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知人が熊食害に遭っていた──境界が崩れていく山で

昨年10月末、北海道での撮影を終え、張り詰めていた緊張がようやく少しだけ解け始めていた頃だった。
先日起きた熊による食害事件。
ニュースで見て以来、ずっと胸の奥に引っかかっていたその被害者が、実は自分の知人だったことを知った。
体の奥が凍りつくような感覚だった。
いま、自分は『ヒグマカルマ』という映画を撮っている。
熊と人間、その境界。
自然と文明、生と死、その曖昧な境目を見つめ続けている最中に起きた出来事だった。
あまりにも重い符号だった。
言葉が出なかった。
ただ、故人の冥福を祈ることしかできなかった。

この映画を撮り始めてから、何度も思い知らされることがある。
それは、「現実」は、メディアだけでは決して見えてこないということだ。
ニュースは事実を伝える。
だが、それはあくまで切り取られた断片に過ぎない。
本当の輪郭は、当事者や、その土地に生きる人々の声の中に在る。
そして、その声を直接聞いたとしても、なお分からないことのほうが多い。

結局、人間は「理解したつもり」で世界を見ている。
自分もまた、その一人だった。
今回の事件でも、それを痛感した。
何があったのかは、ここでは書かない。
秘すれば花、という言葉もある。
ただ、少なくとも確信したのは、熊を巡る問題は、「危険動物」の一言では到底片づけられないということだった。

北上市から山形へ向かった。
そこで出会ったのが、75歳のWさんだった。
Wさんは、たった一人で10ヘクタール――東京ドーム約2個分もの田んぼを耕している。

「昔はな、出かける時も寝る時も、玄関に鍵なんかかけなかった」そう言って笑った。
「でも熊が出るようになってからは、鍵をかけるようになったな」

さらにWさんは、子どもの頃の山の話をしてくれた。
「昔は山が遊び場だった。炭焼き小屋で遊んだもんだ。炭焼きしてた妊婦が、その場で産気づいて子どもを産んだ、なんて話もあった。山は安心できる場所だったんだ」

かつて熊は、人里から遠い存在だった。
「一生で見れるのはせいぜい一度か二度。出会っても熊のほうから逃げていく。そういう存在だったんだ」
だが、今は違う。
「恐ろしくて、地元の人間は山に入らない」

その言葉には、長い時間の中で静かに崩れていった何かが滲んでいた。

「米作りなんて儲からないよ」
Wさんは笑う。
それでも、一人で田を耕し続けている。
しかも、さらに5ヘクタール増やそうとしている。 
「一人でもこれだけやれるっていう、生き様を見せたいんだ」
子どもたちは継がない。
家族も手伝わない。
それでも、自分一人で続ける。
「他の家は家族でやってるからな。昼になるとブルーシート広げて、みんなで弁当食ってる。それだけは羨ましくてな」
そう言って笑うWさんの顔は、不思議なくらい晴れやかだった。

来る時も、帰る時も、深々と頭を下げ、丁寧に見送ってくれた。
その背中を見ながら思った。

熊が人里へ降りてきたのではない。
もしかすると、人間の側が、何か大切な境界を失ってしまったのかもしれない。

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#ヒグマカルマ

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「虚空門GATE」監督 小路谷秀樹 Hideki Koujitani 『ヒグマカルマ』は現在も北海道・東北で取材と撮影を続けています。 もし活動を応援していただける方がいましたら、サポートいただけると制作継続の力になります。 いただいた支援は、移動費・撮影費として大切に使わせていただきます。