熊は鏡だ。ベルリンの記憶、符号。
2023年、僕は前作『虚空門GATE』を携え、ベルリン国際映画祭のジャパンブースに立っていた。
それは一つの到達点だった。自主制作映画として歩んできた時間の先に見えた景色であり、同時に、次の作品へ向かう新たな出発点でもあった。
ベルリンという都市には、不思議な縁を感じる。
この街の象徴は「熊」だ。ベルリン国際映画祭のトロフィーもまた、金熊賞・銀熊賞として知られている。
熊は中世からベルリンを守護する存在として受け継がれ、自由、独立、再生の象徴として人々に愛されてきた。
恐れられながらも、敬われる存在。そこには単なる動物以上の意味が宿っている。
日本でもまた、熊は特別な存在だった。
熊は山の神とされ、山の呼吸と命の循環を司るものとして畏れられてきた。
人は熊の気配が漂う山に入るとき、五感を研ぎ澄ませる。
風の音、土の匂い、枝の揺れ、気配の揺らぎ。
そうして人間は、自然の中で生きる感覚を取り戻し、霊性を育んできたのだと思う。
もし熊のいない山があるとすれば、それは呼吸を止めた山かもしれない。
森の循環は弱まり、微生物は減り、腐植を生み出す植物や菌類の働きも衰える。
土は痩せ、やがて山肌は崩れやすくなる。
熊は森の番人であり、異界の門番でもある。
人間を自然の深層へ、そして見えない世界へとつなぐ存在だ。
熊は恐ろしい。
しかし同時に、どこか愛されてもいる。
その矛盾こそが本質なのかもしれない。
熊は鏡だ。
そこに映るのは、熊そのものではなく、それを見つめる人間の心である。
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