山際の怖さ――ドローンを見失った日
昨年10月20日の午後。
「何たることか!」
心のなかで叫んだ。心底、青ざめていた。
まだ数回しか飛ばしていないドローンが、制御不能になったのだ。
場所は北海道、ヒグマの気配が色濃く漂う山際。
これまでは臆病なほど、「目視範囲内」での飛行を徹底していた。
だがこのとき、どうしても山全体のスケールを捉えたいという欲求に抗えなかった。
高度150メートル。山を越える。
——その直後だった。
機体は、広大な空に溶けるように消えた。
頼みの綱である「リターンホーム」ボタンを何度押しても、コントローラーは沈黙を貫く。
指先が震えるなか、バッテリー残量だけが無慈悲に削られていく。
完全にパニックだった。
モニター画僧が静止する寸前、映し出されたのは迫りくる木の葉の緑。
ドローンは枝葉に叩かれながら、深い草の中へと滑り込んだ。
アプリが示す機体位置は、国道沿いの藪の中。
その手前には、高さ3メートルはあろうかという鉄線柵。
(実際は2メートルほどだったのかもしれないが、あのときは巨大な柵に見えた)
野生と人間を隔てる境界線。
66歳。体重78キロ。
普通なら、引き返す理由としては十分だ。
だが、引き返すという選択肢はなかった。
降り始めた雨のなか、重い体を持ち上げ、柵によじ登る。
滑る。落ちかける。それでも、越える。
小学生以来かもしれない。
これほどまでに一心不乱になったのは。
藪をかき分け、ようやく見つけた。
草の中に、静かに横たわる機体。
奇跡的に、無傷だった。
帰路はさらに過酷だった。
一度、二度と登りきれず、体力が尽きかける。
三度目の挑戦で、ようやく越えた。
地面に降り立った瞬間、全身の力が抜けた。
雨の音だけが残っていた。
——後日、あのときの映像を見返して、息を呑んだ。
ドローンは一度、断崖へ向かって降下していた。
だが、墜落寸前でホバリングし、不意に進路を変えている。
まるで「戻らなきゃ」と意思を持っているかのように、僕のいる方向へと機首を向け、草の中へと戻ってきていた。
講師によれば、山際ではGPSが途切れることがあり、珍しいことではないという。
僕が見たのは、単なる機械の挙動だったのか。必死に叩き続けたリターン信号が墜落寸前で繋がったのか——
それとも…
この経験のあと、ドローンの扱いは明らかに変わった。
慎重になった、という言葉では足りない。
バッテリー残量が40%を切ったら直ぐにリターンさせている。
まだあの時のトラウマは払拭されていない。
ドローン撮影の心神消耗度は半端ない。
でも、撮り続けていく。
この作品のもう一人の主役は——
「山」そのものだから。
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