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ひな祭りが消えた山

山梨のぶどう園にも熊が出たという。
それは、2ヶ月前の出来事だった。

山梨市役場に電話をかけた。
場所は教えてもらえなかった。
観光協会にも連絡し、
ようやくそのぶどう園を知る人に辿り着いた。
僕の意向を伝えてもらう。

翌日、ぶどう園の主から電話がかかってきた。
撮影を承諾してくれた。
約束の日、僕はカメラを持ち、車に乗り、その場所へ向かった。

現地に着くと、
畑を囲う鉄網の一角が不自然に破れていた。
巨峰が、三分の一も食い荒らされたという。
ぶどう園の主は語った。
怒りというよりも、
「受け入れてしまった現実」に戸惑う声だった。
話を聞くうちに、ひとつの記憶が掘り起こされる。

かつてこの土地では、
ひな祭りの日に女の子たちが山へ入る風習があったという。
家々でお重を作り、
子どもたちはそれを手に山に登り、
皆で広げて食べた。
春の匂いと、山の息吹の中で。

今、その風習は途絶えた。
子どもが減り、
人は山を恐れるようになった。
人が山に入らなくなった山は、
鬱蒼と人里へと迫り、
やがて熊は人を恐れなくなった。

「昔は平気で山に入ったんですよ」

そう語る奥さんの声には、
かつての楽しさと、
戻ることのない時間が入り混じっていた。

取材を終え、
山かけそばを食べながら、ひな祭りのことを想った。
もう二度と映されることのない光景を。

【2025年10月12日の制作日記より】

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#ヒグマカルマ
#ドキュメンタリー映画制作日記


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「虚空門GATE」監督 小路谷秀樹 Hideki Koujitani 『ヒグマカルマ』は現在も北海道・東北で取材と撮影を続けています。 もし活動を応援していただける方がいましたら、サポートいただけると制作継続の力になります。 いただいた支援は、移動費・撮影費として大切に使わせていただきます。