偶然の中に現れる必然——ドキュメンタリー映画における「符号」とは何か
ドキュメンタリーとは、
偶然として現れる出来事の中に、
必然の配列を見出していく表現である。
その過程で、ときに説明を超えた瞬間が現れる。
僕はそれを「符号」と呼んでいる。
符号とは、
それだけで作品の核心や、物語の象徴を担ってしまう出来事のことだ。
意図して作れるものではない。
待っていて訪れるものでもない。
ただある瞬間、
現実の側から意味が立ち上がり、こちらに差し出される。
これは偶然ではない——
そう思わせる手触り。
この呼応こそが、
ドキュメンタリーを撮る醍醐味だと僕は思っている。
僕の場合、その符号はしばしば動物として現れる。
前作『虚空門GATE』では、
野良猫、コウモリ、カラス、そして牛。
そして今回、『ヒグマカルマ』では、
親子ヒグマが現れ、
犬が現れ、
そしてキツネが現れた。
それらの意味は、僕にしても完全には分からない。
それは言葉ではなく、直感としてそこにある。
作品の中で、それは言葉に回収されないまま作用し続ける。
だから観る人には、
何を意味するのかを急いで解釈するのではなく、
その瞬間に触れたとき、
自分の中で何が動くのかを見つめてほしい。
符号とは、説明ではなく、呼応だからだ。
【2025年10月21日制作日記より】
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