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膝のMRIが教えてくれた、50年前の「カニ挟み」――その意味

昨日から整形外科でリハビリが始まった。
目標は、10月に予定している岩手での山の撮影だ。

4月、和歌山の急斜面を四つん這いで登ったことをきっかけに右膝を痛めた。
MRIの結果は、
変形性膝関節症、半月板損傷、膝蓋腱炎。
膝だけ見れば、なかなかのベテラン選手である。

医師によれば、長年の経年変化がベースにあり、和歌山での山登りが痛みの引き金になった可能性が高いという。
その言葉を聞いて、僕は51年前のことを思い出した。

高校1年生、柔道部の練習中だった。
重量級の先輩Aさんから(僕は軽量級)、当時すでに反則技だった「カニ挟み」を掛けられ、左足首を粉砕骨折した。

入院生活が始まった。
A先輩は一度だけ病室へ来た。
ドアを開けると、僕に向かってペコリと頭を下げ、そのまま何も言わずに病室を出ていった。
滞在時間は、ほんの数秒だった。

柔道部の顧問は元軍曹で、何かあると怒鳴り、時にはビンタも飛んでくるような、いわゆる暴力教師だった。
ところが、そのT先生は僕が入院している間、一度も病室へ見舞いに来ることはなかった。
普段から練習にもたまに顔を出す程度で、事故の日も体育館にはいなかった。

僕は、そのとき何かが冷めた。
ケガが治ると同時に柔道部を辞め、映画同好会を立ち上げた。

考えてみれば、あの骨折がなければ映画の道へ進むことはなかったかもしれない。
人生とは、どこで物語のジャンルが変わるのか分からない。

さらに29歳のとき、ペルーのマチュピチュで高山病になり意識を失い、現地の病院へ搬送された。
そこで出てきた注射器を見て、僕は思った。
「これは博物館の展示品ではないのか?」
そう言いたくなるほど、ベコベコに凹んだブリキの注射器だった。

そして、その注射のあとから左脚が麻痺してしまった。
数歩歩いては休み、また数歩歩いては休む。
そんな生活が一年近く続き、走れるようになるまでにはさらに数年かかった。

その頃からだろう。
左脚をかばい続けた結果、右脚がその役目を引き受けるようになった。
今では右脚のほうが左脚より一回り太い。
筋トレをした覚えはないのに、片脚だけ黙々と鍛え続けていたらしい。

今回のMRIを見て思った。
膝は、突然壊れたわけではない。
高校時代の骨折。
ペルーでの思わぬ後遺症。
そして『虚空門GATE』の撮影では富士山を登った。
そのすべてが積み重なり、和歌山の急斜面で「少しは身体の声を聞いてくれ!」と膝が声を挙げたのだろう。

だから今は、整形外科でリハビリを受け、坂道トレーニングも続けている。

もし僕に目的がなければ、
「もう歳だから仕方ないか」
と、身体の劣化を受け入れ、そのままにしていたかもしれない。
人生の密度は、目的があるかどうかで大きく変わるのかもしれない。

そう考えると……。
あの日、病室のドアを開け、黙って頭を下げて帰っていったA先輩。
そして、一度も見舞いに来なかったT先生。
二人の存在は、長いあいだ僕の無意識の奥底に、刺々しく冥い記憶として沈殿していた。
しかし、人は現在という場所から過去を照射することができる。

目的があるという現在が過去に新たな意味を与えていく。半世紀も無意識の奥底に沈殿していた刺々しい記憶が、少しずつ溶け始めていく。

少なくとも、あの出来事がなければ、僕は「虚空門GATE」も「HigumaKarma」も撮ることはなかった。

膝のMRIは、現在の僕だけではなく、50年前から続く僕の人生そのものを映し出していた。

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「虚空門GATE」監督 小路谷秀樹 Hideki Koujitani 『ヒグマカルマ』は現在も北海道・東北で取材と撮影を続けています。 もし活動を応援していただける方がいましたら、サポートいただけると制作継続の力になります。 いただいた支援は、移動費・撮影費として大切に使わせていただきます。