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エアフライヤーで簡単!万能ドライケールの作り方のコツと保存法|料理にドリンクに毎日使える常備菜

いつのまにか50代半ばを過ぎ、60代が見えてきた私。人生の後半戦、いわゆる「初老」という坂道をそろそろと下り始めると、人間、時間の使い方がひどく勿体なく思えてくるものである。
若い頃のように、湯水のように時間を浪費し、失敗を笑い飛ばすゆとりなんてものは、もうどこを探しても残っていない。
だからこそ、日々の暮らしはできるだけ始末よく、機嫌よくありたいと、私は常々願っている。


ここ、カナダの冬はとにかく長い。  
外は、息を吸い込むのも躊躇われるほどの極寒だ。身を縮めて春を待つ土地だというのに、地元のスーパーマーケットへ行くと、どういうわけか、彼らは恐ろしく威勢のいい顔をして山積みになっている。  
それが、ケールだ。

最初は、この野菜が不思議でならなかった。わしゃわしゃと騒がしく、葉の縮れがこれ見よがしに主張していて、日本のキャベツのような「淑やかさ」が欠片もない。それなのに、現地の主婦たちも髭面の男たちも、まるでそれしか青いものがないかのように、大きなカートへ次々と放り込んでいく。

そんなに美味いものなのか。移住して間もない頃、私も一度買ってみたことがある。洗って、適当にちぎって、そのまま口に入れる。
もそもそ、もそもそ。

こちらの歯に対して頑強な抵抗を見せてくる。噛んでも噛んでも一向に柔らかくならず、喉のあたりで頑固に突っかかる。お世辞にも美味しいとは言えない。私はすっかり閉口してしまい、それ以来、あの緑の山を冷ややかな目で素通りしてきたのである。

けれど、物事には必ず「裏」がある。
あんなに食べにくいものが、これだけ世界中で食べられているのには、それなりの理由があるはずだ。ある時、現地の友人から教わった。
「ケールはね、生のまま戦おうとしちゃダメ。オーブンでカラカラに焼いて、『チップス』にするのよ。それがベジタリアンたちの定番のオヤツなんだから」

半信半疑で、言われた通りにしてみた。  
オリーブオイルをほんの少し絡めて、オーブンでじっくりと水分を飛ばしてみる。すると、どうだろう。あの、口の中で暴れ馬のように頑固だったケールが、まるで魔法にかけられたかのようにパリッパリの薄氷のようになって皿の上に鎮座しているではないか。

恐る恐る指でつまんで、口へ放り込む。  
サクッ、と、なんとも心地いい音がして、次の瞬間には、あの嫌だった「もそもそ感」が跡形もなく消え去っていた。
後に残るのは、凝縮された深い緑の旨味と、ほんのりとしたほろ苦さ。
「あら、美味しいじゃないの」
ポテトチップスを食べるような罪悪感はこれっぽっちもないのに、手の止まらなくなる美味さなのだ。
カプチーノを片手に、カウチ(ソファ)に深く腰掛けてこれを摘んでいると、なるほど、これならいくらでもカートに入れるわけだと、ようやくカナダ人たちの気持ちが分かった。

そして何より驚いたのは、その「ドライ」になったケールを、おもむろに白米の上に乗せて食べた時だった。  
どこか、懐かしい日本の緑茶のような、あるいは香ばしい小松菜のような、なんとも言えない「和」の風情が、その奥からふわりと立ち上ってきたのである。
「あなた、ずいぶんと白米に馴染むじゃないの」
 そう思うと、俄然、この野菜が愛おしくなってきた。
おすましした洋風サラダにするより、私の食卓には、このドライのケールの方がずっとお似合いなのだ。

それからというもの、我が家の食卓にケールが登場する頻度は跳ね上がった。
跳ね上がったのはいいのだけれど、今度は別の問題が出てきた。私の「時間」の使い方の問題だ。

これまでは、オーブントースターを使って小まめに作っていた。  
けれど、トースターというやつは、どうにも気が短い。
ケールが綺麗なドライになる「奇跡の一瞬」を見逃すと、次の秒には真っ黒焦げの、ただの苦い灰にしてしまうのだ。  
だから、ケールをトースターに入れている間、私はその前にピタリと張り付いて、ガラス窓をじっと睨みつけなければならなかった。
「あ、今だ」
「いや、まだか」  
その間、お皿の一枚も洗えやしない。
たかが野菜を乾かすためだけに、私の貴重な人生の残り時間が、数分ずつ、じりじりと削られていく。これはどうにも始末が悪い。

断捨離したい50代の私、エアフライヤーを買う。

そんな私の暮らしに、救世主のように現れたのが、最近流行りのエアフライヤーという家電だった。  
(我が家にこれがやってきた切ないいきさつはこちらの記事に書いています)

初老の二人暮らしに、こんな大袈裟な調理家電が要るものかしらと、最初は随分と疑っていた。
油を使わずに揚げ物ができるだなんて、なんだか現代のトレンドに踊らされているようで、どうも信用できなかったのだ。けれど、使ってみて、私は自分の無知を恥じた。  
そして、トースターの前で無駄に過ごしたあのすべての時間を、今すぐ返してほしいと、本気で思った。

このエアフライヤーという道具は、トースターのように見守ってやる必要がまるでない。
私のやり方は、こうだ。私の「一回で全部終わらせてしまいたい」という、いささかもさい主婦根性がこれみよがしに現れている。

エアフライヤーで作るケールドライの調理法

調理のポイント 

画像内の赤線からエッジまでの部分のみをエアフライヤーに入れる

◇洗って水分をきったケールの葉を準備する。葉をちぎるとき、中心を通っている太い葉脈(茎のような部分)がある。
ここを残したままドライにすると、まるで「お茶っ葉の固い」のように残ってしまって、口に入れたときの食感がひどく悪くなる。
美味しく食べるために、このひと手間をぜひ。

