「在り方」の章が、いちばん実務的な章になっていた|ICF2025改訂を読む #1
コーチングを学び始めた頃、コンピテンシー2「コーチングマインドの体現」は、正直いちばん掴みどころがなかった。開かれていて、好奇心があって、柔軟で、クライアント中心。読めばそのとおりだと思う。でも、明日の自分が何をすればいいのかは書いていない。人格の話に見えた。才能の章、と言い換えてもいい。
2025年の改訂で、この章がいちばん大きく書き換えられた。8つのコンピテンシーの中で、定義そのものが改訂されたのはここだけ。下位項目は8個から10個に増えた。
いま講座で新旧を並べて学びながら、僕の中でこの章の印象が逆転している。「在り方」の章が、いちばん実務的な章になっていた。
このシリーズは、2025年改訂を条文ごとに読んでいく連載です(目次はこちら→#0 コーチングの世界基準が、アジャイルになっていた)。今回はその第1回、いちばん動いた章から。
先に言っておくと、この回はコーチの目で読みます。ただ最後にひとつ、チームを支援する人全員に跳ね返る話が出てきます。チームには検査と適応を勧めているのに、自分自身を検査する仕組みは持っていない。僕がいちばん刺されたのは、そこでした。
(以下で引用するICFコンピテンシーの条文・用語集は、論評のための引用です。出典=ICF Core Competencies〔2019年版/2025年版〕、© International Coaching Federation。日本語は僕の意訳を含むので、正確な文言は公式の原文を参照してください。)
定義の最初の動詞が変わった
2025年版のCC2の定義は、こう始まる。
Engages in ongoing personal and professional learning and development as a coach. Works with coaching supervisors or mentor coaches as needed.
コーチとして、学びと成長に取り組み続ける。必要に応じて、コーチングスーパーバイザーやメンターコーチと協働する。おなじみのマインドの説明(開かれ、好奇心、柔軟、クライアント中心)は、この2文の後に来る。
順番が意味を持っていると思う。在り方は、念じて手に入れるものから、学び続けて、他者の目を借りて、維持するものになった。
僕に効いたのは「他者の目を借りる」が定義に入ったことだ。エンジニアの世界で言えばコードレビューにあたる。動くコードでも、レビューを通すと自分では見えなかった癖が出てくる。コーチングも同じで、自分のセッションの癖は自分の耳には聴こえない。一人で聞き返していた数ヶ月では一度も気づけなかったものだった。
一人で在り方を磨く、という発想そのものが、2025年版では過去のものになっている。
学び続ける対象に、テクノロジーが入った
2.02。継続学習の項目に、最新のベストプラクティスと「テクノロジー活用」の把握が加わった。
面白いのは、今回の改訂で新設された巻末の用語集だ。Technologyの項にはこうある。デジタルコーチングプラットフォーム、セルフコーチング用のアプリ、ビデオ会議ツール、そしてAIシステム。AIという言葉が、世界基準の公式文書に入った。
AIとコーチングの話は前に一本書いたのでここでは繰り返さない。位置づけだけ確認しておきたい。クライアントはもう、AIに壁打ちしてからセッションに来る。その現実を知らないままコーチングをすることが、好みの問題から継続学習の不足に変わった。使うかどうかは選べる。知らないでいることは、選べなくなった。
自分というレンズを、検査対象にする
2.04、2.09、2.10。ばらばらに見えるこの3つは、セットで読むと像を結ぶ。
2.04は、意識すべきものに「バイアス」を加えた。文脈や文化に加えて、自分の偏り。用語集のBiasの定義が具体的で、内面化された信念・価値観・好み・文化的前提によって形づくられる、知覚・解釈・判断の偏り、とある。
僕の偏りははっきりしている。エンジニア出身であることだ。エンジニアのクライアントと話していると、続きが見えた気がして、確認の一往復を飛ばしたくなる。その「見えた気がする」が出ているときほど、実際には聴けていない。
2.10は新設。自分の思考や行動がクライアントや他者に与える影響を、意識し続けること。観察者のつもりでいても、部屋に入った時点でこちらも場の変数になっている、という話。僕の実践は録音の聞き返しだ。追いかけるのは自分の発言のほう。相槌で流したところ。良かれと思った言い換えが、実は話の方向を決めてしまっていたところ。自分の一言が場をどう曲げたかは、そこで初めて見える。
2.09も新設で、自分自身・クライアント・プロセスへの開放性と好奇心を「育てる(Nurtures)」。ここでも動詞が実務的だ。好奇心は、性質というより手入れの対象になった。
感情は、抑えるものから扱うものへ
2.06。感情を「制御する(regulate)」が「マネジメントする(manage)」に変わった。一語の差だけど、用語集がその差を教えてくれる。Manage One's Emotionsの定義は、自分の感情的反応を認識し、理解し、健全で意図的なやり方で舵取りする力。押さえ込む話ではない。感情に気づいて、使う話だ。
そして2.07。2019年版では「セッションに向けて精神的・感情的に準備する」だった項目が、感情的・身体的・精神的なウェルビーイングを「セッションの前・最中・後」を通じて維持する、に変わった。身体が入り、範囲が「後」まで延びた。
これは耳が痛い。僕は本業のスクラムマスターを終えた夜にセッションを入れることがある。疲れて座った日の自分の聴き方を、思い出せてしまうからだ。2025年版はここを、気合いで乗り切る話から品質の話に置き直した。
アジャイルの言葉に「持続可能なペース」がある。開発チームは一定のペースを無期限に維持できるべきだ、という原則。スプリントで無理をすれば、その分は次のスプリントの品質で払うことになる。2.07は、コーチ版の持続可能なペースだと思う。回復までがプロの仕事の範囲。
スクラムマスターのあなたへ
ここまでコーチの目で読んできたけど、この章はチームを支援する人全員に跳ね返ってくる。
スクラムマスターは、チームにふりかえりを促す。検査と適応を仕組みにする。では、自分自身をふりかえる仕組みは持っているだろうか。自分のファシリテーションを、誰かに見てもらったことはあるだろうか。チームの疲労には敏感なのに、自分の疲労は根性で塗りつぶしていないか。
CC2の改訂は、支援者自身を検査と適応の対象に入れろ、と言っている。僕にはそう読める。チームに勧めていることを、自分にもやる。それだけの話で、それがいちばん抜ける。
才能はいらない、と基準が言った
改訂前のCC2を「才能の章」と感じていた頃の僕に伝えるなら、こうなる。2025年版は、才能を要求していない。学ぶこと。他者の目を借りること。自分の偏りと影響を見張ること。感情を扱うこと。回復すること。全部、今日から運用できる。
在り方は、行動の積み重ねの別名だった。
あなたの実践には、あなた自身を検査する仕組みがありますか。
このシリーズについて
「ICF2025改訂を読む」は、2025年に改訂されたICFコアコンピテンシーを、コーチの目とスクラムマスターの目のふたつから条文ごとに読んでいくシリーズです。
次の記事:#2 CC3 合意編(近日公開)
次回は合意の章(CC3・新設3.12)を読みます。結んだ契約を見直し続ける、検査と適応そのものの話です。
シリーズは無料マガジン「コーチングの世界基準を、現場のことばで読む」に収録しています(このマガジンは記事上部/下部からフォローできます)。フォローしておくと、続きが出たときに届きます。
まね について
エンジニア / スクラムマスター / コーチ
普段はスクラムマスターとして働きながら、パーソナルコーチ・システムコーチとして「自分で在る。人と繋がる。」をテーマに活動しています。エンジニアやスクラムマスターのキャリア・成長をコーチングで支援しています。
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