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失われた処女作「ありふれた憂悶」

僕の映像人生には、今でも悔やみ続けている出来事がある。

17歳の時、父の8ミリカメラを借りて撮った40分の処女作『ありふれた憂悶』である。

実は、この映画を撮る少し前の僕は、軽い希死念慮に取り憑かれていた。

今振り返れば、主人公が最後に首を括ろうとする場面は、当時の僕自身の心情がそのまま投影されていたのだと思う。

主人公は、ある朝目覚めた高校生だった。

いつものように身支度を整え、鞄を持ち、学校へ行こうと玄関のドアを開ける。ところが、その先には砂漠が広がっている。

彼は砂漠を歩き始める。

「自分はなぜ歩かなければならないのか。」

歩きながら自問し、途中で出会う人形や謎の少女にも尋ねる。しかし答えは見つからない。

延々と歩き続け、砂丘を登っては転げ落ち、
七転八倒した末、一つのドアへたどり着く。そのドアを開けると、暗い小部屋があり、天井から首吊り用のロープが垂れている。主人公はその輪に首を通す。

その瞬間、けたたましい目覚まし時計のベルが鳴る。

彼は再び朝の部屋で目を覚ます。最初と同じように身支度を整え、鞄を持ち、学校へ向かおうとドアの前へ立つ。

しかし今度は、一瞬だけ躊躇する。

その先に何かが待っているような予感を抱きながら。

それでも彼はドアを開ける。

そこで映画は終わる。

当時の僕にとって、「なぜ歩かなければならないのか」という問いは、「なぜ生きるのか」という問いだった。

17歳の僕は、その問いに答えを見つけることはできなかった。

ただ、その映画を撮ることに夢中だった。

しかし、半世紀近くを経た今、振り返ると。

あの映画を撮ったことが、その後の僕の人生を決めていた。

映画を撮るために生きる。

今になって思う。

僕は作品の中で一度、自分を死なせた。

だからこそ、現実の僕は生きることができたのではないか、と思う。

『ありふれた憂悶』は、僕にとって処女作であると同時に、生きるために必要な映画でもあったのかもしれない。

メイン音楽にはキング・クリムゾンの「エピタフ」を使った。

今思えば、17歳の僕は息苦しさを感じながら、それでも前へ進もうともがいていた。

あの映画は、その頃の僕自身だった。

この作品を見たNHK北見支局の方から、「大阪で自主映画のフェスティバルがあるから出してみたら」と勧められ、応募した。

その後、NHKの「若い広場」という番組で約3分間、この作品が紹介された。

審査委員長は故・大森一樹監督だった。

数年後、上京して大森監督にお会いした際、「『ありふれた憂悶』を撮った者です」と名乗ると、

「ああ、あの肩の凝る作品か」

と笑いながら言われた。

その時の大森監督の顔は、今でも焼きついている。

あの頃、僕はクーラーも扇風機もないクソ暑い、首吊りのシーンに使ったあの小部屋で、仲間と汗だくになりながら『ありふれた憂悶』の8ミリフィルムをスプライサーで一本一本つないでいた。

半世紀近く経った今でも、その光景だけは鮮明に思い出せる。

その最も大切な処女作のフィルムを、20代の頃に失ってしまった。

なぜ失くしたのか。

当時の僕の生活そのものが混沌としていたからである。

映画だけではない。
生活も、将来も、自分自身も混沌としていた。
その混沌の中で、一番大切なものを失った。

そのことは、今でも悔やんでいる。

もしかしたら、NHKで放送された約3分間だけは、どこかのアーカイブに残っているのかもしれない。
残っていないかもしれない。

もし残っているなら、50年ぶりに17歳の自分と再会できる。

そんなことを時々考える。

映像は失われた。

しかし、あの映画が僕の中へ残した問いだけは消えなかった。

僕はその後、実験映画を学び商業映像の世界へ進んだ。

その延長線上でAV・成人映画を撮ることになる。

さらにプロレス映像の制作を経て、『虚空門 GATE』を制作し、現在は『HIGUMA KARMA』に取り組んでいる。

若い頃は、ずいぶん遠回りをしてしまったと思っていた。

だが今は少し違う。

振り返れば、そのどれ一つ欠けても、今の僕はいなかったように思う。

17歳の『ありふれた憂悶』で、僕は「なぜ歩かなければならないのか」と問い続けた。

67歳になった今、その問いは少し形を変えた。

なぜ、僕はこれほどまでに、この映画を撮らずにはいられないのか。

その問いは、一歩一歩映画を撮り進めるたびに、自分の内奥へと迫ってくる。

17歳の僕は、砂漠をさまよっていた。 

今の僕は、未踏の深山を登っている。

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「虚空門GATE」監督 小路谷秀樹 Hideki Koujitani 『ヒグマカルマ』は現在も北海道・東北で取材と撮影を続けています。 もし活動を応援していただける方がいましたら、サポートいただけると制作継続の力になります。 いただいた支援は、移動費・撮影費として大切に使わせていただきます。