カットはキッチンバサミが早いが、指でむしりちぎるのもいい。

エアフライヤーでのドライケールの作り方

エアフライヤーの引き出し(バスケット)へ入れる。温度を「165度」にセットして、時間は「4分」セット。
(お手持ちの機種によってはもっと温度低めでもいいです)

出来上がったケールの粗熱をしっかりとってから保存する。

スイッチを入れれば、あとは機械が勝手に熱い空気をびゅうびゅうと内部でいい感じに循環させて、ケールの水分を容赦なく奪い去ってくれる。
私はその間、エアフライヤーの前を離れて、ゆっくりと好きなことができる。

私のように、庫内にてんこ盛りに入れた場合だが、2分ほど経ったところで、一度トレイを引き出し、お箸で、底の方から大きくくるり、と引っくり返す。上と下を、まんべんなく入れ替えてやるのだ。
そしてまたカチリと閉めて、残りの2分を待つ。

ピッ、と電子音が鳴って引き出すと、そこには、あの大袈裟に山盛りだった緑の怪物が、かさが減り、カサカサとした完璧な深緑のドライになって収まっている。どこも焦げていない。実に見事な仕上がりだ。

ちなみに、こんなに入れずに、底が見えるくらいの適量なら、ものの3分程でドライが完成する。途中で開けてかき混ぜる必要もなく、入れっぱなしでいい。

エアフライヤーでドライにしたケールの保存法

できあがったケールは、熱が取れると、触るだけでパリンと砕ける。 
これを写真のように、ビニール袋の中に入れて、上から手のひらで軽くもむと、あんなに頑固だった葉っぱたちが、カンタンにフレーク状に姿を変えていく。

保存袋やジャーに入れて保存しています。

ドライになっているから、密閉容器に入れておけば、保存もきくので、いつでも好きな時に使える。


お弁当にグリーンの色味が欲しい時、ケールのドライを入れることも。

わたしはお弁当の彩りがいまいちな時に、隙間にちょっと入れたりする。
夫のお弁当にも入れるのだが、最初は和のおかずには合わないのでは?とも思い、
「ケールのドライいれてたけど、味的におかずに合う?」
と聞いたところ、
「ケールドライ、和のおかずにも合うよ。いつも楽しみに最後にとってる。」
とのこと。サクサクしておいしいのだとか。

あと普段の食事の用意で、疲れすぎてサラダスピナーを回すことすらめんどくさい、料理をしたくない日があるのだけど、そんな時もお皿にこのドライのケールをのせさえすれば、「野菜もちゃんとございます」というわけだ。

何より素晴らしいのは、あの「食べにくさ」という嫌われ者の要素だけが綺麗にバイバイして、ケールが持つ豊富な栄養素――ビタミンだの何だのという、体にいいものが、ギュギュッとこの小さな緑の粉の中に閉じ込められていることだ。

これなら、野菜嫌いのお子さんだって、青臭さが気にならずに食べてしまうだろうし、私のようにだんだん歯の弱くなりつつある年代以降であっても、なんの抵抗もなく喉を通っていく。

ゆで卵のまわりにまとわせて

我が家では、この重宝する緑のフレークを使わない日は一日としてない。  
ゆで卵の周りにまとわせたり、炊き立てのご飯に、塩と胡麻と一緒に振って「即席のふりかけ」にする。

時にはサンドウィッチの具にもなる。そしてドリンクにも。

栄養補給でドライケールをスムージーにも入れている。

あまった茎の部分は小口切りに。

ケールの茎は出来る限り細かく刻む

さあ、ケールの葉はドライにした。そうなると、当然、硬くて太い茎の部分がゴロリと手元に残るわけだ。  
この茎は、できるだけ薄く、小口切りにして、さらにみじん切りにする。なぜならケールの茎は固いから。

薄く切られた茎は、スープに入れたり、炒め物にちょっと混ぜたりすると、あの頑固だった硬さが、今度はシャキシャキとした、なんとも小気味いい食感に化けるのだ。たくさん切っておいて保存袋に入れて冷凍保存しておくといつでも使える。
無駄を出さずに、栄養もまるごと美味しくいただく。軽く塩もみしておにぎりにまぜても食感もいいし、鮮やかな緑色も綺麗だ。

人生の残りと、文明の利器エアフライヤー

今や、我が家の冷蔵庫にケールがないと、なんだか落ち着かないほどになってしまった。  
毎日、何かしらの形で、あの深緑の恩恵に預かっている。

それにしても、エアフライヤーという機械は、たいしたものだ。  
時短だの、簡単だの、世間は騒がしいけれど、私にとってこの機械の本当のありがたみは、「トースターの前で張り付いていなければならなかった時間」を、私にそっと返してくれたことにある。

人生の残り時間を、一分、一秒と気にしだす初老の身にとって、料理の時間を短くしてくれる道具は、そのまま「自分の好きなことをする時間をくれる道具」に他ならない。  
浮いた4分で、私はお気に入りの本をもう1ページめくることができるし、お茶を、ゆっくりと淹れて一服することだってできる。

現代の文明の利器に、ちょっぴり感謝しながら、私は今日も、ビニール袋の中でカサカサと小気味いい音を立てる緑のフレークを、ガラス瓶に詰めている。  
さあ、今夜の白米には、これをたっぷり振っていただくことにしよう。
なにしろ私はすっかりケール、ケーラー、ケーリストなのだから。

筆者:桜野ナオミ
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写真クレジット:すべて筆者撮影 


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