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僕のキャリアはゲリラ戦から始まっている

僕のキャリアは、ゲリラ戦から始まっている。

ゲリラ戦とは、大規模な部隊で正面から戦うのではなく、小規模な集団が機動性や地の利を生かし、相手の弱点を突きながら戦う戦法だ。

その本質を一言で言えば、

「圧倒的に強い相手と、相手のルールで戦わない」

ということなのだと思う。

そう考えると、今の『HIGUMA KARMA』も、戦に例えればゲリラ戦を挑んでいるのかもしれない。

僕はもともと、商業映像のキャリアとしてはAV出身である。 しかし当時は、まだAVという言葉さえなかった。

「アダルトビデオ」という言葉は、僕が作ったのではないかと思っている。 少なくとも僕自身は、そう確信している。

なぜなら、その言葉を作った理由と経緯を、今でもはっきりと覚えているからだ。

当時、男女のまぐわいを主とした映像物には、「ブルーフィルム」「ピンク映画」「ポルノ映画」といった呼称があった。

「ブルーフィルム」は非合法に作られた、性器や結合部分にもぼかしやモザイクのない映像。 「ピンク映画」は、大蔵映画や新東宝映画などで上映される成人映画。 「ポルノ映画」は、日活などが制作する成人映画を指していた。

当時は、ピンク映画の監督が一般映画へ進出していくことも珍しくなく、一種の登竜門のような側面もあった。

そんな状況の中で、早い時期からビデオという新しい媒体で成人映像を世に送り出し始めたのが「宇宙企画」だった。

そこへ、イメージフォーラムで実験映画を学んでいた僕たち4人が参加した。 その4人の中には、その後数多くの一般映画作品を手がけることになる望月六郎監督もいた。

当時、僕たちの――とりわけ僕の活動スローガンは、

「打倒、日活!」

だった。

もちろん、日活に恨みがあったわけでも、怒りがあったわけでもない。

巨大な目標を掲げることで、自分たちのモチベーションにさらに活を入れる。 そのための「打倒、日活!」だった。

当時の日活は、一本の作品に約3000万円の予算をかけ、演技のできる俳優や女優を使って映画を作っていた。

対する宇宙企画の作品予算は、一本160万円ほど。 出演するのも、芝居の経験などないビニ本モデルだった。

同じ土俵では戦えない。

いや、同じ土俵で戦ってはいけない。

日活と同じやり方をしても、勝てるはずがない。

ならば、同じ「ポルノ」というカテゴリーに入る必要もない。 まったく新しい媒体として、まったく新しい名前をつけて世に出せばいい。

当時は、まだレンタルビデオショップさえ存在しなかった。 誕生したばかりの宇宙企画の作品は、主にビニ本屋やアダルトショップで販売されていた。

そこで僕は、「アダルト」に「ビデオ」をくっつけた。

「アダルトビデオ」。

そういう経緯で生まれた言葉だったと、僕は記憶している。Wikipediaでは、小路谷秀樹が造語したと記されている。

残念ながら、「アダルトビデオ」という言葉を僕が最初に作ったことを証明する資料は、今のところ手元にはない。 もしかしたら、大亜出版の『ビデオプレス』あたりを探せば、何か残っているのかもしれない。

ただ、僕の中には、なぜそう名づけたのかという明確な記憶がある。

そして僕は、作品の作り方そのものも変えた。

早々に劇映画的な芝居を捨て、ドキュメンタリーの手法を取り入れた。

素人に芝居をさせても無理がある。

だったら、芝居をさせなければいい。

素のままの自分を演じてもらえばいい。

それが僕の戦い方だった。

やがてアダルトビデオは時代の勢いに乗り、成人映像の主役へと躍り出た。 一方、日活のロマンポルノは大きな打撃を受け、斜陽へと向かっていった。

その頃、僕は知人の映画雑誌編集者に誘われ、日活の巨匠と呼ばれた神代辰巳監督に会う機会を得た。

神代監督は、四谷の旅館で酸素吸入器をつけながら脚本を書いていた。

そこで何を話したのか。

もうほとんど覚えていない。

ただ、最後に神代監督から言われた言葉だけは、今でもはっきりと覚えている。

「お前だったのか、日活を倒したのは!」

僕にとって、それは最大の褒め言葉だった。

それから数十年が経った。

僕は映画『虚空門GATE』を公開した。

公開から何日か経ったある日、上映を見終えた一人の観客が、血相を変えて僕のところへやって来た。

そして名刺を差し出した。

日活のプロデューサーだった。

『虚空門GATE』に衝撃を受けた、と絶賛してくれた。

そして、こう言った。

「ぜひ、うちからDVDを出したい」

数十年前、僕は「打倒、日活!」を叫んでいた。

3000万円対160万円。

同じ土俵では勝てないから、土俵そのものを変えた。 芝居で勝てないから、芝居を捨てた。 「ポルノ」という名前で戦えないから、「アダルトビデオ」という新しい名前をつけた。

そして数十年後。

かつて強者として仰ぎ見た日活の人間が、
僕の映画を観て、自分たちからDVDを出したいと言ってきた。

思えば、僕は何十年も、懲りもせず同じことをやっているのかもしれない。

そして今、『HIGUMA KARMA』を撮っている。

大きな資本もない。 大勢のスタッフもいない。 完成形さえ、まだ僕自身にも見えていない。

それでも全国各地を動き回り、森にトレイルカメラを置き、人に会い、熊を追い、予測不能な現実の変化を拾い集めている。

正面からは戦わない。

相手のルールでも戦わない。

自分にないものを嘆くのではなく、自分にあるものを武器にする。

そして、自分だけの戦場を作る。

ゲリラ戦の極意は、巨大な相手を倒すことではない。巨大な相手には出来ない戦い方をすることだ。

そして今、僕が『HIGUMA KARMA』で目指している勝利も、誰かを倒すことではない。

まだ誰も見たことのない映画を、この世界に生み出すことにある。


▼ 映画『虚空門GATE』本編はこちらからご視聴いただけます(Amazon Prime Video)

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0GVN6TG2C

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「虚空門GATE」監督 小路谷秀樹 Hideki Koujitani 『ヒグマカルマ』は現在も北海道・東北で取材と撮影を続けています。 もし活動を応援していただける方がいましたら、サポートいただけると制作継続の力になります。 いただいた支援は、移動費・撮影費として大切に使わせていただきます。