先行き不透明なドキュメンタリー映画制作を遂行できる“拠り所”とは
【2025年12月10日の制作日記より】
映画づくりというのは、撮影現場以外の時間で、撮影も台本も書いていない何気ない日常の中でも、ふいに
画期的な活動が起きるものだ。
それは、閃きである。
単なる思いつきではなく、
「これしかない」と確信に至る、戦法そのものの発明だ。
映画制作は、どこか「戦」に似ていると思う。
土砂降りの深夜、小勢で斬り込む。
槍の長さを変えただけで勝敗が決まる。
誰も主戦力にしていなかった馬や鉄砲を使い、
常識では不可能な崖を駆け下りる──
そうした発想の転換が、歴史を塗り替えてきた。
十分な予算がない。
大がかりなスタッフも組めない。
そんな制約がある時こそ、閃きの価値は跳ね上がる。
その作品でしか成立しない構造的な発明を掴めたとき、
勝てるかどうかは別として、腹が据わり、勝負を遂行できる。
何もしていないとき。
ダラダラしているように見えるとき。
悶々としているとき。
──実はその瞬間にこそ、大仕事が起こり得る。
つまり、思考の中から発見すること──
それこそが、大仕事のひとつなのだ。
それで何が閃いたかって?
それは観てからの…☺️
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