「19歳の地図」が紡ぐ物語――柳町光男監督との出会いと再会、そして
19歳の頃、僕は映画を撮りたいという熱情を胸に、東京・用賀で新聞配達をしていた。
住み込みの新聞奨学生だった。
その頃、柳町光男監督の映画『19歳の地図』が公開された。
映画館で観たその作品の主人公は、鬱屈した感情を抱えながら社会ともがいていた。
当時の僕には、その姿がまるで自分自身のように思えた。
ある日、映画館へ行くと、偶然にも柳町監督が来場していた。
若さゆえの無鉄砲さだったのだろう。僕は自分から監督に声をかけた。そして、「映画監督になりたいんです」と、自分の胸の内にある熱情を語った。
柳町監督は、初対面の見知らぬ若者の話を最後まで真摯に聞いてくれた。そして穏やかな表情で励ましてくれた。
あれから43年が過ぎた。
ある夜、新宿ゴールデン街の小さな店で飲んでいたら、隣の席に一人の男性が座った。
柳町監督だった。
あまりの偶然に驚きながら、僕は43年前の出来事を話した。
「19歳の時、監督にお会いして、映画監督になりたいと話した者です」
すると監督は少し考えるような顔をして、
「でも、なれなかっただろ。監督には」
というようなことを言った。
僕は思わず笑いながら答えた。
「いえ、映画を撮って、劇場公開もしました」
その瞬間の柳町監督の絶句した表情が、なんとも愛らしかった。
先日、僕はある芸術系のセミナーに講師として招かれ、その話を若い聴衆の前で語った。
話が終わると、一人の青年が近づいてきた。
「お話、面白かったです」
そう言いながら、彼はズボンのポケットから一冊の文庫本を取り出した。
中上健次著『19歳の地図』だった。
「もう五回目なんです。今日もここへ来る電車の中で読んでいました」
僕は驚き、これはシグナルだ、と思った。
この先に、きっとまた物語がある。
19歳の頃、映画館で柳町監督に声をかけた若者がいた。
43年後、その若者は映画監督になり、柳町監督と再会した。
そして今度は、その話を聞いた青年が『19歳の地図』をポケットに入れて現れた。
人生というのは、ときどき信じられないような伏線を張る。
だから、ふと思う。
いつの日か、僕がまたどこかの店にふらりと入る。
すると隣の席に彼が座っていて、
「あの時の話、覚えてますか」
そんなふうに声をかけてくる日があるかもしれない。
その時、彼はどんな物語を生きているだろう。
そんなことを想像すると、少し楽しくなる。
心の中で、そっとつぶやく。
――頑張れよ。
【2023年10月某日の日記より】
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