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UFOと熊――鏡像

時々聞かれる質問で、「何故、前作は『UFO』なのに、今度は『熊』なの?」というのがある。

そもそも前作で時代劇を撮った監督が、次作では現代ホラー映画を撮ったっていいではないかと思うのだが…

それはともかく、僕の中ではUFOと熊はそれほど遠く離れた存在でもない。
もちろん、UFOと熊が同じだと言っているわけではない。

熊は実在する生物であり、その生態について科学的な研究が積み重ねられている。
一方、UFOは文字通り「未確認飛行物体」であり、目撃されたものの正体が何なのかというところから問いが始まる。

しかし、僕が興味を持っているのは、UFOそのもの、熊そのものだけではないのかもしれない。

UFOを追っていくと、そこには「信じる人」と「信じない人」が現れる。
何か分からないものを目撃した人がいる。
それを宇宙人の乗り物だと考える人もいれば、見間違いだと一蹴する人もいる。
つまり、UFOという未知の存在を通して、人間が「分からないもの」とどう向き合うのかが見えてくる。

熊問題も、どこか似ている。
熊が人里に出た。農作物を荒らした。人を襲った。
そこで「熊を駆除すればいい」という人もいれば、「熊を殺すな」という人もいる。

しかし、その二つの間には、もっと複雑な世界が広がっている。

なぜ熊はそこに現れたのか。

過疎化、里山の衰退、耕作放棄地、ハンター不足、森林環境の変化、気候変動、人間と野生動物との境界の変化。

一頭の熊を追いかけていくと、いつの間にか人間社会そのものに辿り着く。

UFOも熊も、目の前に現れた「現象」だけを見ていては、その奥にあるものは見えてこない。
そして、どちらも人間の思考のあり方を浮かび上がらせる。

人間は、未知なるものに出会ったとき、どう反応するのか。
恐れるのか。 排除するのか。 信じるのか。 否定するのか。 理解しようとするのか。
あるいは、自分たちがすでに持っている価値観や常識の中に、それを押し込めようとするのか。

そう考えると、僕にとってUFOから熊へというのは、まったく別のテーマへ移ったという感覚ではない。

UFOを撮っているようで、僕は人間を撮っていた。
そして今、熊を撮っているようで、やはり僕は人間を撮っている。

もしかすると僕がずっと撮ろうとしているのは、UFOでも熊でもなく、

「人間は、この世界をどのように見ているのか」

そして、

「世界は、人間をどのように見ているのか」

ということなのかもしれない。

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「虚空門GATE」監督 小路谷秀樹 Hideki Koujitani 『ヒグマカルマ』は現在も北海道・東北で取材と撮影を続けています。 もし活動を応援していただける方がいましたら、サポートいただけると制作継続の力になります。 いただいた支援は、移動費・撮影費として大切に使わせていただきます。