは、安全な場所にいて死んでいるように生きるより、危険な場所で「生きている」ことを選んだ。
過去を殺す男
最終盤、アムロの幻影にハサウェイは苦しむ。
マフティーを貫かねば。世俗を、絶たなければ。

Ξガンダムの眼前に、νガンダムの幻影が踊る。
ハサウェイの表情は読めず、過去を振り切るために、強引にマフティーの仮面を真実の顔に変えようとしていた。
高出力の熱源の中で、レーン・エイムの命が消えかける瞬間。
それはアムロ・レイを殺す瞬間でもあった。
まもなくハサウェイ・ノアは消える。
ハサウェイに、希望はないのか?
狂って、壊れて、破滅するしかないのか?
その、すんでのところで、ギギが手を伸ばした。
ギギが、マフティーの仮面を剥ぎ取った。

強引に、無秩序に、熱烈に。
一気にハサウェイ・ノアに引き戻された。
彼女が、彼を望んだ。
ハサウェイと生きる道を、示したからだ。
ギギは共に生きるために、バスケットを捨てる。
貴金属も、思い出の時計も。
未来の保証も、過去の記憶も、食事さえも。
何も、もたずに。
「あなただけ、そんなものをかぶって!」
『あなただけが、まだマフティーを演じている。私は愛人も女神も、肩書きも、過去も未来も。
全てを捨てて会いにきたのに!』
わたしにはそう聞こえた。
このシーンからキスまで、小説にはない。
明確に違う展開だった。

ハサウェイはこのまま破滅するのか?
いや、ヘルメットのバイザーは開け放たれた。
そこには、「泣き腫らした、ただのハサウェイ・ノア」がいた。
ギギはそんな彼を、愛おしく抱きしめる。
2人は初めて、肩書きのない、
「ハサウェイ」と「ギギ」になった。

ハサウェイを、浴びた
映画を観た、朝の話をする。
目が覚めた瞬間に「観なきゃいけない」と思った。
身体が先に動いて、8:40の枠を予約していた。
Sweet Child O' Mineが流れ始めたとき、劇場の誰も立たなかった。わたしも動けなかった。
別に泣いていたわけじゃない。
涙ではなく、もっと重い何かが胸の中に降りてきて、座席に縫い止められていた。
隣に座っていた、おそらく同世代であろう男性が、エンドロールの途中で、小さく息を吐いた。
あれはたぶん、ずっと息を止めていたのだと思う。わかる。わたしも同じだったから。
画面にはもうクレジットしか流れていないのに。
あの時間、あの空間にいた人たちは全員、同じものを浴びていた。
場内が明るくなる。
すれ違う人たちの表情が、みんな同じだった。
「すごかった」でも「面白かった」でもない。
何かを受け取ってしまった人の顔。
あの表情が、この映画のもっとも正確な感想だ。
おわりに
前編では、メシを食わなくなった男と、生きるために死に向かう少女の話をした。
後編では、あのキスの意味を話す。
彼らは、どこへ向かうのだろうか?

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ハサウェイの「分からない」を解説。
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