しめ縄のような映画を撮りたい
昨年12月7日、僕はこんなことを書き残していた。
野田真吉監督のドキュメンタリー映画『冬の夜の神々の宴』(1970年公開)に出会ったのは2020年、コロナ禍の最中。
霜月祭を真正面から撮りきった、あのカオスの美に強く打たれ、
気がつけば霜月祭の地——
陸の孤島へ車を走らせていた。
その野田監督特集が、いまポレポレ東中野で上映されている。
見に行かない理由がない。
『ゆきははなである』は1975〜79年の記録映画。
酒に酔った男たちは、ろれつも怪しく千鳥足なのに、
祭文も所作も一字一句乱さない。
酩酊の最中、身体そのものが神降ろしの器となっている。
仮面霊は男根を象った棒を手にし、見物の女性にこすりつけ子宝を祈る。
猥雑さと呪術性が渦を巻き、異界が染み入るその空間に心底の笑いが起こる。
映画を見終わり、気になっていた300年続く別の祭の昨年のユーチューブ動画を見れば、呪術の気配がほとんどなかった。
形だけが残り、観光イベントのように整えられていた。
祭りとは本来、
人と精霊・霊魂が出会う場だったのではないか。野田監督の作品には、その本質が息づいている。
呪術とは、集合無意識が編み上げた一本のしめ縄のように思う。
この世とあの世、多次元の境界をつないでいる。僕は、しめ縄のような作品を撮りたいのだと改めて思った。
――さて、この僕の願望、志を踏まえて、今制作中の「ヒグマカルマ」のしめ縄は如何程にと問われれば……
まだまだ程遠いとしか言いようがない…
気分は重い。
しかし、希望はある。
頭上高くに……。
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