「熊問題」が暴き出す二元論社会
熊問題は、単純な二元論で語り尽くせるものでも、容易に解決できるものでもない。
それは単なる野生動物の問題ではなく、
人間の思考そのもののあり方を映し出す問題でもある。
現代社会は、制御しきれない存在に対して、排除か保護か、敵か味方かという二元論へと傾きやすい。
しかし、その思考は世界の複雑さや揺らぎを切り落とし、人間の感覚や想像力を貧しくしていく。
共感覚を失った認識は、自然との関係だけでなく、人と人との関係そのものや、社会そのものまでも分断し、殺伐としたものへ変えていく。
昨年、僕はネット上にはびこる二元論的な空気に辟易していた。
――以下、昨年11月9日の制作日記より。
SNS──僕自身もXに投稿しているが、匿名性の中で加速する極端な言葉には強い疲労感を覚える。
例えば熊問題。
昨年8月頃までは、「熊を駆除するな」という声がネット上で強く広がっていた。
しかし9月以降、被害報道の増加とともに、その反動のように「熊は絶滅しても駆除すべきだ」という過激な言葉も目立ちはじめ、断固駆除派の勢いが急速に増していった。
「熊を守れ」という極論は、現実に起きている被害や恐怖に十分向き合えているとは言い難い。
一方で、「絶滅しても駆除すべきだ」という極論は、人間を自然の全体性から切り離し、精神の貧困をさらに加速させていく。
どれほど正論に聞こえる言葉であっても、極端な主張は全体性を失わせる。
SNSに蔓延するのは、全体を見失った“正義”同士の撃ち合いだ。
互いの正しさだけが反響し合い、自滅的な言葉が増幅していく。
その鏡合わせのような磁場に、僕は強い息苦しさを感じていた。
だからこそ、自分自身もその「あわい」に呑み込まれないよう、常に警戒している。
熊問題は人間の思考のあり方そのものを問う問題でもある。
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